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ep97 終わりにしよう。①

 ついばむような口付けを交わした後、稚奈は咲乃の手を引いてベッドまで導いた。ベッドに腰をおろし横になると、咲乃と再びキスを交わす。


 稚奈にとっての初めてに胸をときめかせて、期待と緊張の含んだ目をして咲乃を見つめた。咲乃は、躊躇いと困惑が混ざったような、複雑な顔をして目を伏せる。長い睫毛が美しい瞳に陰をかける、その悩まし気な表情もまた魅入られるほどに美しかった。


「優しくなんて出来ないけれど、それでもいいの?」


 念を押すように咲乃が尋ねると、稚奈は幸せそうに微笑んだ。


「篠原くんなら、いいよ」


 咲乃は苦々し気に眉を顰めると、次の瞬間には顔から表情を消し、瞳に冷ややかさが宿った。


 稚奈の首筋に、口付けを落とす。ちゅっと小さく口接音を立てながら、ついばむようなキスをする。咲乃が言うほど乱暴ではない口付けに、稚奈はたまらなく高揚した。


「……っ……んっ」


 咲乃が口付けるたびに、稚奈の身体は小さく震えた。身体の芯から、甘い高まりとともに、ほのかな熱が静かにくすぶる。疼くような熱を持て余し、稚奈が視線でキスをねだると、咲乃は噛みつくような口付けをして稚奈の要望に応えた。

 徐々に上がって行く息に、奪うようなキスを繰り返しながら、咲乃の指が、稚奈のブラウスのボタンにかかる。その時、玄関のチャイムが鳴った。

 咲乃が稚奈から身体を離すと、稚奈も身体を起こし自身の服の乱れを直した。


「……稚奈、見てくるから、少しだけ待っててね」


 咲乃に視線で促され、稚奈は不満に思いながらもしぶしぶ部屋を出た。今日は両親とも仕事に行っていて、いつもならこんな早くには帰ってこない。

 きっと郵便か何かだろう。そう、軽い気持ちで玄関を開くと、外に立っていたのは、愛らしい花柄の傘を差した山口彩美だった。





*


 彩美は、空から垂れる雨粒を頬に感じると、今朝の天気予報を見て忍ばせていた折り畳み傘を開いた。ほどなくして、ぽつりぽつりと降り始めた雨は、雨脚を長くして広げた傘に激しく降り注ぐようになった。


 彩美は、稚奈の家に訪れていた。咲乃の頼みごとを果たしに来たのだ。

 咲乃の頼み事とは、合唱コンクールの後に稚奈の家へ行くこと。稚奈の家に行って何をしてほしいかまでは指示されていない。

 なぜ、咲乃がそんなことを頼むのかわからなかったが、彩美には望むところだった。稚奈には、言わなければいけないことが沢山ある。稚奈の怪我のことや、嫌がらせのこと、そして咲乃のことも。彩美は、稚奈と直接対決するつもりで、稚奈の家に訪れていた。


 一度深呼吸をしてから稚奈の家のインターホンを押す。チャイムが鳴った長い余韻の後、玄関のドアが開いた。


「山口さん、どうしたの?」


 明らかに困惑した様子の稚奈に、彩美はにこりと愛想良く笑った。


「こんにちは、本田さん。今日は本田さんとお話がしたくて来たの。上がってもいい?」


「……悪いけど、今日はお友達が来てるから、お話は明日にしよ?」


 稚奈は申し訳なさそうに眉を下げて謝った。


 彩美は、稚奈の様子に少しだけ落ち着きがないことに気付いた。先程から、ちらちらと後ろを気にしている。どうやら、先に来ているお友達のことが気になっているらしい。明らかに彩美を、早く帰らせたがっていた。


 彩美は何も気付かないふりをして、悲しい顔でしゅんとしてみせた。


「でも、本田さんに怪我させちゃったこと、謝りたいし……。少しだけでいいから、話したいの。ね、お願い!」


 彩美が食い下がると、本田稚奈の顔が僅かにひきつったのが分かった。


「稚奈、怪我はもう大丈夫だよ? 痛みもないし、お医者さんにも、普通に歩いて大丈夫って言われてるし」


 うすら笑いを浮かべながら言う稚奈に、彩美はぱっと表情を輝かせた。


「そうなんだ、よかったぁ! ずっと心配してたの。足首の怪我、とても痛そうだったから……」


足を引っかけられた(あのときの)ことは、稚奈、怒ってないから大丈夫。心配してくれてありがと」


「ううん、こちらこそ。本田さんが元気で良かった」


 お互いに、愛想笑いを顔中に貼り付けて微笑み合う。稚奈の目の奥が、これで話が終わったから早く帰れと訴えているが、彩美は、こんなところで帰るつもりは微塵もなかった。


「それでね、私、本田さんに聞きたいことがあるんだけど」


「……聞きたいこと?」


 全く帰る気のない彩美に、ほのかにしびれを切らした稚奈は、少しこわばった笑みを浮かべた。


「大したことじゃないの。ただ、どうして本田さん、自分でわざと(・・・)転んだくせに、芦輪さんに嘘をつかせた(・・・・・・)のかなぁって」


「……え?」


 彩美の言葉に、稚奈の目の奥に剣がさした。彩美は気付かないふりをして、不思議そうに人差し指を唇につける。


「私ね、芦輪さんに聞いちゃったの。どうして私のせいにしたの? って。そしたら芦輪さんね、本田さんに命令されたって言ってたの」


「何言ってるの? 稚奈がそんなこと、実生ちゃんにさせるわけないじゃん」


 稚奈の表情が、見る間に固いものに変わる。彩美はその表情の変化を心の底から楽しみながら、首を傾げた。


「芦輪さん本人が言ってたから、間違いないと思うけどぉ……。もしかして、芦輪さん嘘ついてたのかなぁ? 芦輪さんって、本当は本田さんのこと、嫌いみたいだもんね?」


「……いい加減にしてよ。実生ちゃんが稚奈のこと嫌いなわけないでしょ!? 実生ちゃんのこと悪く言わないで!」


 稚奈が叫ぶ。彩美は口元に微笑を湛えたまま、冷たく稚奈を見据えた。


「でも私、知ってるもん。芦輪さんが、篠原のことで本田さんに嫉妬してたって。本田さんに嫌がらせしてるところ、私見ちゃったし」


「そんなわけない! 実生ちゃんは稚奈が篠原くんと付き合ってること話した時、すごく喜んでくれたもん!」


 彩美が冷ややかに言うと、稚奈は怒った顔をして彩美に詰めよった。彩美はスマホを掲げ、稚奈のノートを破る実生の映像を稚奈に見せる。


 びりびりに稚奈のノートを破り捨てる、仲良しの友人の姿に、稚奈は顔色を青くして後退った。


「……うそ……そんな……実生ちゃんが……」


 ショックを受けたように両手で口元をおおい、動画にくぎ付けになっている稚奈に、彩美は冷ややかな視線を向ける。ここまでは稚奈の演技だ。芦輪にノートを破かせたのが稚奈であることは、もう分かっている。


「でね、この時に芦輪さんに聞いたの。なんでこんなことをしたのって。そしたら、今までのいやがらせは本田さんに命令されたてやったことなんだって」


「……うそだよ、そんな……。稚奈、そんなことしないもん。実生ちゃんが……嘘ついてるんだ……」


 心からショックを受けたように、稚奈が泣きそうな顔で視線を落とす。何も知らなければ、稚奈が本当のことを言っているように見えただろう。しかし彩美には、稚奈の反応はどれも想定していたものそのままだった。

 稚奈は絶対に、自分が命令してやらせたなんて認めないし、最後まで自分が被害者であることを貫き通すだろう。もし彩美が稚奈の立場だったら、彩美も全く同じことをしたはずだ。

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