4挺目 クズ虫
「不知火、一緒に帰ろうぜ!」
学校が終わり、教室から出てきた不知火に俺はそう言った。彼女のクラスよりも先にホームルームを終わらせてくれた担任に感謝である。
「誰」
「あんなに濃いイベントがあったのに忘れたとは言わせないぞ。霊群蒼だ」
「待ち伏せしていたの? 気持ち悪」
不知火はゴミを見るような目で俺を見た。
「待ち伏せって言うなよ。普通に待ってただけだから」
「どうして、お前はそんなに私に付き纏うの。私よりも容姿が良い女なら幾らでも居るでしょう。目まで腐っているの?」
不知火はそう言って大きな溜め息を吐いた。彼女の溜め息も聞き慣れてしまった。
「何でだろうな? 何と無く、不知火のことが気になるんだよ。もしや、これが運命って奴?」
後、不知火は目付きと口とオーラが絶望的に悪いだけで稀代の美少女だと思う。
「キッツ」
俺の軽い冗談も不知火は手加減無しで切り捨てる。が、やはり、不思議と彼女の罵倒には心が痛まない。照れ隠しなんて物ではなく、正真正銘彼女の本心から出た罵倒だと分かっているのに、だ。
寧ろ、はっきりと罵倒してくれるからこそダメージが少ないのかもしれない。
「不知火って部活、入ってるのか?」
「いいえ」
「だと思った。不知火、部活動に溶け込めそうにないし。俺も帰宅部なんだよ。一緒に帰ろうぜ」
「......自然と言葉に毒を盛るわよね、お前。どうせ、断っても付いてくるんでしょ」
諦めにも近い彼女の言葉に俺は笑顔で正解だと言わんばかりに親指を立てる。すると、彼女が無言で足を踏んできた。痛い。
⭐︎
無視されながらも不知火にダル絡みをして、家路を辿っていると不知火がコンビニの前で足を止めた。
「寄る。先に帰っていて」
「いや、付いていく。丁度、シャー芯が切れてたからな」
「勝手にしろ」
デレのデの字も出さないグサデレ娘に苦笑しつつ、俺は彼女とそのコンビニに入店した。すると、不知火は慣れた様子で最短ルートを使ってカップラーメン売り場へと足を運び、大量のカップラーメンを買い物カゴに詰め込んだ。
「え、何? カップラーメンパーティーでもすんの? 付き合おうか?」
「違う。これは私の二週間分の夕飯。昨日、切れてしまったから買いだめしておこうと思って」
さも当然とばかりに言う不知火に俺は言葉を失った。
「......まさか、何時もそれを?」
「何か」
「よくそんな食生活をしながらその綺麗な肌を維持できるな。料理がめんどいのは分かるけど毎日、カップ麺は宜しくないと思うぞ?」
彼女の肌はシルクのようにきめ細かく、白く、スベスベ。毎日、夕食にカップラーメンを食べている人間の肌には到底、見えなかった。
「人の食生活に口を出すな。わざわざ、自分のために料理を作るなんて死んでもやりたくないわ。そもそも、食に興味がないし」
「いやでも、やっぱり、少しくらいは栄養のあるものをだな」
不知火は更に口を出そうとする俺をキッと睨んだ。
「しつこい。そんなに言うならお前が作りなさい。無理でしょう?」
不知火は俺を軽く鼻で笑う。その表情からはかなりの疲労が窺えた。恐らく、彼女は毎日、今日のように虐めの標的となり、嫌がらせや暴力を受けているのだろう。そんな状態で自炊をしようと思えないのは当然かもしれない。
「俺と同じメニューで良いなら作るぞ? 一人前作るのも二人前作るのも一緒だし」
「......自分が何を言っているのか分かっているの?」
不知火は鳩が豆鉄砲を喰らったような表情で俺にそう言ってきた。
「酷い食生活を送っている可愛いお隣さんに夕飯を作ってやるって言ってる。そんなに美味い料理は作れないが、普通の家庭料理を妥当な味で作ることくらいは出来るぞ。どうだ?」
「それをしたところでお前に何かメリットでも?」
「強いて言うならぬいもちと御近づきになれる」
俺の言葉に不知火はまたしても巨大な溜め息を吐いた。
「少しは下心を隠せ。気色悪い。後、その呼び方止めろ」
「良いじゃん、ぬいもち。可愛いだろ? 剣山みたいな性格してるんだから、せめて、渾名くらいはもちっとさせようと思ってな。それとも、望奈呼びの方がお好みですか?」
というか、不知火望奈って滅茶苦茶名前として可愛くないか。名字で呼んでも何だか名前っぽい感じするし、格好良い。望奈って名前もモチモチしてて可愛い。渾名を付けるにしても、候補はぬいぬい、ぬいもち、もちもち、モッチーなど可愛いのが揃い踏みだ。
「面倒臭いからもう、何でも良い。好きに呼んで」
「望奈ちゃん」
「それだけは嫌」
☆
「はい、ドーモ! タマムラTVです! ということで記念すべき、第一回目のぬいもちに振る舞う料理は無難に豚汁と焼き魚にしようと思います!」
「黙れ。近所迷惑。くたばれ」
「お前に近所迷惑とか考える道徳観あったんだな。......いや、ぬいちゃんとご飯食べるのが楽しみでさ」
「ぬいちゃん言うな。後、私は別にお前と食べるつもりはないから」
「......え?」
「だって、そうでしょう? 私の家にお前を招くなんて以ての外だし、かといって私がお前の家に行くのも怖いじゃない。襲われるかもしれないし」
「確かに不知火可愛いもんな」
「否定しろ、変態童貞性犯罪者予備軍顔面公然猥褻罪のクズ虫。くたばれ」
「言い過ぎ言い過ぎ言い過ぎ! 言い過ぎだわっ! というか、俺に人を襲う気概なんてあると思うか?」
「思わない」
不知火は躊躇なく答えた。
「即答ですか」
「だって、お前、チャラそうな感じで全然、チャラくないし。ヘタレで愚図でテンションが可笑しいだけのただの陰キャじゃない」
「いやん、この短期間で俺の本質を其所まで見抜くとかどこまで俺のこと好きなんだよこのこの~......グマアッ!?」
ちょっとからかって、肩をツンツンとつついただけなのにえげつないスピードで右ストレートが俺のヘソの辺りを目掛けて飛んできた。
「私の体に触れるな。クズ虫。くたばれ」
「泣きそう」
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