8,誘拐事件再び
「ふふっ、欲しいものが買えてよかった」
「一人で行きたい用事があると言い出した時は何事かと思いましたが、お二人への誕生日プレゼントだったんですね」
エイミーが何やらほっとしたように私の顔を見た。
「うん、お姉様にはメトロノーム、サイには剣に付けるアクセサリーを買ったの」
「ピアノがお上手なペネロペお嬢様、それに剣の扱いがお上手なサイラス様、それぞれにピッタリなプレゼントをお選びになりましたね」
「でしょ? さすが王宮周辺の高級店、かなり高かったんだから」
いつも勉強を頑張っている私へ、お父様とお母様がお小遣いをかなりくれた。
前世の私からしてみれば、お小遣いと言うことなんてできないとんでもない額だったけれど、プレゼントを買ってほぼ使い切ってしまった。
「二人にはそれぞれ当日に渡したいから、王宮が近くなったら私と別れて、先に馬車の後ろにこっそり積んでおいてくれない? ……エイミー?」
返事が……ない?
エイミーがいたはずの場所へ振り返ると、その瞬間私は数人の男たちに取り囲まれる。
王宮周辺と言えど、私たちが今歩いていたのは少し奥まった路地で、さらに空が暗くなりかけているため、人の姿は見当たらなかった。
「やぁセレナお嬢ちゃん、主人は今回君に興味があるらしくてね」
別人ではあったけれど、間違いなくペネロペお姉様が誘拐されそうになった時の仲間だ。
そのことを理解した瞬間に、体が動かなくなる。
私……? ペネロペお姉様ではなく?
あの時の恐怖が蘇ってくる。
「わ、私には何も利用価値なんてないわよ」
「俺にはよくわかんないけど、利用価値があるかどうかを決めるのはご主人だからな。とりあえずおとなしくついてきてもらうぜ」
想定していた状況とは違うけれど、こういう時のために体を鍛えていたんでしょう私!
どうして、どうして一歩も動いてくれないの!?
「お転婆なお嬢様だと聞いていたが、なんてことねえな」
そう言って男が私を拘束しようと手を伸ばした時だった。
「セリー!」
「セレナ!」
そんな声と同時に私と男を引き裂くように強い風が吹く。
「な、なんだ!?」
そう男が叫んだ次の瞬間、腹部をかばうような動作をして倒れこんだ。
腹部を貫いた白い光をたどってみると……
サイとお姉様が建物の屋根の上から私たちを見下ろしていた。
あの二人、並ぶととても絵になるな……と思わず見とれていると、サイが風魔法を使って私のそばへ降り立ってきた。
「大丈夫かいセリー、けがはない?」
私はまだ先ほどの恐怖が残っているのか声が出ず、首を縦に振ることしかできなかった。
「それならとりあえずはよかった。ごめんね遅くなって、今片づけちゃうからセリーは目を瞑っていて」
言われた通り目を瞑ると、サイが剣を抜く音が聞こえる。
次に路地に響いたのは男たちの悲鳴。
「なんだこいつら! 化け物だ!!」
「いったん逃げるんだ!」
そんな声と同時に切り裂くような音も聞こえる。
しばらくすると、すべての音が鳴りやみサイがもう大丈夫と目を開けるように言った。
目を開けると、そこには戦闘があった痕跡は何もなく、不安そうな顔をしたサイとお姉様が立っていた。
「無事で……よかった」
「セレナ!!」
二人がそう言うと同時に私に抱き着いた。
私も感情が戻ってきたかのようにわんわんと泣いた。
「……怖かった。あの日は、お姉様がいたから平気だったけど、……今回は私一人だけで、エイミーもどこかへ行っちゃって……」
二人は私が泣き止むまで、頷いて話を聞いてくれた。
「そういえば、あの男の人たちはどうなったの?」
「殺さないように手加減していたら、半分くらいは逃げられてしまった。……次あいつらを見つけたら手加減なく殺してやる」
「そ、そんな物騒なことを言わないで!」
「そうよサイ、誘拐犯なんだから徹底的に拷問して黒幕を引きずり出さないと」
「でもどうせあいつらのことだから……捕まえた半分のやつらも口を割らずに自殺するに違いないよ。治安隊のところへ転移魔法で送り付けたけど、どうせ何も情報を引き出せないさ」
「そうだけど、セレナの前で人を殺すわけにもいかないでしょう?」
……お姉様まで物騒な話をしている。
とりあえずこの話ではない話をしようと、エイミーについて聞くことにした。
「そういえば、エイミーはどこへ行ったの? 二人がここに駆けつけてくれたってことは無事ってことだとね?」
「えぇ大丈夫よ。……言いにくいんだけどね、実は私たちセレナの後をつけていたの。何か危ない目にあったら大変だと思って。だからセレナの横についていたエイミーが、後ろから口元に布を被せられて意識を失ったところも目撃したのよ」
「後をつけていたって……。え? エイミーは無事なの!?」
私が気づかないうちに色々な事が起こっていて、頭が混乱してくる。
「大丈夫だよ、僕らがすぐに保護したからね。とりあえずペネロペが応急処置をしてくれたから、そのまま近くの病院に行くようにお願いしてきたよ」
「そう、それならよかった……。私も、エイミーも、お姉様も、サイもみんなみんな無事でよかった」
改めてほっと息をついた時、一つ引っかかることがあった。
「さっき、後をつけていたって言ってたよね? もしかして私が買い物しているところも見てた?」
「……」
「……」
二人が気まずそうな顔で顔をそらす。
これは、もうばれてしまっているのだろう。
「ごめんセリー、そんなつもりはなかったんだ」
「え、えぇ。誕生日まで楽しみに待っているわ」
「ちょっと、それを言ったらダメだろう?」
あたふたしているお姉様をみていたら、なんだかサプライズでなくてもよい気がしてきた。
「まだ誕生日には早いけど、せっかくだからもう渡しちゃうね。こっちはお姉様へ、そしてこっちがサイへ。大切に使ってよね」
プレゼントを手渡すと、二人は嬉しそうに受け取ってくれた。
サプライズじゃなくても、この笑顔をみることができただけでもう満足だ。
「ありがとうセレナ。一生の宝物にするわ」
「セリーは僕を喜ばせるのが本当に上手だ。早速家に帰ったら付けるよ」
誘拐事件の後とは思えぬ雰囲気の中、私たちは王宮へと帰っていった。
ゆっくり更新していこうと思います。
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