君と僕の3ヶ月 ( 3 )
8月22日 日曜日 午前0時00分
僕が海に行くと麗はもう来ていて手には何かを持っていた。
『優!』
僕を呼んだ麗の表情はいつにも増して明るかった。
『じゃじゃーん!!私これ持ってきちゃった!
一緒にやらない?』
そういって手に持っていたものを見せる。
花火だった。
麗の表情がいつもより明るかったのはこれか、と納得がいった。
「いいよ。やろう」
僕の言葉を聞くと麗の表情はさらに明るくなった。
そして嬉しそうに花火の袋の封を開け始めた。
麗は、僕のが年下なのが不思議と思うくらい小さい子供のようにはしゃいでいた。
「そういえば、火はあるの?」
『優、私を甘く見てはいけないよ?そこまで抜けてないからね』
凄いでしょ、と言わんばかりのドヤ顔でこちらにライターと花火用のバケツキャンドルを見せてくる。
「ほんとだ」
僕は自分の頬が緩んでいくのが分かった。
麗の前では、僕は自然と笑えるようになっていた。
はっきりとした理由は分からないが、初めて麗と会った時からそうだった。
麗といるとなぜか、とても心が温かくなるのだ。
『じゃあ、やろう!私このピンクのやつにする!』
無邪気に笑う麗が、優は?と聞いてくる。
僕は麗の側に腰を下ろした。
「うーん、じゃあこれにしようかな」
黄色の花火を選んだ。
『黄色じゃん、いいね!』
花火を選び終わり2人揃って立ち上がる。
すると麗が口を開いた。
『…私ライター使えないんだった。優、付けてくれない?』
そう言った麗は少し困ったように笑っている。
少し抜けている所が麗らしいなと思い微笑する。
「いいよ。麗は少し詰めが甘いんだよなぁ笑」
からかい気味にそう言うと麗はぷっくりと頬を膨らませて、『何よその言い方〜!』と文句を言ってくる。
僕は笑いをこらえて「ごめんごめん」と謝ると、麗からライターを受け取り、ロウソクに火をつけた。
『早く花火しよう!一緒につけよう』
興奮気味に麗が言った。
そうして僕らは一緒に花火をロウソクに近付けた。
先に火がついたのは麗の花火だった。
少し遅れて僕の花火にも火がついた。
『わぁ!綺麗……』
麗が呟いた。
ピンクと黄色の火花が散り乱れる。
その光景は、僕が今までしてきた花火の中で1番美しいと思えた。
徐々に小さくなっていく火花。
それがなんだか少し切なかった。
1本目の花火が終わったあとも僕達は次々に花火に火をつけていく。
途中麗が、
『ねえ、花火でハート作れるかな?写真撮ってみてよ!』
と言って花火を振り回し始めた。
怪我でもするのではないかとひやひやしながら麗の言われた通りに写真を撮ると、そこには無邪気に笑っている麗と、少し不格好だが火花のハートが写っていた。
撮った写真を覗きに来た麗は目を輝かせた。
『すごく綺麗!ありがとう』
そして何かいいことを思いついたような顔をして、こちらを見て言った。
『優、携帯番号交換しよう!それでこの写真メッセージで送ってよ!』
いつも突然突拍子のない提案をしてきていたので今回もそうではないかと少し身構えていたが案外普通のことだったので逆に拍子抜けした。
「いいよ」
そして僕達は互いに番号を登録した。
登録する時に、麗は敢えてメッセージで送信してと頼んだのだと気がついた。
あくまで推測だが、トークアプリで交換すると本当の名前が分かってしまう恐れがあったからだと思う。
こんなにも些細なことに気を遣える、やはり麗は僕とは根本的に違っている、と感じた。
登録後、僕は麗に先程の写真を送り、すぐにまた花火を再開した。
花火の数も残り少なくなってきた。
やはり最後に残ったのは線香花火だ。
僕達は線香花火を手に持ち、屈んでロウソクの周りを囲んだ。
そしてお互い目を合わせる。
やはり線香花火と言ったらこれだろうと思い、僕は口を開いた。
「『勝負しよう』」
麗と声が見事に揃った。
1瞬2人で顔を見合わせ、またも2人同時に笑いだした。
『ふふっ。やっぱり考えることは同じみたいだね』
「そうだね」
『勝負するからにはペナルティ的なのつけたいよね〜……あっ良いこと思いついた!』
そう言ってまたキラキラした笑顔で僕を見る。
『負けた方は勝った方にジュース奢りね!私喉乾いちゃったから。線香花火いっぱいあるから先に3回勝った方が勝ちにしよう』
「分かった。僕は負けないよ?」
『私だって負けないもん』
そう言い合い2人一緒にロウソクに線香花火を近付けた。
付いたのはほぼ同時だった。
パチパチと火花が爆ぜた。
だんだんと火の塊が大きくなっていき終わりへと近づいていく。
その火を見つめていると何故だかとても、切ない気持ちになった。
唐突に、この関係はいつまで続くのだろうと思い至った。
僕たちの関係は、お互い本名も詳しい素性も何も知らない、表上はただ麗の生きる理由の為に週に一回こうしてこの場所で会っているという、とても曖昧なものだ。
終わるとしたら、それはこの線香花火のように、本当にあっけなく終わってしまうのだろう。
でも、僕にはこの時間の終わりが想像できなかった。
ただ単純に、終わりを考えたくないだけなのかもしれないが。
線香花火に火がついている間、僕らは互いに何も言葉を発さなかった。
ただ、その綺麗に燃え続ける火花だけを見つめていた。
4戦終わったところで2勝2敗という結果になった。
次が最後だ。
『最後だね。なんかこの展開漫画かよって感じだね』
「そうだね。都合良く2勝2敗なんて」
そう言い合い顔を見合わせてお互い苦笑した。
最後の花火に火をつける。
火がついたのは、またもやほぼ同時だ。
暫くまたお互い何も発さずに花火を見ていた。
しかし唐突に、麗が口を開いた。
『ねえ、優。1個聞いてもいい?話したくなかったら全然話さなくていいんだけど』
そう言った麗の声はいつにも増して真剣だった。
表情も笑っていない。
だいたい何の事か想像がついた気がする。
僕は固唾を飲んだ。
「いいよ」
そう返事をすると少し間を開けて麗がまた口を開く。
『あの日、私たちが出会った日、なんで優は死を選ぼうとしてたの?』
麗の言葉はあまりに直球で、それゆえに僕に逃げる隙を与えなかった。
話したくない。
心ではそう思っている。
話せば必然と僕は自分の罪と向き合わなければならなくなる。
そう、今までずっと逃げてきたのだ、僕は。
そして麗に幻滅され、また僕は孤独になるのだろう。
麗と過ごす時間は楽しかった。
この時間を失いたくない、とまで思ってしまっている。
そして僕は心の中で自嘲した。
そんなことを思う資格など僕にはないと。
しばらくの葛藤の後、僕は覚悟を決め、1つずつ最初からゆっくりと話し始めた。
これからは1人でこの罪を背負っていこうと思った。
それが僕にできる、“あの人たち”への唯一の償いだ。
そう、これは僕の懺悔と僕への罰なのだ。
次からは優の過去編が始まります!