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ep103 そしてキミと、拙い友情を築いていく。

 稚奈が出ていった後、廊下で待っていた咲乃は2組の教室へと足を運んだ。教室の中を伺うと、成海が自分の席に顔を埋めて座っている。その様子から、成海が望んでいた稚奈との仲直りは果たせなかったのだと察することができた。

 微動だにせず伏せっている彼女に、そっと手を伸ばす。頭をなでると、僅かに成海が身じろいだのが分かった。


「ごめんね、津田さん」


 頭をなでつつ、咲乃が言った。


「本田さんとの友情を、俺が壊してしまった」


 咲乃にその気がなかったとしても、稚奈が彼を好きになったことで、成海と稚奈の友情を崩壊させたことは事実だ。たとえ、成海だけが稚奈を親友だと思っていたとしても、ここまで拗らせることはなかったのだろう。


「……篠原くんのせいじゃありません」


 成海は顔を伏せたままそう言うと、のっそりと身体を起こした。


「むしろ、ちなちゃんの本心が知れて良かったです」


 成海が本当にそう思って言っているのか、咲乃にはわからなかった。内心すごく怒っているかもしれないのに、成海は、今も咲乃に気をつかっている。

 いくら咲乃が気をつかわなくていいと言っても、成海は咲乃を上に見ていて、未だに対等とは程遠い。咲乃は成海の「友達」であるはずなのに、咲乃と成海の友情は、成海が稚奈といるときとは全くの別物だった。


 咲乃は成海の隣の椅子に座ると、成海の方に身体を向けた。


「初めて本田さんを紹介されたときね。正直に言うと、少し……嫌だったんだ」


「嫌……ですか?」


 成海はようやく咲乃の方を見た。咲乃は静かに頷いて、目を伏せた。


「それまでは、津田さんにとって、一番仲の良い友達は俺だと思っていたから。本田さんが津田さんの幼馴染だって知って、その……悔しくて……」


 当時不登校だった成海を助け出すためには、成海の信頼を獲得し、友人のいない彼女の唯一の友達になってあげることが、一番の近道だと考えていた。

 あの時は、警戒心の強い成海の信頼をようやく得たところだったのに、あっさり自分を追い越して成海の心を解きほぐしてしまった稚奈を、咲乃は面白くないと思っていた。


「それに、なんだか津田さん、本田さんといるときの方が楽しそうだったし……」


 咲乃の告白に、成海は困惑していた。まさに咲乃が、成海と稚奈にそんな感情を抱いていたとは気付いていなかったのだろう。


「篠原くんといるときも、わたしは楽しいですよ?」


 成海がやんわり宥めると、咲乃は悲しい顔をして成海を見つめた。


「でも、津田さん、本田さんには遊ぶ約束をするのに、俺は一度も津田さんに誘われたことがなかったでしょ?」


「え」


「俺には用がないとLINEなんて送ってこないのに、本田さんとは毎日送り合ってるみたいだったし。俺といる時だって、津田さんはいつも、本田さんのことばっかりだったから……」


「……え……えぇっと。そう、でしたっけ……?」


 不貞腐れて言う咲乃に、成海は動揺して目を泳がせた。顔全体に「しまった」と書かれている。自覚はなくとも、心当たりはあるらしい。


「俺は津田さんともっと話したいし、勉強だけじゃなくて、もっと津田さんと普通に遊びたかったんだけど」


「は……はぇ……」


 咲乃が何かを言うたびに、成海の泳ぐ目の動きが激しくなった。なんだか、顔も赤い気がしているが、今の咲乃に、そんなことを気にしている暇はない。

 今はっきりさせないと、今後もなぁなぁにしたまま流されてしまう。


「津田さんは、俺よりも本田さんといた方が楽しい?」


「そ、それは……」


 咲乃がしっかり成海を見て問うと、成海は全身を汗びっしょりにさせて、おずおずと咲乃を見た。


「……篠原くんよりも、ちなちゃんの方が話しやすかったのは……そう、ですね……」


 成海の正直な気持ちに、咲乃の胸にぐっさりと貫かれるような衝撃があった。多少は覚悟していたものの、それは咲乃が想像していたよりもとんでもない威力を持っている。

 もう、これ以上のダメージは耐えられない。そう判断した咲乃が次に口を開こうとした、そのとき、成海が言葉を続けた。


「……でも、篠原くんはなんというか、特別、と言う感じがします」


 言いにくそうにおずおずと言った成海の言葉に、不覚にもドキリとしてしまった。


「……特別……?」


「ええっと……なんて言えばいいのか……その。篠原くんは、こんなダメダメなわたしでも、見捨てずに見守っていてくれるじゃないですか。普通はイライラさせてしまいそうな時でも、否定したり怒ったりしないですし、もちろん色々我慢させてることはあるとは思いますけど……。だからわたしも、篠原くんが見守っていてくれるから、苦手な勉強を続けられていますし、学校にも行こうと思いましたし……。篠原くんが大丈夫だって言ってくれると、わたしもなんだか全部大丈夫な気がするんです」


 言いながら顔から汗をだらだら流して、激しく目を泳がせている。成海は目をぎゅっと瞑ると、勢い込んで言った。


「だっ、だからわたしにとって篠原くんは、唯一無二の……本当に特別な友達で……! 親友とまでは行かなくとも、それに近い存在になれたらなぁ……と……」


 徐々に言葉尻が小さくなっていく。いつもならおこがましいからと言って、絶対に口にはしなさそうな成海の言葉に、咲乃は表情を緩るめた。

 ほんの少しいたずら心がわいて、顔を真っ赤にして俯いている成海の顔を覗き込む。


「俺は、津田さんの親友にはなれない?」


 成海に「特別だ」と言ってもらえたことだけでも十分だったが、この時は、少しだけ欲が出たのかもしれない。


「……篠原くんが、わたしの親友に……ですか?」


「うん。津田さんの親友」


 困惑する成海に、咲乃が笑う。

 成海は目をぱちくりさせて、益々困惑したように眉を下げた。


 咲乃は成海の表情を見て、困らせてしまったかもしれないと思った。きっと今はまだ、「親友」という言葉に、恐怖心や、拒否感を抱いているはずだ。

 また間違った。困らせるつもりなんかなかった。ただ、もう少しだけ、成海に近づきたかったのだ。


 ……ごめんね。今のは聞かなかったことにして。


 そう咲乃が口にしようとした時、「……なりたいです。篠原くんの親友に」


 小さな声で、成海が言った。


 拒否されるか、否定されるかと思っていた。成海の言葉に驚いて、次第に胸の奥から喜びが湧き出るのを感じた。泉が満ちていくように、心が満たされていくような。


 良かった。親しいと思っていたのは、自分だけではなかった。


「俺でもいい?」


 咲乃が冗談めいて尋ねると、成海は驚いて「それを言うなら、わたしの方ですよ!」と慌てた。そんな成海の様子に、咲乃はふふっと笑って、成海に手を差し出した。


「じゃあ親友として、改めてよろしくね、成海(・・)さん」


 せっかく親友になれたのだ、もう少し近づきたい。咲乃が成海の名前で呼ぶと、成海はびっくりした顔をした。


「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 成海の方も手を差し出して、しっかりと握手を交わす。


 普通は、親友になるのにこんな風に確認し合ったりはしないのかもしれない。親友とは自然となって行くものだから。きっと既になっていたのに、いちいち確認しないと進まないなんて、まるで不器用なやり取りだ。


 咲乃と成海はおかしくなって、ふたりして笑いあった。



 ――――――――おまけ――――――――



咲乃「成海さんは、俺を名前で呼んでくれないの?」


成海「い、いやぁ……。それは、わたしにはハードルが高すぎて……」


咲乃「そっか。いつか、敬語も取れるようになってね?」


成海「……がんばります……」

*★*―――――*★*―――――*★*―――――

ここまでお読みいただきありがとうございました。

〈錯綜クインテット編〉は完結となります。


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