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ep68 今年の夏は、きっと今年にしかないから①

 勉強が終わると、わたしはリビングの掃き出し窓から足をおろして、ぼんやり外を眺めながらかき氷を食べていた。


 背後からは、ジュージューと肉汁がはじける小気味の良い音とともに、ソースの香ばしい匂いが漂ってくる。篠原くん()のキッチンで、神谷くんが焼きそばを作っているのだ。

 テーブルにはパーティ用のたこ焼き機の用意もしてあって、篠原くんが生地の用意をしてくれている。


 わたしも、さっきまでは焼きそばに使う人参の皮を向いたり、野菜を切ったりして、料理の手伝いをしていたのだが、手付きが危ういからという理由で、神谷くんに「かき氷食って待ってろ!」と追いやられてしまった。


 仕方なく、神谷くんが持って来ていた、おもちゃのかき氷機でかき氷を作り、イチゴのシロップと練乳をかけて食べながら待っている。戦力外通告を受けたことに落ち込んではいるものの、正直指がなくなるんじゃないかと思った瞬間が何度もあったので、わたしから包丁を取り上げた神谷くんの判断は正しいと思った。


 庭先の目隠しフェンスの細い隙間からは、浴衣を着たちびっこたちが、お父さんやお母さんと手をつないで歩いていくのが見えた。これから、商店街のお祭りに行くようだ。


 受験生(わたしたち)の代わりに楽しんでくるんだぞ、ちびっ子たちよ。


「トンちゃーん、皿!」


 後ろから、神谷くんが呼んでいる。やっとわたしの出番か。


 よっこらせと立ち上がって、戸棚から人数分のお皿を取り出し、食事の準備を始めた。

 皿に盛った焼きそばをテーブルに並べる。たこ焼きはたった今生地を流し込んだところなので、出来上がるまでにまだ時間がかかりそうだ。飲み物には1.5リットルペットボトルのサイダーが用意されていた。


「美味しそうだなぁ。亮くん、手際が良いね」


 おじさんが和やかな口調で感心したように言った。


「そりゃあ、まあ。定食屋の息子なんで!」


「本当に大丈夫? 変な隠し味とか入れてないよね」


 篠原くん、なぜかすごく警戒している。ソースの焼けるいい香りがするし、野菜だって焦げているようには見えない。わたしには、とても美味しそうな焼きそばに見えるけど。


「去年のカレーのことがあるから、少し心配なんだけど」


「失礼だなー。味付けはソースぐらいしか入れてねーよ」


 神谷くんがむっとした顔をした。


 話をしているうちに、たこ焼きも丁度ひっくり返していい頃合いになってきた。おじさんが丁寧に竹串でひっくり返している。


 神谷くんができたての焼きそばをお皿に取り分ける。さっそくわたしは、神谷くんのつくった焼きそばを食べてみた。


「しょっぱ! ソース多すぎですよ、神谷くん!!」


 ソースの味が濃すぎて野菜と肉の味がしない。麺も、ソースを吸い過ぎてシナシナだし、どんだけソースいれたんだ。


「はぁ? これくらいが適用量だろ。な、おじちゃん!」


「ごはんが欲しくなる味だね」


 おじさんが和やかにフォローしてるけど、それ、フォローになってる?


「神谷は、料理しないほうがいいかもね」


 篠原くんがそっと箸を置きながら言った。


 神谷くんは、焼きそばに対するわたしたちの評価が気に入らなかったのか、ソース焼きそば(ソース焼きソース)を口いっぱいに詰め込んで「めちゃくちゃ美味ぇじゃねぇか!」と息巻いていた。


 対して篠原くんが作ったたこ焼きは、ちゃんとたこ焼きの味がした。外カリ中ふわのあつあつたこ焼きだ。ありがとう、篠原くん。味覚の救世主。わたしたちの夕飯が、神谷くんの焼きそばだけだったら、さすがにしんどかったわ。


「たこ焼きにチーズも入れようぜ!」


 自宅で作るたこ焼きと言えば、タコの他にいろんな食材を入れるのも楽しみの一つだ。タコの代わりにチーズを入れたら、中がとろーってして、きっと美味しいだろう。追加でウィンナーも入れちゃおう。


 みんなでわいわいしながら、たこ焼きを作る。デザート用の生地も作って、中にチョコレートやマシュマロを入れて楽しんだりもした。


 お祭りに行けなくても、こうやってみんなで何かを作って食べるのは楽しい。たこ焼きとサイダーの相性もぴったりだし、サイコロステーキも良い焼き加減だ。


「焼きそばのおかわりつくってやろうか?」


「結構です」


 篠原くんとわたしの声が被る。あんなに評判悪かったのに、神谷くん、なんでそんなに自信満々なんだ。




 食後みんなで後片付けを終えると、空もようやく暗くなって、花火をするのにいい時間になってきた。バケツに水を張って、花火の準備をする。さっきかき氷を食べていた時に、蚊にくわれたところがかゆくてひりひりした。


 火のついたろうそくに、ススキ花火を近づけた。勢いよく噴出した火の線が、小さな火の玉を撒きながら赤から黄色へと色が変わる。黄色から、緑に移り変わり、すぐに白く光る。何色にも移り変わる火を見て、わたしはわぁと声を上げた。

 久しぶりの花火は小学生以来で、すごくきれいだ。わたしはその光に目を奪われて、それが消えてしまうまでじっと黙ったまま見守っていた。


「スパーク花火つけちゃお!」


 神谷くんが花火を二本持ちしてやってきた。火をつけた中心から、細長い線が何本も伸びる。ばちばちと強い音をさせて、弾けるように黄色い火が四方に飛んだ。


 両手に持った花火を振り回している神谷くんから離れて、もっと落ち着いたところで花火を楽しもうと思う。新しい花火に火をつけると、激しく瞬くように花が咲く。


 花火の火を見ながら、ふとちなちゃんのことを想った。


 今頃ちなちゃんは、どうしているかな。本当は、ちなちゃんも誘って一緒にやりたかったんだけど、でも、さすがに篠原くんもちなちゃんも気まずいだろうと思って誘わなかった。

 夏休み中は塾に通うって言ってたから、お互いに勉強で忙しくて会えていない。わたしの勉強スケジュールがキツキツなのもあるけれど、ちなちゃんも、塾のスケジュールで忙しいようだった。


 ちなちゃん、元気になってると良いな。学校が始まったら、真っ先にちなちゃんの様子を見に行こう。元気になったら、また篠原くんと三人で遊べるようになるのかな。


 ――ちなちゃんが、早く元気になりますように。



「津田さん、楽しい?」


 ぼんやり考え事をしていると、篠原くんが隣に座った。


「はい」


 一筋の薄い煙を残して、火が消える。わたしは、花火セットの台紙から二本取って、もう一本を篠原くんに渡した。


「ありがとうございます、篠原くん。本当は勉強がやりたかったはずなのに、こういう時間を作ってくれて」


 咲乃は、静かに首を横に振った。


 ふたつの線香花火を寄せるようにしてろうそくの火に近づける。すると、着火した線香花火の先端に、小さな赤い丸い球が灯った。

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