運命なんてブッ飛ばせ! 〜 お父さんは心配性 〜
「お嬢さんをお嫁にください!」
男親ならいつかは……と覚悟している言葉だろう。娘の気持ちが第一ではあるが、相手を見定め、場合によっては心を鬼にして引導を渡すのも親の役目であり、自分の死後残される娘の人生を共に支え合って行けるようにと願い、その手を譲り渡すものと思っていた。
だが、まだ3才なのにそんなセリフを聞くことになるなんて思わないだろうっ!?
まして新居に引っ越した当日に物置から出てきた、獣の耳をつけた成人男性からなんてっ!
* *****
念願の新居へ引っ越した日の事だった。
新しい木の匂いが嬉しくて、これからの庭造りに心を躍らせていた。
手伝いに来てくれた妹達と荷物を家に入れた後、当分使わぬキャンプ用品やカー用品を庭の物置に入れようと物置の扉を開けたら、見知らぬ男が入っていた……。
「だっ誰だお前は!?」
「お前こそ誰だっ?ここはっ……!?」
男は扉から飛びでて辺りを見回すと、娘を見て固まった。
奇妙な沈黙が流れる中、男が時折フンフンと鼻をヒクヒクして匂いを嗅いでいるような仕草が目に付いた。
思わず近くにいた妹が娘を男の視線から隠す。
とたん男はグワッと目を見開き、唸り声を上げて妹に飛びかかった。
いきなりの事でオレは咄嗟に動けなかったが、妹は片足を軸に回し蹴りを食らわした。
さすが地元じゃ伝説の『ハマの鬼子母神』。その技の冴えは衰えてはいない。
しかし男も只者ではなかった。
蹴りを受けるも衝撃を逃すために自ら後ろへ飛び、着地と同時に再び妹に飛びかかる。
「そこを退け!私の邪魔をするなあ!」
「何言ってんだこの不審者!」
訳の分からん会話を交わしつつ拳を交える二人。激しい攻防に皆手に汗を握る。
その隙に固まって動けなかった娘を兄である息子が手を引いて避難させようとした。
「!私の番に触るなあっ!!」
何を思ったか男は急に標的を息子に代え、飛びかかる。
しかし息子は焦らず落ち着き、男の顔にスプレーを吹きかけた。
なんのスプレーなのか知らないが、男は顔を抑えて倒れ悶絶した。
その隙に妻と共に男に駆け寄り、ガムテープで男の両脚を一つにしてグルグル巻きにし、ついでに妹と3人がかりで格闘しながら男の両手の甲を合わせて親指の付け根を紐で結んだ。
「オレの子供達と妹に何すんですか!
そもそもここはオレの家ですよ!?アンタなんなんですか!今警察呼びますからね!
光子っ!応援呼んでくれ!」
「今呼んでる。」
妹が携帯を押して同僚を呼び出そうとした時だった。
「なにこのケモ耳!二十歳過ぎの男には痛すぎて似合わないわよ!」
「イデデデデデッ!!」
ふと見れば妻が男の頭についている三角の黒いケモ耳を捻って取ろうとしていた。
しかし、ケモ耳は外れない。
……………………………………………………。
意を決して男の顔の横の髪を手で上げてみた……。
本来ある場所に耳は無かった。
「待て、私は怪しい者ではない!
ゴート帝国領猫人次期族長レオナルトと申す!
今一度戒めを解き、ぜひ話を聞いてほしい。」
「若っ!?そこな下賤の者、若を離せ!」
男が苦し紛れの口上を述べると同時に物置から新たに不審者達が。
見ればその男達の頭にも獣の耳………。
「なんじゃこりゃぁぁぁぁああっ!!??」
………夕方に引越しの挨拶に行ったら、ご近所さまから「近所迷惑だ」と怒られた。正直すまんかった。
* * * * * *
新たに現れた不審者達(全員男・ケモ耳有り)はゴート帝国の猫人族と名乗った。
話によるとレオナルト青年の部下であり守役であるという。
──── フサッ(° _° *) フサッ(* °_ °)
なんでも、彼らの世界で獣人と呼ばれる種族には、『運命の番』という唯一無二の伴侶がいるらしい。
レオナルト次期族長(花の20歳)は長い間その『運命の番』とやらを探していたのだが、見つからなかったらしい。
思い余った彼らは古より伝えられた秘術を用い、異世界より番を召喚しようとしたのだと。
ところが現れたのは枠付きの引き戸だった。
気を取り直して開けたところ、この家の庭に繋がっていたという。
「そして、この運命の地でようやく私は番を見つけたのです!」
そして冒頭の台詞に至る…………。
──── フサッ(° _° *) フサッ(* °_ °)
感極まったように熱弁しているが、いまいち決まらない。
先程から伸縮ファイバーハタキを構えた息子が、ハタキを左右に動かしている。それに釣られて不審者達の顔が左右に動いているからだ。
因みに娘はあの後泣き出し、『大好きなミッちゃんをイジメたオジちゃん』を毛嫌いし、光子に抱きついて離れず、息子の後ろにある別室に二人で待機している。
「つまり、あなたは幼女趣味であると…?」
思わずオレは、ものすごく蔑んだ目でレオナルト青年を見てしまった。
──── フサッ(° _° *) フサッ(* °_ °)
「ちっがあぁぁぁうっ!なんでそんな荒んだ発想になるんだ!
コレは種族上での習性でっ、神聖で純粋な愛情なんだあぁぁぁぁぁあ!」
「いえ、われわれ大人達は子供の健やかな心身を守るというのが、この世界の常識ですので……。」
涙目のレオナルトにオレは冷静に切り返す。
「若はお嬢さんが幼女だから番と認めた訳ではないんです!
たまたま出会えた若の番が、幼女だっただけなんですっ!」
「誤解です!若は真剣にお嬢さんとの結婚を望んでるんです!
例えお嬢さんが成長してもしわくちゃの老婆になっても、若は愛し続けますよねっ!?」
「勿論だっ!猫人族に二言はない!」
──── フサッ(° _° *) フサッ(* °_ °)
「キモッ……」
力説する青年達の言葉に妻が思わず本音を漏らす。
ソレには大いに同意するが、この色んな意味でアブナい青少年を刺激するようなマネはやめて欲しい。
いくら腕に覚えのある大人3人であったとしても、幼い子供2人を庇いながらこの人間離れした身体能力を持つ青年4人を相手にするのは難しいのだ。
幸い彼等は直接的な意味が分からないようだったが、間接的に否定的な意志は嗅ぎとれたようだ。
「しかし種族が違うなら、子は残せないでしょう?無理があるのでは?」
「問題ありませんっ。我が世界にも人族は存在しますが、ちゃんと交尾の末子をもうけ、子孫を残しております。
むしろ今からでも花嫁修業や文化に馴染むためにも、我が国に来ていただきたいっ。」
「3歳児を親元から離す訳ないでしょう!非常識すぎるわっ!」
「悪いけど、帰ってくれない?」
なお言い募ろうとする青年たちを諭すように平坦な声で息子はつぶやくと、ハタキを下上に振った。
──── フサフサ コックン (° _° *) (。_ 。 ) (° _° *)
「ありがとう。」
『──── しまったぁぁぁぁぁあ!?』
「全員同意しましたね。」
「今のは事故です!不幸な事故なんです!!」
「あら?猫人族に二言はないんでしょう?」
「コレとソレとは話が違うっ!」
「同じ事です。もしかして、もう来れないんですか?」
即座にたたみかけるオレと妻。慌てて待ったをかける青年達。
期待半分探りを入れたが、また来れるように魔術を固定したらしい。魔力の関係や色々あるが、今帰れば1週間後にまた扉が繋がるらしい。
チッ、繋がらなくてもいいのに……。
なおヒートアップする青年達を牽制するように、オレはテーブルを手のひらで強く打った。
「ともかく、こちらは引っ越しの最中で荷解きの途中だったんです。
忙しいので、お帰り下さい。
それに此方と其方では世界が違います。其方の世界にどんなに似たような種族がいたとしても、全てが同じとは限りません。
現に此方の世界には、あなた達のような種族はいませんからね。
此方の世界で実際あった事ですが、海で隔てた大陸同士の民族が初めて出会った際、互いの大陸に未知の病原菌を持ち込むことになり、幾つか文明を滅ぼすような結果に陥った事もありました。
お互いのためにも、一度お帰りを。」
『国を滅ぼすほど威力を持つ未知の病原菌』と聞いて流石に彼等は黙った。
次に来るときは風呂に入り清潔な服装で来ること。此方も殺菌消毒の道具を揃えるので、此方の流儀に従い衛生管理に協力すること。二週間は他人との接触を制限して様子を見ること等々を約束させた。
話し合いはそれからという事にして、彼等は帰路につく事になったのだが、レオナルトは未練タラタラに娘の居る部屋から目を離さない……。
そこに光子がピザと娘のぬいぐるみを持ってやってきた。
「話し合いは終わったぁ?」
「ああ、これからお帰りだ。」
「じゃあコレはお土産。次来た時返してくれる?
愛ちゃんのお気に入りなの。」
レオナルトは奪うようにウサギのぬいぐるみを受けとると人目を憚らず、ふんすふんすと匂いを嗅ぐ…………。
どうしよう………ホントにキモい………………(((((゜゜;)
「若っ、若っ!帰りますよ!」
「お邪魔いたしました。
また2週間後にお会いしましょう。」
「取り敢えず、お互い何事も無いことを祈りましょう。
何らかの症状が出なくても、たまたまそうだっただけ、という事もあるんですから、慎重にいきましょう。」
そう挨拶を交わすと、側近たちはレオナルトを引き摺って物置小屋の扉の向こうに消えていった。
彼等が出ていった後、オレ達は急いで表の道路に停めてある黒のバンに乗り込んだ。
「おいっ録れてるか?」
「今ととか……あぁ、だんだん掠れてきたな。」
「せっかくの引っ越しに災難だったな。
コレ、どう上に説明する?映像はあるんだろ?」
盗聴機片手に同僚達が頭を抱える。
「どうもこうも、正直に言うしかないだろう……。
先に防犯カメラ付けといて良かったよ……どれだけ録れた?」
「今消えた。これから小さくなっていった声を起こすから、先に家に行って事情聴取しててくれ。
オレは後から行く。」
オレと妻が近所に挨拶にいってる間に、光子が子供達を買い物ついでに風呂屋へ連れていき、まだ片付かぬリビングで俺が同僚の武内と平野に事情聴取されている間、子供たちを妻が寝かしつけた。
一息着いた頃、ようやく作業が終わったと海野から連絡が来た。
「しかし熱烈な求婚者だったな……。
どうすんの?愛ちゃん、成人したら嫁にやんの?」
「アハハハ。結構一途そうだったよね~。アレなら浮気しないんじゃない?」
「人の心は変わるけど、『番』って一生モンなんだって?
17歳差かぁー……成人までいろいろ大変そう……。」
「お前ら、他人事だと思って……。」
ビール片手にすきかって言う同僚と妹を睨むが、3人はどこ吹く風。
しかし一人仕事を終えてきた海野は、無言で再生機器を差し出した。
「………どうした?暗い顔して?」
「いいから。」
「?」
「いいから黙って、とにかく聞け……。」
俺はそのまま再生ボタンを押した。
『いやぁ~~ん、かわい過ぎるぅぅぅ~~!
もう見たっ?見たっ?プクプクのちっちゃい手でぎゅうぅぅぅって!
涙で目をウルウルさせてっ!
もうウチの嫁たべちゃいたいっ!』
野太い漢の悶える声に、思わずみんなドン引きする。
『てっきり召還陣に現れると思ってましたから、ビックリしました。
しかしこれなら他の者達も利用できそうです。』
─────── 他の者達も利用?
『次ぎは絶対連れて帰るんだぁ~。
いつも一緒にいて、スリスリペロペロして抱っこして過ごすんだぁ-♪』
『まだ幼児で助かりましたね。
今ならほんの少しの洗脳で家族や故郷のこと等忘れさせられます。』
─────── せ ん の う ?
『そうだよね!今から従順になるよう調教すれば、俺好みのエロい番になって、近い将来【自主規制】や【自主規制】どころか【自主規制】もしてくれるようになるかも!』
─────── ち ょ う き ょ う !?
『若、夢を見るのもいいですが、他の者も利用するという事を忘れてはいけません。
若のように未だ番に会えぬ者もいるのです。
この扉の向こう側の世界を探索し、彼らの番を探し出せるように侵略の計画をたてないと……。』
─────── し ん り ゃ く !!??
『まずはしばらくは様子を見て、向こう側の隙を伺おう。
先程私の攻撃を受け止めたメスは人としてはソコソコだったが、それほど驚異は感じなかったな。
それよりも番の兄の方が厄介だが、ヤツもまだまだ子供。隙をみて始末しよう。
まずは向こう側の文明を探りつつ、友好を装い機を狙おう。』
『久々の狩りですか……腕がなりますな。』
その他にも色々言ってたが、だんだん声は小さくなり聞こえなくなった。
「………………敵の思惑は我々の想像をはるかに越えていたな。」
「洗脳だと?ふざけるなっ。」
「ちょうきょうって、調教って、何よっ!?」
「どこら辺りが『神聖で純粋な愛情』なんだ?」
「…………トシちゃん…………あたし、あんなヤツに『お母さん』なんて呼ばれたくない。」
「オレもだよ……。」
オレ達は顔を上げ、目を会わすと一斉に「うん」と頷いた。
─────── みんなの心が一つになった。
この後、ご近所さん·両親の家族·職場を巻き込んだ一大プロジェクトが発動される。