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ep9 それが無自覚なんだとしたら、きっと、死体の山が連なっている。

 テスト最終日。ついに全教科の試験が終わった。テストが終わると、ずっとあった胸の苦しみも、体調の悪さも消えていた。今では達成感と安堵感で、心も、身体も軽くなっている。解放された気分。もう、しばらくは勉強なんてしたくない。


帰り際、職員室で先生に挨拶をすませて廊下を出た。家に帰ったら何しよう。今日は寝るまでゲームしたいな。


「約束でしたよね。テストを受けたら、おやすみをくれるって」


 せっかく頑張ったのに、とぼけられたらまずいので、先に念をおしておく。わたしに遊ぶ時間をください。


「わかったよ。3日間、勉強をお休みさせてあげる」


「宿題もなしにしてくださいね?!」


「はいはい」


 やったぁ! 宿題なしだ! ゲーム何しようかなぁ!


 すっかり機嫌が良くなって足取りが軽い。気分もいいし、いつもなら篠原くんに気後れしてうまく話せないわたしでも、今日はなんでも話せそうな感じがした。


「篠原くん、この後なんでもして良いってなったら、篠原くんだったら何をして過ごしますか?」


「うーん、そうだな。俺だったら勉強するか読書をして過ごすかな」


「そうですか……」


 篠原くんてガリ勉? もしかして、わたしが思うより篠原くんって、リア充じゃなかったりするのか? そういえば、友達と遊んでる話も聞かないし。ていうか、友達がたくさんいたら、わたしの勉強を見てる暇なんてないよね。え、もしかして、篠原くんって友達いない??? 高嶺の花すぎて友達出来にくいタイプ???


「篠原くんって、人生楽しいんですか?」


「津田さんには言われたくないんだけど」


 篠原くんのにっこりスマイル。変なこと聞いてすみませんでした。


 昇降口へ向かいながら、こっそり横目で篠原くんを窺った。あらためてこの状況が不思議で、未だに夢なんじゃないかと疑ってしまう。わたしが、篠原くんと普通に並んで歩いて、普通に喋ってるなんて。しかも、わたしが嫌いだった学校で。もしわたしが1年生の時にいじめられてなくて、今も普通に学校に通えていたら、こんなふうに篠原くんと関われていたのかな。

 たぶん、学校に通っていたら篠原くんとこんな風に話したりできなかったはず。だからこそ、わからない。どうしてこの人は、わたしに関わってくれているんだろう。どうして、勉強まで教えてくれるんだろう。わたしのためにテストの予定までとりつけてくれて、テストの間も、ずっと終わるまで待っていてくれた。どうして? きっと、何か理由があるんだろうけど、わたしには聞いてみるほどの勇気はない。


 靴箱で靴に履き替える。地面でつま先を叩いてかかとを直していると、篠原くんが「津田さん」と声をかけてきた。


「約束の件、もう一つご褒美上げるって言っていたよね?」


 そういえば、そんなこと言ってた。わたしはお休みをもらえればそれで十分なんだけど。ご褒美とか称されて、とんでもないことを言いだすんじゃないかと少しだけ警戒してしまう。篠原くん、狡いところあるからな。美少年に絆されて、期待してはいけないと思う。


「もしよければで良いんだけど――」


「あれ、なるちゃん、なんでいるの!?」


 篠原くんの声を遮って、突然、背後からはつらつとした可愛い声が割り込んできた。びっくりして声の方へ振り返ると、ミディアムヘアーの前髪を黄色いヘアピンでとめた女の子が、うれしそうな顔で走ってきた。


「なるちゃん、久しぶり! 学校に来てたなんて知らなかった!」


「ちなちゃん! 久しぶり!」


 わああ、ちなちゃんだ! まさか、こんなところで会えるなんて!


「津田さん、この人は?」


 話の腰を折られた篠原くんが、穏やかに尋ねた。さすが篠原くん、こんなことで不機嫌になったりはしないんだな。


「あ、えっと、本田稚奈(ほんだちな)ちゃん。幼稚園の頃からの友達で――」


 わたしの紹介が気に入らなかったらしい。ちなちゃんの顔がむぅっと膨れた。


友達(・・)じゃなくて親友(・・)でしょ?」


「そうだよね、ごめんねちなちゃん!」


 わたしは、ちなちゃんと両手をにぎりながら、再会を喜び合った。たしか最後に遊んだのは、小学5年生の時以来だっけ。今まで、なかなか会う機会がなかったからなぁ。


「なるちゃんと会えなくて、稚奈、すっごく寂しかったんだよ? 中学生になったら、なるちゃん学校来なくなっちゃうし……。なるちゃん、どうして何も相談してくれなかったの!?」


 ちなちゃんはわたしの手を握ったままブンブン上下に振った。一緒に頭が前後に揺れて目が回った。


「ご、ごめんね、ちなちゃん」


 揺すぶられるままになりながら、なんとかちなちゃんに謝る。ちなちゃんの手が止まったと思ったら、大きな目に涙をためて泣きそうな顔でわたしを見つめた。


 「……稚奈、親友失格だよ。なるちゃんがつらいときに、助けてあげられなかったんだもん……」


「そんなことないよ! わたしこそ、ちなちゃんに何も言わなくてごめんね」


 5年生の時までは遊んでたのに、6年生になると自然に遊ぶ機会は減って、中学生では部活で忙しくなったちなちゃんに遠慮して、わたしから話しかけることも無くなってしまった。遊ばなくなって1年も経ったのに、ちなちゃんは、わたしのことをずっと忘れないで心配してくれてたんだ。


 「ちなちゃんは何でまだ学校に残ってるの? 部活終わったんでしょ?」


「それがさぁ、聞いてよなるちゃん! 家に着いてから、学校にスマホ忘れてるのに気づいて、急いで取りに来たの!」


「そっかぁ、それは大変だったね」


「でも、そのおかげでなるちゃんと会えたから、スマホ忘れてよかったかも!」


 頬をほわっとピンクに染めて笑う。わたしが知ってる昔のちなちゃんの面影がそのままあって、なんだか心があったかくなった。


「わたしも、ちなちゃんに会えてよかったよ!」


 スマホのことは大変だったとは思うけど、こうして会えたのは、わたしにとってはすごい奇跡だ。もしわたしが学校でテストを受けていなかったら、ずっとちなちゃんと会えないままだったかもしれない。


「それよりさ、なんで篠原くんと一緒なの? え、どういう関係!?」


 ちなちゃんの目が、一瞬にして好奇心でキラキラに輝いた。ちなちゃんて昔からすごい表情がころころ変わって可愛いんだよな。

 わたしは、ちなちゃんの質問にどう答えたらいいのかわからずに困っていた。篠原くんは、わたしと仲が良いなんて思われたくないだろうし……。


「あの……それは、その、篠原くんは……」


「津田さんとは、最近仲良くさせてもらっているんだ」


 言い淀むわたしの言葉を遮るように、篠原くんが割って入ってきた。仲が良いなんて言っちゃって大丈夫なんだろうか。心配になる半面、意外だった。


「えっ、ちょっ、なるちゃん、篠原くんと仲良いの? すごいよなるちゃん! 篠原くんと友達になれる女の子、学校にいないよ!?」


 興奮したちなちゃんが、すごいすごいと、わたしの両手をブンブンふり回した。


「ねぇねぇ、せっかくだから、途中まで一緒に帰ろ? なるちゃんのお話聞きたい!」


「いやぁ……わたし家にいるだけだし。楽しい話なんてないよ……」


 ちなちゃんにがっちり腕を組まれて、成すがまま外に出る。こっそり後ろを振り返ると、篠原くんと目が合った。え、何その笑顔。どういう意味の笑顔?


「なるちゃん、今度遊びに行ってもいい? 一緒にお菓子つくろうよ!」


「うん、絶対遊ぼう! ちなちゃんが来てくれたら、お母さん喜ぶよ!」


 昔はよく2人でお話ししながら、お絵かきしたり、ビーズでネックレス作ったりして遊んだなぁ。


「折角だし、篠原くんも一緒に遊ぼ!」


 ちなちゃんがわたしに抱き着いたまま、篠原くんの方へ振り向いた。


「いいの? 俺が居たら迷惑じゃない?」


「ぜんぜん、気にしないよ! せっかくお菓子作るんだったら誰かに食べてもらいたいじゃん。篠原くんもいたら、絶対楽しいよ!」


「そう? それなら混ぜてもらおうかな」


 初対面の篠原くんを誘えるなんて。ちなちゃん、コミュ力高いなぁ。




 *


「ちなちゃん、全然変わってなかったなぁ」



 ちなちゃんと別れた後も、わたしは、ちなちゃんと会えたことの喜びを噛み締めていた。なつかしさに心がポカポカしている。連絡先も交換したし、次にまた会える日が楽しみだ。


「元気な子だったね」


 隣と歩く篠原くんが、穏やかに言った。


「はい。ちなちゃんは元気で明るくて、とってもいい子なんです!」


 だって、未だにわたしのことを親友だなんて言ってくれるんだもん。わたしとちがって社交的で、女の子も、男の子も、関係なく友達になれちゃう。わたしはいつも、そんなちなちゃんに憧れていたっけ。


「そう、良かったね」


 篠原くんが緩やかに笑って頷く。さっきから、何かが含まれているような意味深なものを感じ取って、わたしは警戒した。篠原くんといて分かったことは、笑顔にもいろんな意味があるということだ。普通にいい意味の時もあれば、悪い時もある。


「……津田さん、ご褒美の話なんだけど」


「え、あ、はい」


 そういえば、学校でその話してる途中だった。ご褒美ってなんだろう。不安半分、期待半分。ご褒美って言うくらいだから、嬉しいものであってほしい。


 篠原くんの手がわたしの方へ伸びてくる。へ、へ、なに!? ままま、まさかこれって、憧れの頭なでなで!? このブタに、そんな破格なご褒美をもらえちゃうの!??


 篠原くんの手は、むにっとわたしのほっぺをつまんだ。


「お預け」


 ほっぺはすぐに解放してくれた。緩くつままれただけなので、痛くはない。


「じゃあね」


 いたずらっぽく笑う篠原くんは、すごく新鮮だ。頬をさすりながら、後姿をぼうぜんと眺める。


「これをご褒美と言うのでは……?」


 篠原くん、あんたのそれは無自覚なの?


 この人は今まで一体何人の人をそうやって殺してきたんだろう。篠原くんの後ろに、たぶらかされて敗れていった人たちの死体の山が積みあがっているのが見えてぞっとした。

*★*―――――*★*―――――*★*―――――


【本田 稚奈】

https://bkumbrella.notion.site/82ea348722294d65b4547974c0788499?pvs=4



【キャラクタープロフィール一覧】

https://bkumbrella.notion.site/8ddff610739e48bea252ab5787b73578?pvs=4


個人サイト

【Alanhart|THE MAGICAL ACTORS】

https://bkumbrella.notion.site/Alanhart-THE-MAGICAL-ACTORS-1ab9474bb8174c82b1616c0fe91a8233?pvs=4

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