表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
135/151

ep89 気まずい空気

 本田稚奈が立ち去るのを横目に、悠真は、中庭のベンチに座り込む成海に目を向けた。そして、ひとつため息をつくと、悠真は成海の方へ近づいた。


「あんた、大丈夫?」


 悠真が声をかける。しかし、成海には聞こえていないようだ。ぼーっとしたままぴくりとも動かない。


「おい、津田」


 肩を叩くと、成海はびくりと肩を揺らして、ようやく悠真の方を振り返った。


 稚奈とのやりとりを、最初から最後までしっかり見ていたので余計に気まずい。成海も同じことを思っているのか、悠真とは目を合わせようとはしなかった。


「あー……。そろそろチャイムが鳴るけど……」


「あ、はい。……戻りましょうか」


 成海は幽霊のようにふらりと立ち上がる。

 のそのそと、まるで抜け殻のように歩く成海に、悠真はそれ以上なんと声をかけたらいいのか分からず、黙って後をついて行った。





 その後は、特に何事もなく放課後を迎えたが、悠真が女子たちに話しかけられているうちに、気づいた時には、教室に成海の姿がなくなっていた。


 慌てて昇降口まで行き、成海のくつ箱を確認する。まだ成海のくつは残っていた。校舎内にはいるのだとわかり、思い当たる場所を見てまわって探した。もしかしたら、トイレに行っていただけで、教室に戻っているかもと思い、教室まで急ぐと、廊下を歩く安藤たちに出くわした。


「ちょうど良かった。安藤さん、津田さん知らない?」


 焦っていたため、性急に成海のことを尋ねると、安藤は怪しむように、細い目をさらに細くさせて、疑いの眼差しで悠真を睨みつけた。


「成海ちゃんに何か用ですか」


「あ、いや……。先生が呼んでるんだよ。なんか、急用っぽくてさ」


 咄嗟に思いついた言い訳を述べるが、安藤は、なおも悠真を睨み続けている。一度助けたことがあるとはいえ、安藤にとって悠真はまだ、いじめる側(・・・・・)の人間なのだ。それに加えて、お世辞にも良いとは言えない容姿が嫌いで、安藤に対して、散々、冷たく当たっていたから、安藤は悠真のことを嫌っていた。


 悠真はさらなる言い訳を考えて、視線をさ迷わせていると、困っている悠真を見かねたのか、西田が口をはさんだ。


「えっと……、津田さんなら相談室にいるよ」


「それ、マジ?」


 まさか、西田の方から助け舟を出されるとは思っておらず、悠真は驚いて西田を見た。悠真が尋ねると、西田がうなずく。


「ずっと落ち込んでるみたいだったから。よかったら、相談室まで案内しようか?」


「いいの?」


「うん。相談室の場所、ちょっとわかりにくいところにあるから」


 西田の申し出に、悠真は益々驚いた。悠真は、相談室の場所を知らない。案内してもらえるのであれば、それはありがたい申し出だった。





 1階の保健室の隣りに、相談室があった。この前訪れた時には、全く気付かなかった部屋だ。

 ドアのガラス窓に、ピンク色の画用紙が内側から貼られており、水色のポスカで「相談室」と書かれている。横には手書きのイラストと、下の方にはカウンセラーがいる曜日が記載されていた。


 相談室という場所があるらしいと言うのは、うっすら聞いたことがあったが、どんなところなのか、悠真はよく分かっていなかった。生徒の悩みを聞くところ、という認識はある。だが、カウンセラーというものがどんな人で、何をする人なのかは、全く見当もつかない。


 西田がドアをノックすると、中から40代半ばの、おかっぱでメガネをかけた痩せた女性が出てきた。


「あら、西田さん。お久しぶりね」


「お久しぶりです、日高先生。津田さんはいますか?」


「ええ、今、来ているところよ」


 日高先生が、部屋の中を振り返る。入口から見ると仕切りがされていて、直接室内の構造がわからないようになっていた。


「津田さんに御用があるなら、中に入ってお話しする?」


 日高先生の申し出に、西田は首を振った。


「大丈夫です。終わるまで待ってます」


「遅くなってしまうかもしれないわよ?」


「大丈夫です。大丈夫だよね、新島くん?」


 西田が、うかがうように悠真を見ると、悠真も頷いた。


「はい、大丈夫です」


 日高先生は、朗らかに微笑んだ。


「分かったわ。どのくらいかかるかわからないけど、待っていてちょうだいね」


 ドアが閉められると、廊下に西田と二人きりで残された。お互いに気まずい思いで、その場に立ち尽くす。

 一言くらいは西田にお礼を言った方がいいと分かっていても、気恥ずかしさが勝ってうまく言葉が出てこない。それでも、悠真はなんとか口を開いた。


「……相談室の場所、案内させて悪かったな」


「……大したことないよ。困ってるみたいだったからさ……」


 互いに目も合わせないまま、悠真が感謝を伝えると、西田もおずおずと言った。


 不思議なことに、悠真の中にはもう、西田に感じていた苛立ちや不快感はなくなっていた。それこそ、自分には何もないと認めてからは。あれだけ、西田が目障りで仕方が無かったはずなのに。


「俺がまた、津田さんをいじめてるとは思わなかった?」


 悠真が、成海を探しているなど、他人から見れば不自然に映っただろう。安藤が悠真を疑ったのは間違いではなかったし、特に西田は、悠真の行動を警戒してもおかしくはなかった。もし西田に警戒されていたら、絶対にこの場所を教えなかったはずだ。


「篠原くん、新島くんに津田さんのことを任せたんだよね」


 喋りにくそうに、もごもご喋る西田の思いがけない言葉を聞いて、悠真は驚いた。


「篠原が、お前に言った?」


 西田は、首を振って否定した。


「安藤さんの話とか、普段の新島くんの様子とか見ていたら、いじめたくて探してるわけじゃないんだろうなって思ったんだ」


 悠真は驚いて目を見張った。


 今まで悠真は、勘のいい女子たちに気づかれないよう、十分に配慮して成海と接していたつもりだった。実際、他の生徒たちには気付かれている様子はなかった。

 悠真にいじめられていた期間が長すぎて、彼の目を気にして過ごしてきたからか。西田は習慣的に、悠真を観察する癖がついてしまったのだろう。まさか、西田に気付かれるとは思ってもいなかった。


「いや、キモッ!!」


 見られていたことに動揺しすぎて、案内してもらったにもかかわらず、思わぬ暴言がこぼれ出た。


 西田はかっと赤く顔を染め上げて「仕方ないだろ、こっちだって必死だったんだから!」と、羞恥のあまりに、普段では絶対に悠真本人には言わないようなことを口走っていた。


 互いに、いたたまれないような微妙な空気が流れる。余計なことを喋りすぎたと思ったのだろう。西田は、罰の悪そうな顔でリュックを背負い直した。


「それじゃあ、僕は帰るよ。津田さんのこと頼んだから」


「あぁ……。じゃーな」


 西田がいなくなった後、悠真はようやく一息ついて、壁に背中を預けて待った。


 30分程度待ったころ、ようやく、相談室のドアが開いた。相談室から出てきた成海は、未だ覇気のない目をしている。


「待たせてすみません」


 成海が悠真に、ぺこりと頭を下げた。


「探した」


「すみませんでした」


「……帰るよ」


 悠真がぶっきらぼうに言うと、成海は何も言わず、悠真の後ろを歩き始めた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
script?guid=on
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ