息子と父 (1)
玄関を開けると、空気が一変した。
ついさっきまでいた外とはまるで違う。
酒臭くて、息苦しい。
僕は一瞬うろたえたが、構わず進んだ。
手を洗い、一直線に母さんところへ歩く。
生前よりもかなり小さくなってしまった母さんの前に正座で座り、向き合った。
おりんを鳴らし、静かに手を合わせる。
まず、謝った。
僕のためにお肉を買いに行ったから、こんな事になってしまった。本当にごめんなさい、と。
最後の会話が口答えでごめんなさい、と。
次に、誠に伝えたことと同じことを母さんにも伝えた。
生きたい、と。
最後に、今までありがとう、とずっと言えていなかった言葉も伝えた。
"今までありがとう"なんて言葉にしてしまったら、もう母さんはいないという事実を認めざるを得なくなってしまう。
だから今まで言えなかった。
もういない、話せない、と頭では分かっていつつも、現実逃避をしていたのだ。
全て伝え終え、僕はそっと目を開けた。
本当は昨日、こうするべきだった。
誠に伝えたのと同じ日に、母さんにも伝えるべきだった。
言い訳にもならないが、麗もいなくなると聞いて、それどころではなかったのだ。
どれくらいの時間かは分からないが、僕はしばらく母さんと向きあっていた。
これで母さんにも伝えられた。
とても拙いはすだが、母さんはちゃんと聞いてくれていただろう。
過不足なく伝えられた自信はないが、ちゃんと気持ちは伝わってくれているだろうと信じたい。
あと、僕が今すべきことはこの現状を打破することだ。
現状、というのは、人間らしい生活を送っていないことだ。
こんなのでは母さんと誠に顔向けできない。
僕はその場で、父が寝ている方へと顔を向けた。
僕が家から出た時と何も変わっていない。
今から僕は父さんと向き合わなければいけない。
心臓の音が早くなる。
きっと怖いのだ。
ちゃんと僕の声が届くのか。
相手が誰であろうと、たとえ血の繋がっている相手であっても、誰かと真剣に向き合うことはとても怖いことなのだと実感する。
自分自身と向き合うことでさえ、あんなに勇気のいることだったので、当たり前だなと思う。
机の上には飲み散らかした大量のお酒の缶。
あんなに飲んで平気なのか、と心配になるレベルだ。
いや、平気なわけはないか。
僕が死を選ぼうとしたように、父さんはお酒に逃げたんだ。
自己防衛、現実逃避のために。
僕も父さんもおなじ。
そう思うと少し気持ちが落ち着いた。
僕は震える唇を無理やり動かし、父さんに呼びかけた。
「父さん、話があるんだ」




