表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/151

ep18 ふたりの約束

 今日の家庭科は、班でシチュー作りが行われた。皆が和気あいあいと楽しげに調理している横で、咲乃と同じ班になった女子達は、絶対に失敗してはいけないというプレッシャーで表情をこわばらせている。自分たちが作ったシチューを咲乃も食べるのだ。不味いシチューなど食べさせられるわけがない。

 咲乃の班は比較的、料理が出来る女子たちが集まっていたため、そこまで神経質になる必要はないのだが、出来るからこそ余計に失敗できないのだろう。


 咲乃は女子たちに言われて大人しくテーブルに座っていたが、あまりにも張り詰めた緊張の中で調理する彼女たちが心配になり、何か手伝おうと立ち上がった。


「俺、野菜でも切ろうか?」


「篠原くんは座ってて!」


 気を遣わせないように申し出たつもりが、怖い顔で怒られてしまった。咲乃は曖昧な笑顔を浮かべて大人しく身を引いた。静かに使い終わった調理器具を洗いながら、なるべく自分の存在を消すことにする。


 女子たちの頑張りのおかげで、無事にシチューは出来上がった。可もなく不可もない出来栄えに、同じ班の女子たちは不満そうにしていたが、咲乃は無事シチューが出来上がったことに安堵していた。授業で作るシチューなのだから、普通で十分だ。

 重たい空気の中、シチューを食している女子たちに、咲乃が「美味しいよ」と微笑んでねぎらうと、彼女たちの機嫌が嘘のように直った。



「神谷くん……。シチューにあるまじきえぐみがすごんだけど……何を入れたの……?」


 神谷の班のシチューの出来は良くなかったようだ。興味本位に別の班の者が神谷の班のシチューを味見すると、皆微妙な顔をして戻って行く。


「篠原くん、良ければ私の班のシチュー、少し味見してみない?」


 料理の腕を見せつけて相手の胃袋をつかんでやろうと、ここぞとばかりに山口彩美が現れた。長い髪を後ろで束ね、バンダナとレース付きの清楚な白いエプロンを付けた彼女の姿は、男子たちの視線を釘付けにしている。


「料理するの好きだから、今日はちょっと張り切りすぎちゃった。篠原くんのお口に合えば良いんだけど……」


 白い頬を赤く染めて、上目遣いで咲乃を見る。どこからかダンッと包丁を突き立てる音が聞こえた。






 結子の班のシチューはルウと水の分量を間違えてしまったせいで、スープのように水気の多い薄味のシチューになっていた。神谷の班のシチューくらいとびぬけて不味ければ、多少話題になったかもしれない。しかし、結子の班のシチューは食べられなくもないため、微妙に話題にも上がりずらい。

 班のみんなも、自分の分を食べ終わるとすぐに他の班の所へ行ってしまい、結子はひとり、黙々と自分が作った班のシチューを食べていた。


「中本さんのところは上手にできた?」


 結子は喉にシチューを詰まらせて咳込んだ。慌てて振り向くと、優しく微笑んだ咲乃と目があった。


「ぜ、全然美味しくないよ!」


 動揺しているのもあって、慌てて否定した。


「少しだけ貰うね」


「ま、待って!」


 咲乃は余っていたスプーンを手に取ると、結子の皿から少しだけシチューをすくい、そのまま口の中にいれた。

 結子は驚きのあまり、唖然として咲乃を見つめた。


「ん、美味しいよ? これにコンソメを入れて塩と胡椒で整えたら、クリームスープになりそうだし」


「……篠原くん、お料理詳しいの?」


 絶対に美味しくないシチューを咲乃に食べられ、結子が顔を紅くしていると、思わぬ感想におずおずと尋ねた。


「作るのは好きだよ。中本さんは?」


 咲乃が微笑んだのを見て、結子は恥ずかしくなって再び視線をそらした。


「……す、少しだけ……。家では、料理のお手伝いしてるし、お休みの日はお菓子作ったりするから……」


「へぇ、中本さんお菓子作るんだ」


 落ち着かな気に膝の上で両手をもみながら、結子は小さく頷いた。


「それ、俺にも作ってくれない?」


「え?」


 結子が思わず聞き返すと、咲乃は手元のスプーンを回しながら、伺うように笑った。


「俺、甘い物好きなんだ。中本さんが作るお菓子、食べてみたいな」


「っで、でも、篠原くんの口には合わないかも!」


 気が弱い結子には、好きな人に自分の手作りを食べさせるなんてとても出来ることではない。必死に卑下すると、咲乃は首をかしげて緩く笑った。


「そう? 中本さんがどんなお菓子作るのか、すごく興味があるけど」


 結子の熱を帯びた瞳が潤んで僅かに揺れた。心臓の鼓動が、耳の方まで伝わってくる。

 咲乃はテーブルに肘をつくと、結子の瞳の中を覗き込んだ。


「作ってくれる? 俺のために」


 結子は顔を真っ赤にして、小さく頷いた。それが結子に出来る、精一杯の返事だった。




 家庭科の先生の号令でみんなが自分の席に戻って行く中、結子は熱くなった顔を両手で包んで冷やした。まさか、咲乃にお菓子をつくる約束をしてしまうなんて。下手なものは絶対に渡せない。

 焦る気持ちと、嬉しい気持ちが混同して、どう処理すればいいのか分からない。咲乃と話せただけでも嬉しいのに。


 ふわふわした気持ちで、咲乃のことを考えていると、山口彩美と目が合ってしまった。

 咄嗟に目を逸らす。先程まで夢見心地だった思いが一気に冷え切った。心臓が激しく脈打っている。咲乃の時とは違う、苦しいほどの激しい動悸。見られていたのだ。山口彩美に。

 彩美の鋭い視線を感じて、結子は冷や汗を掻きながら、消え入るように下を向いた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ