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懺悔と罰の理由 ( 2 )


____翌々日



僕は誠のお葬式に来ていた。

昨日がお通夜で今日がお葬式なのだ。



昨日のお通夜で青白くなった誠の顔を見た時、もう生きている誠はいないのだと理解しただけでなく、じわじわと実感も沸いてきた。



僕は棺の中に白い菊の花を1輪入れて手を合わせた。




(なぁ、誠。お前に何があったか知らねぇけどさ、辛かったんだよな。……死ぬまで追い込まれるって何があったんだよ。お前が僕に隠してたこと、教えてくれよ……誠……。天国でも元気で暮らせよ。じゃあな)




僕はもう二度と目を開けないその人に背を向け、自分の席へと歩き出した。




約1時間半程でお葬式が終わり、今僕は1人で帰途についている。


日が既に傾き始めており、涼しい風が頬を掠める。


ゆっくりと来た道を帰る途中、小さな公園に誠と同じ高校の制服を着た男子高校生達が集っていた。


彼らは誠のお葬式に来ていた人達だった。


僕はスルーして公園の前を通りすぎようとしたが、彼らの大きな話し声の中から誠の名前が聞こえてきて咄嗟に足を止め、何故か木の影に隠れて傍耳を立てていた。


嫌な予感が、脳を掠めた。



『あいつあんなことで死ぬなんて思わなかったよな』



『ほんとそれな。先生にとりあえず葬式は行っとけって言われたから来たけどよ、まじだるすぎ』



笑いながらそう話している。


葬式がだるい?

意味がわからなかった。



『高校から入ってきて、しかもろくに金もない奨学金で入ってきた奴が勉強できるからってイキリやがって。ちょっと可愛がってやっただけなのにすぐ死ぬとかダサ』



『まじでそれ。使えねーおもちゃだったな。後から来たならちょっとは俺らを楽しませろや』



『うーん、でもやっぱりあれはまずかったんじゃない?』



『は?何お前。急に俺は悪くありませんアピール?』



『いや違うよ。ただ、あの動画消さないと流石に警察とかにバレたらやばいっしょってこと。俺らの笑い声とかも入ってるでしょ?特定されたらいくら寄付金出してても停学は免れないよ』



『あー……確かにな。あれは傑作だった』



動画……?


傑作……?



『消しちまうのはもったいねーけどしょうがないか。消すならもう1回見てから消そうぜ』




そう言って彼らは動画を見始めた。

げらげらと笑いながらその動画を見ている。



どんな動画なのかちょうど死角で見えなかった。だが一瞬だけ、しかしはっきりとその動画が見えた。


その刹那、誠がずっと隠していたことはこの事だったのだと悟った。



複数の男に誠が虐げられている様子が映っていたのだ。

シャツやズボンから覗く肌には複数の痛々しい痣や出血痕が見られた。



彼らの話の内容から推測するに、誠はあの動画以外にも日常的に彼らに虐げられていたと思われた。



誠の苦しみは僕には到底理解できないほど深かったことだろう。



なんで誠がこんな目に遭わなければならなかった?


僕は知っている。


共働きの両親に、小さい頃から文句も何も言わずにひとり飯。



中学に上がってからも、こんな部活と遊びしかやってこなかったような僕とは違って、必死に勉強して今の高校に入学。



自分に止まった蚊さえも、"俺ら人間と同じ生き物だから"という理由で殺さないくらい、暖かい心を持っている。



おまけに困っている人を放っておけなくて、人に頼み事をされたら雑用でもなんでも引き受けてしまう、超がつくほどのお人好し。



こんなにも頑張って生きてる心優しい人がどうして、いじめられなければならない?


そして、そんな人をどうして大勢でいじめることが出来る?



……あいつらが、誠を殺したんだ。


人殺し。



彼らに対して言葉で表せないほどの深い怒りが込み上げてくると同時に悟った。


自分も彼らと同じではないか、と。



ここ最近の誠にはいつもとは違う、違和感があった。


けれど僕は深く追求しようとはしなかった。


誠が聞かれたら嫌だろうから、という理由をつけて、見て見ぬふりをしていたのだ。


あの時もし、無理矢理にでも何かあったのか聞いていれば今とは違った未来になっていたかもしれないのに。



僕は誠のために何もしてやれなかった。



今だって彼らに1発殴ってやることくらい出来るはずなのに、僕は彼らを恐れ、こうして木の陰に隠れてコソコソと話を聞いているだけだ。



結局僕は自分自身の保身のためにしか動けない卑劣なやつなのだと、自覚すると共に絶望した。



僕は考えることを放棄して、ただその場に立ちつくしていた。



それからどのくらい時間が経ったのかは分からないが、血が滲むほど固く握りすぎていた手の痛みで気がついた時には、既に太陽が西に沈んでおり、彼らはもう居なくなっていた。




僕はそのまま1人で家に帰った。


家に帰ってから僕は一言も言葉を発さず自室に閉じこもった。


母さんや父さんから何度声をかけられても僕は返事をしなかった。




必要最低限しか自室から出なくなって一週間が経った。


母さんは毎日扉越しに声をかけてくる。

それが次第に鬱陶しく思うようになっていった。


その日も母さんの声が聞こえてきた。



『“優”……急に身近な人が居なくなってしまうのって本当に辛いよね。でも、誠くんもあなたには自分の分まで精一杯生きて欲しいと思ってるんじゃないかしら……』



その言葉に、僕の中の何かがプツリと切れたような音がした。



誠が僕に自分の分まで生きて欲しいと思ってる?

何も出来なかった僕に?



「……うるさい」



『え?』



「うるさい!……何も知らないくせに分かったふうな口聞くな!もう僕に干渉しないでくれよ」



言ってからやってしまったと思ったが、もう遅かった。



『……ごめんなさい。もう何も言わないから。でも心配だからご飯だけはちゃんと食べてちょうだい』



そう言い残し母さんが扉の前から去って行く音がした。


僕は何をしているのだろう。


母さんは僕を心配して声をかけてくれていることも、これはただの八つ当たりなのだとも分かっている。


僕はつくづく最低な人間なのだと心の中で自嘲した。


後で母さんにきちんと謝ろうと、そう思った。



いつの間にか僕はベッドで寝ていて、起きてスマホを見たら母さんからメッセージが届いていた。



【さっきはごめんね。今日の夜はハンバーグにします。お肉奮発しちゃいます。】



それに返信しようとした瞬間、僕の携帯の着信音が鳴った。


父さんからだった。


父さんが電話してくることなんて滅多にない。

ましてや平日の昼間だから今は会社にいるはずなのに。


その時、僕の背中に寒気がはしった。


何故かとても、嫌な予感がしてならなかった。


僕は恐る恐るその電話に出た。



『“優”か!?あのな、落ち着いて聞くんだ』



そう言った父さんの声には落ち着きがなく、とても震えていた。


直感的に、聞きたくない、と思った。



『母さんが……。母さんが、事故に巻き込まれて意識が戻らない。今日が山だそうだ。今から言う病院に……』



だんだん父さんの声が遠ざかっていく。


なんとか震える手で病院名をメモし電話を切った。



僕の手からスマホが滑り落ちる。



「ははっ。」



僕の口から嘲笑にも似た笑いがこぼれる。



「はははっ。……どうして。どうしていつもこうなんだよ……」



いつもそうだ。


1番居ないといけない時に時に大切な人のそばにいない。


失いたくない人を、守れない。

そして、いつも失ってしまう。



口元は笑っているのに、目からは大量の涙がこぼれ落ちる。



……いや、まだだ。


まだ母さんは死んでない。


きっと母さんは死なない。


大丈夫だ。



そう、無理やり自分に言い聞かせて僕は自分の家から飛び出し、自転車に乗って無我夢中で教えられた病院まで向かった。


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