3挺目 もちもち
「何あの人~?」
「え、誰? 何?」
「怖いから早くご飯行こ~」
蜂須賀からあの毒舌娘の学年を教えてもらった俺は四階......つまり、三年生の階の教室をジロジロと覗きこみ、周りから奇異の目を向けられていた。
俺の目的は教室の後ろに張られている、そのクラスの生徒の顔写真つき自己紹介ポスターだ。あれを見れば、たとえ彼女が購買部に行っていたとしても何組なのかが分かる。ヤダ、霊群さんったら天才。
「おい、霊群。其処で何をしているんだ」
「いや、あ、えっと、何でもないっす。あはは、購買行ってきます」
しかし、俺の作戦は一組と二組までを見終わったところで俺の行動を怪しんだ通りすがりの教師に声を掛けられ、中断させられてしまった。おのれ、邪痴暴虐の体育教師、鈴木優介。
これ以上、覗きをしてまた鈴木に捕まれば一巻の終わりなのでこの辺りで作戦は終わりにしよう。幸い、俺は三組なので調べた分と合わせて五クラス中二クラスにまで彼女のクラスを絞れた。
結局、鈴木から逃げるように購買部まで来てしまった俺はジュースでも買って弁当を食べようと思い、購買部の列に並んだ。列の最前線でパンを購入した少女が帰っていく様子が俺の目にたまたま映る。む? あのムンムンと漂う陰気なオーラは......
「毒舌ちゃんじゃん! さっきぶり!」
その少女はずっと、俺が会いたかった相手、毒舌ちゃん(仮名)だった。
「誰」
しかし、返ってきた言葉は酷く残酷なもので......。
「いや、それ朝にやったから。霊群蒼だよ、霊群蒼」
本日二度目の自己紹介をした俺を彼女はさらりと無視して、先へ進もうとする。俺はまたもや、彼女を追いかける羽目になった。
「付いて来ないで。というか、購買に並んでいたんじゃないの?」
「いや、俺はジュースを買おうと思っただけだから大丈、夫? あれ、毒舌ちゃんも弁当なの?」
彼女が購買のパンとは別にビニール袋に入ったコンビニ弁当を持っていることに気が付き、俺はそう聞いた。右手に弁当を左手にパンを状態だ。
「......友達に頼まれたのよ」
一瞬の間を起き、彼女は答えた。
「妙だな」
彼女の返答を俺は探偵のように訝しむ。
「は?」
「お前みたいに毒舌で人当たりが悪い奴に友達なんている筈が無い! 仮に滅茶苦茶、優しくてお前とも友達で居てくれるようなぐう聖な奴が居たとしても、お前はその友達の頼みを聞くタイプじゃない! これは事件だ!」
「私を嘲笑したかったのなら、もう用は済んだでしょう? 失せて」
「いや、ごめんて。冗談やん。お前に友達が居なさそうなのは本当だけど」
というか、どうして俺はこの娘に散々、ボロクソに言われているのに、少し棘のある言葉を言っただけでこんなにも謝らなければいけないんだ。そんな不満を口にしようか迷っていると
「チッ。遅いと思ったら、男とお話の最中かよ。トモダチのことを忘れるとか最低」
突然、現れた高身長のパツキン少女が毒舌ちゃんの腹を思い切り殴った。
しかも、周りから見えないよう、彼女にギリギリまで近付いてだ。表情一つ変えずに前に倒れかける彼女の体を金髪の少女は受け止め、足を踏みつけた。
「......!? ちょ、おい! 何してんだよ!」
状況を把握するまでに多少の時間を要しながらも、俺は時間差で目の前で起こったことに驚き、慌てて金髪少女の胸ぐらを掴んだ。
「あ? 誰よアンタ」
「三年三組、霊群蒼! 名前だけでも覚えていってく......ごほっ!?」
怒りに任せ、金髪の少女に掴みかかった俺は意図も容易く先程の彼女と同じように腹に拳を叩きこまれ、激痛に悶えた。
「ザッコ。それでも男なの?」
「違うかも。か弱い乙女として扱ってくれ」
「あっ、そ!」
俺の横腹を金髪の少女は思い切り蹴り付けた。痛い。めっちゃ、痛い。泣きそう。しかし、俺はどうにか涙を堪えながら半笑いで金髪少女にこう言った。
「そんな大技を見せて良いのか? 皆、見てるぞ?」
金髪少女から俺に繰り出された蹴りはかなり大きく、派手であったため、廊下で暴力沙汰が起きていることに気が付いた生徒が俺達の方に視線を向けていた。
「チッ」
すると、金髪少女は負け惜しみのように舌打ちをして俺の肩を殴り、彼女からパンを奪って、帰って行った。
「……いったあ」
そして、金髪少女が居なくなった途端に俺の涙腺は崩壊した。
「勝手に突っ込んでいって、殴られて、泣いて、無様としか言い様がないわね」
悶える俺を彼女は鼻で笑い、歩き出す。
「お前は大丈夫なのか? かなりの力で殴られてただろ。保健室に行って保冷剤でも貰った方が良いんじゃないか?」
俺は痛さを我慢しながら、彼女を追いかけてそう聞く。今日だけで、かなりの回数、彼女を追いかけている気がする。
「……は?」
すると、彼女は理解し難いとばかりに俺を睨んだ。
「え?」
「自分の心配より他人の心配をするとか本当にお前、何考えてるの? それとも何? 私を絆して抱いてやろうって魂胆? 言っておくけれど、私はそこまで尻軽でもなければ馬鹿でもないから。くたばれ」
くたばれを語尾にするな。
「......お前、毒舌とか以前にだいぶ拗らせてんな。てか、マジで大丈夫?」
「黙れ」
「黙れ!?」
「......私は心配ないわ。あれくらい、慣れてるから。お前こそ無様で一方的に、なすすべもなく、喜劇か何かと見紛う程に分かりやすく暴力を振るわれていたけれど大丈夫?」
「外国人泣かせの量の修飾語で罵倒しつつも心配してくれてありがとう。俺は大丈夫! 体の痛みと心に刺さったナイフで泣きそうだけど!」
しかし、どれだけえげつない暴言のおまけがあろうと、彼女が俺のことを心配してくれたことに変わりはないのだから今のはデレと受け取っても良いんじゃなかろうか。
ツンデレ、ではなくグサデレの誕生である。因みにグサは鋭利なものが心に刺さるグサアッの擬音の略語。
「もう一度、念を押しておくけれどお前がこれからどんな目に遭っても私のせいではないから」
溜め息を吐きながら彼女は言う。
「どんな目に遭っても、ってどうなっちゃうのよ俺」
「さあ? でも、あの入矢祥子に喧嘩を売ったんだからしつこく嫌がらせを受けることにはなるでしょうね。私には関係ないけれど」
不安そうに聞く俺を彼女は一蹴する。あのDQNの中のDQN、性悪ギャルの中の性悪ギャルみたいな金髪少女は入矢というらしい。
「ウボァー」
いや、自業自得なので受け入れるしかないのだが面倒臭いことになった。後悔は微塵もしていないが。
「......まあ、でも、お前が身代わりになってくれたお蔭で私が殴られる回数が少し減ったし、私としては礼を言いたいわ。お前の不幸に対して」
やっぱこれ、ツンデレってレベルじゃねえぞ。
「なら、名前くらい教えてくれても良いんでねえの?」
「不知火望奈。自然現象の不知火に望む奈落で望奈」
俺がからかうように聞いた刹那、彼女は小さな声で呟いた。
「うぇっ!?」
思わず、変な声が出てしまう。
「二度は言わないわ」
「ちょっ、ちょっと待て。不知火、何だっけ、えっともちな? 望む奈落で望奈!? え、合ってる? ねえ!?」
「・・・・」
「黙るなよ! 不安になるだろ! 無言は肯定と見なすぞ!? もう、これからは不知火って呼ぶぞ!? 何なら、モッチーって呼ぶぞ!? いやでも、モッチーは在り来たりだから敢えてのぬいもちって呼ぶか!」
「好きにして」
うおっしゃああああああっ! デレた! 完全にぬいもちがデレた! いや、全くデレた感じしないけど! 名前を教えてくれたという事実だけを見ればデレた!
「というか、お前、不知火望奈って......」
「私の名前に何か文句でもある?」
「いや、不知火って名字はカッコよくてお前のイメージにもピッタリだから良いんだけどさ。望奈って名前の癖に本人は全然もちもちしてないなと思いまして。もちもちどころか、シャキーンッて感じ? 日本刀みたいな? え、伝わってる? ねえ、今の感じ伝わってる?」
「ウザイ。名前を知っただけで興奮すんな。発情期の猿かよ気色悪い。くたばれ」
やっぱ、もちもちでは......ないよな。