1挺目 グサデレ
紳士、淑女の皆々様はツンデレというものをご存じだろうか。その定義は広く、様々なタイプに分類されるツンデレだが、全てのツンデレに共通する特徴がある。ツンデレは皆、ツンとデレ、つまり、トゲトゲとしていて人を遠ざけるような態度と柔らかく好意剥き出しの態度のどちらをも取り得るのである。
一見、相反するように見えるこの二つの性格が交わることによってツンデレという至高へと到達するのだ。因みに俺はツンとデレの割合は間違いなく6:4が黄金比だと思っている。ツンはやや多めでデレは少し控えめ、いやはや、素晴らしい。
「と言っても、現実にはツンデレなんてそう居ないからなあ」
俺は不満を口にしながら、本棚に本を置く。其処にはツンデレちゃんがメインヒロインのライトノベルが数多あった。
現実世界に『べ、別にアンタのためじゃないんだからね!』なんて言ってくれる少女が居たらそれは十中八九、電波娘だ。ちょっと、ツンとした少女は居ても、本当のツンデレは現実世界には居ない。
「悪いな、蒼。仕事があるからそろそろ、行く。後は自分でやってくれ」
俺の引っ越しの手伝いをしに来てくれていた父さんがそんなことを言ってきた。
「あ、うん。土曜日なのに大変だな。いってらっしゃい」
「おう。近所への挨拶はきちんとしろよ?」
俺が父さんの言葉に頷くと、彼は満足気に家を出ていった。俺は扉がきちんと閉まっているのを確認し、深呼吸をする。......そして
「うおっしゃああああああああああっ! 今日から此処が俺の城っ! マイキャッスル! イエイ!」
と、叫んだ。
そう、俺は引っ越しをしたのだ、このアパートに。高校三年生になったので集中して勉強を出来る空間が欲しい、というのが建前。親から離れて自由な生活を送りたいというのが本音である。
もう、エロゲをする時に親の目を気にしてオドオドする必要はない。勿論、勉強もきちんとするつもりだが......。
因みにこのアパートはマイクでカラオケをしても大丈夫なくらいに防音がされているらしいのでこれだけ叫んでもモーマンタイだ。
「......さてと、忘れないうちに行っとくか」
俺は部屋の隅に積み上げられた箱を見つめてそう呟いた。近所への挨拶用の菓子折りである。俺はそれらを紙袋に詰めて、外に出た。箱の数は六箱。
このアパートは二階建てで各フロアに三つの家があるので、アパート内で菓子折りを渡すべき家は五軒。アパートの向かいに一軒家があるのでその家の分も用意した。
俺の家はアパートの二階の一番左側、203号室なので右の202号室から順に挨拶をしていこうと思い、俺は隣の家のインターフォンを押した。
しかし、どれだけ待っても返事がない。もう一度インターフォンを押してみるが、やはり、結果は同じだ。留守らしい。それならば、と更に左の家のインターフォンを押してみる。
「はい。どちら様?」
中から青年が出てきてそう言った。
「今日、引っ越してきた霊群です。これからよろしくお願いします。こちら、つまらないものですが......」
「あ、ああ、どうもご丁寧に。彼方です。宜しくお願いします」
彼方と名乗った青年はうやうやしく俺の手土産を受け取り、頭を下げた。
「こちら、つまらないものですが」
「ああ、ありがとうねえ。あ、そうだそうだ、お礼にこれあげる」
その後は、103号室のお婆さんに何故かリンゴを貰ったり
「あら、おおきに。アンタ、その歳で一人暮らし? 偉いなあ。あ、そうやそうや、アンタの隣の子も高校生やで? 仲良くし」
その右の家、102号室の関西色強めのおばちゃんに意外な情報を貰ったり
「......居ない、だと?」
実は101号室は空き家だったことが判明したりと色々あったがその中でも特に面白かったのは、アパートの向かいにある大きな一軒家の少女である。
「あ、両親が居ないので代わりに私が受け取っておきますね! ありがとうございます! ......お? お? あれ? もしかして霊群さん、高校生? というか、雲雀川高校?」
「ああ、うん。雲雀川高校の三年生」
「やっぱり、そうだ! 実は私もなんですよっ! ミートゥ! 霊群さんの顔、見覚えあるなあと思ったんすよ! これから宜しくです! あ、私のことはアズアズって呼んで下さい!」
「お、おう。アズアズ、宜しくな」
アズアズ、もとい、蜂須賀梓はとても元気で明るい少女だった。若干、俺とキャラが被っていたが。まあ、それは良いだろう。
それより大事なのは202号室のことだ。やはり、隣人なのだから挨拶は早めにしておきたい。俺は先程、202号室の住人がベランダに出ていたり、風呂に入っていた可能性を考慮してインターフォンをもう一度押した。
「返事がない。ただの外出中のようだ」
フッ、苦笑しつつ帰ろうと後ろを振り向くと
「......私の家に何か用?」
其処には俺と同じくらいの身長の少女が立っていた。不思議と黒髪ショートからは快活さが感じられず、代わりにピリピリとした威圧感を感じる。
そして、初対面の筈の俺を親の仇か何かのように睨んできている。黒いマスクを付けているため、鼻や口が見えず、そのせいで余計目の怖さが引き立っている。
「いや、断じて俺は不審者ではなくてですね」
「そう思われても仕方のない行動と容姿をしているけれど」
「容姿は関係ねえだろ!? 後、行動も至って普通にインターフォンを鳴らしているだけですけど!?」
咄嗟のことだったのでつい、タメ口を利いてしまった。
「容姿は人となりを表すと言うでしょう。お前は不審が服を着て立っているような容姿をしているし、私の家に訪ねてくる人はまず居ない。完全に不審者としての要素が成り立っている」
少し腐っているというか、ジト目気味の険しい目で彼女は俺を見つめてくる。会っていきなり、お前呼びかあ。
「よくもまあ、ペラペラと初対面の相手のことを其処までボロクソに言えるよな......。俺は霊群蒼、201号室に引っ越してきたからその挨拶をしに回ってたんだよ」
俺はその少女に袋から取り出した箱を押し付ける。
「何これ?」
「手土産」
「それは見たら分かるわよ。お前、頭腐ってるんじゃない? 私が聞いているのは中身」
「ゼリーだよ。ゼリー。嫌いか?」
傷付いたり動揺する暇も与えない突然の罵倒に俺は唖然としながら答えた。
「ええ、嫌いよ。だから、返すわ。はい」
そう言って彼女は箱を俺に突き返してきた。はああああああっ?
「おま、マナーって知ってる?」
「知らないし、知りたくもない。じゃあ」
そう言って、家に帰ろうとする少女の手を俺は慌てて掴んだ。
「ちょ、ちょい待ち。ちょい待ち」
「何? 私の態度に腹が立ったのならもう関わらなければ良い話でしょう。後、気安く触るな。気色悪い。寒気がする。くたばれ」
......先程まで現実にツンデレは居ないと嘆いていた俺だが、これはえげつないツンデレを見つけてしまったかもしれない。いや、今のところデレどころかツンもないけどな。
ツンというグサッて感じ。後、くたばれは駄目だろ。くたばれは。
「いやいや、そうじゃなくて、名前」
「は?」
「名前、教えてくれよ。俺、名乗っただろ」
「お前が勝手に名乗っただけ。私が名乗る義理はない」
俺の手を振り払うと、彼女は家に入り、勢いよく扉を閉めてしまった。あんなに態度が悪く、印象は最悪だったのに......何故だか、彼女に心惹かれるものがある。絶対に名前を聞き出してやろう。
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