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八梃目 痣


「ゴホッ、ゴホホッ。喉痛い......」


 不知火が学校に休みの連絡を入れてから2時間後、少し寝たのだが起きると先程よりも喉痛が酷くなっていた。


「無様ね。その痛みはお前の浅はかな偽善の結果よ」


 俺のベッドの真横に椅子を持ってきて座っている不知火が、スマホを弄りながらそう嘲笑ってきた。こんなことを言っているが、彼女は俺が寝ている間、ずっと付きっきりで俺の頭の濡れタオルを交換してくれている。有難い。


「ホント、不知火、ありがとうな。心の底から感謝してる」


「あんまり無駄口を聞くようなら帰るわよ。私はお前と雑談するために此処に居るんじゃないの」


 感謝の言葉すらも無駄口扱いとか、ぬいもちバイアスかかってんな。


「不知火の罵倒は病原菌に効きそうだ。ありがとな」


「くたばれ」


「俺、もうちょっと寝るから不知火も帰ってくれて良いぞ。其処でずっと座ってても暇だろ」


「お前の不細工な寝顔が見れるからそこそこ楽しいわ。気にしないで」


「さいですか」


 それからどれくらいの時間が経ったのだろうか。二度目の浅い眠りから覚めた俺は譫言のように彼女の名前を呼んだ。


「......不知火」


「何、起きたの? もう昼よ。カップラーメンで良いなら作るけど」


「いや、良い。そんな食欲無い」


「あっそ」


「ぬいは?」


「食べた」


「それは良かった」


 まだ、意識が朦朧とする中、俺は不知火の顔を見た。相変わらず、世界を呪っている最中なのではと疑いたくなる表情をしている。


「見るな」


 怒られてしまった。


「ごめんごめん。......不知火さ」


「あ?」


「答えたくなかったら答えなくて良いんだけど......。入矢達に何であんなに因縁付けられてんの?」


 俺がそう聞くと、彼女が軽く息を吸って吐く音が聞こえてきた。


「さあ? 私が聞きたいわ。私の何かが気に食わなかったんじゃない?」


「ま、虐めなんて大した理由は無かったりするしな。ああ、後、お前、アイツらにパンを買ってやってただろ? お前がそう簡単に人の言いなりになるとは思えないんだが」


「......疲れた。この話は終わり。お前は寝なさい」


 明らかにはぐらかされたが、それもまあ良いだろう。不知火が言いたくないなら言う必要は全く無い。

 と言っても、かなり寝たせいで全然、眠れそうにない。不知火は雑談には付き合ってくれないだろうし、どうしようか。それに頭も痛い。


「やっぱり不知火、カップラーメン作ってくれるか。薬飲む為に何か食べたい」


 不知火は無言で部屋から出ていくと数分後、湯気を立たせたカップラーメンを持って部屋に戻ってきた。


「其処に置いてくれ」


 俺の指差した勉強机に不知火はカップラーメンを置くと、不知火は直ぐ様、薬とそれを飲むための水も持ってきてくれた。

 不知火の優しさを噛み締めながらカップラーメンを啜る。ちょっと伸びているが美味しい。


「......ふうん」


 俺がカップラーメンを啜っている間、不知火はずっと俺の本棚を見つめていた。


「何か気になる奴でもあるのか?」


「別に。予想通りの本棚だなと思って。ライトノベルと漫画ばかりの」


「悪いか」


「誰もそんなこと言ってない。私も多少、その方面への理解はあるし」


 お、これはもしや、共通の話題をゲットしたのでは?


「その中の本で知ってる作品ある?」


「数作は」


 俺の好きな作品は少しコアなものが多いのだが、そんな作品を知っているとは驚いた。


「不知火ってもしかして、結構、オタク?」


「別に。熱意とか無い」


「逆に不知火って何に情熱傾けてんの? 何時も、情熱とは真反対の様なオーラ出してるけど」


「熱意を傾ける様な趣味は......無い」


 少し、歯切れの悪さが感じられた。


「そっか。......ご馳走様でした」


 深掘りはしないことにして、俺は手を合わせると薬を飲んで再び横になった。学校を休んでベッドに寝転ぶこの感覚、最高だ。


「なあ、ぬいもち?」


「あ?」


 だから、なんで毎回、相槌が不機嫌なのよこの娘。


「マスク、何時も付けてるけど何で? あ、これも答えたくなかったら答えなくて良いが」


 不知火は暫しの間、沈黙し、俺のことを見つめた。そして、突然、マスクの紐を片耳から外した。


「これで分かった?」


 溜め息を吐きながら心底、嫌そうな表情で俺を見つめる不知火。初めて見る彼女の口元には赤い痣の様なものが幾つかあった。


「......ありがとう。見せてくれて」

    

「こんなものを見て礼を言うとかやっぱり、お前、頭可笑しいんじゃない? 見苦しいだけでしょ。それともそういう異常性癖でもあった?」


 直ぐに外した紐を耳にかけ直し、マスクを付けた不知火が冷たい口調でそう言う。


「違えよ。何時もマスクで隠してるのに、わざわざ俺に見せてくれたことに礼を言ったの。......確かにちょっと可愛いと思ったのは否定出来ないが」

 

「は?」


「いやだって、不知火の口とか初めて見たし。痣も何か可愛かった。あ、気に障ったなら悪い」


「別にお前が私の痣に対して何を思おうが勝手だけど、やっぱり、異常性癖じゃない」


「......眠くなってきた」


「寝ろ」


「薬のお陰で熱も下がってきたし、本当に不知火、家に帰ってくれても大丈夫だぞ?」


「言われなくても気が向いたら帰る」


 素っ気ない返事をして顔を逸らす不知火に俺は苦笑した。


「あ、出来れば、17時に起こしてくれたら嬉しい」


「何故」


「フォスフォレちゃんの歌配信が17時半からあるから聞きたい」


 俺の言葉を聞いた不知火は硬直し、信じられないとでも言うかの様な表情を浮かべた。


「......お前、病人でしょう。自分の立場を弁えろ」


「だって、今日のフォレ姫の配信は歌配信の後に雑談配信もあって豪華なんだもん!」


「まず、誰よ。それ」


「フォレちゃんをそれ呼ばわりするのは不知火であっても許さんぞ。フォレちゃん、もとい、フォスフォレッスセンスは歌い手。色んな歌の歌ってみたを動画投稿サイトに投稿しているこの荒んだ世界に舞い降りた一人の天使」


「早口止めろ。何一つ聞き取れなかったし、そんな無名の歌い手、聞いたこともないわ」


「おま......! ふざけんなよ!? 俺のことはどれだけ悪く言っても良いが、フォっちゃんのことを悪く言う事は許さ......ゴホッ、ゴホッ、ゴホッ」


 大きな咳が立て続けに出た。肺のところがジーンと痛い。しんどい。


「良いから、寝なさい。17時になったら起こすから」


 それから結局、俺は19時くらいまで起きることは無かった。おのれ、不知火。

 ......因みにフォスファレッスセンスの生配信の日時をネットで確認したら明日の朝7時半からであった。曜日も時間も盛大に間違えていたらしい。

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