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死気を喰らう  作者: 柴咲遥
6/7

失うことの怖さ

東京駅の新幹線ホームで七海を見送った僕は、七海を死気から取り戻した嬉しさと寂しさが入り混じって、しばらくホームに立ち尽くしていた。

時計を見ると左手の小指には赤いリングが1本残されていた。

「これで3度…やっと終わった…」

僕は、死気を纏った女性を七海を入れて、3度救ったことになる…これで良かったのか?その答えを求めて、僕の足は自然とあの老婆のような少女に出逢った大手町へと向かっていた。

「確か…この辺だったよな…」

僕は半信半疑で大手町のビルの隙間を覗き込んだ。

「あっ…」

「君…使ったんだね…3度目を」

僕の顔を見るなり、老婆のような少女はそう言って微笑んだ。

「はい…確かに3度」

そう言って僕は左手の小指を突き出した。

老婆は以前逢った時よりいっそう肌艶が良くなって若返っているように見えた。

「心配しなくていいよ…言っただろ、これで死気が消えた人間は、また新しい幸せが舞い込むチャンスに恵まれるって」

「僕はこれから?どうすれば…」

「その赤いリングと共にこれからも生きていくのさ、赤いリングは君が3度死気から救った、その証さ…」

「証…」

「覚えてるだろ?たとえ愛する人に死気が憑いても使っちゃいけないんだ、もし4度目を使ったら君が消えちゃうんだからね」

「…わかってます…」

「じゃあね…」

「あのぉ…なんか…いろいろありがとうございました」

「礼を言われたのなんて君が初めてだよ」

そう言って老婆のような少女は、優しい眼差しで僕を見て微笑んだ。


僕はいつものように自転車で家を出て、駅前のスターバックスに向かっていた。

あれから死気を感じることもなくなって、バリスタの仕事もどんどん楽しくなっていった。

「陸くん、来月のチョークアートもよろしくね!」

「はい!任せてください!」

店長の山本さんにも少しづつ認められていくのも嬉しくて、ただ振り返るとそこにいるはずの上原さんの笑顔はなかった。

「あのぉ…店長」

「ん?どうしたの?」

「上原さん…いつまで休むんですか?なにか聞いてないですか?」

「…うん、実はね、陸くんが突然出て行った日…あったでしょ」

「…はい」

「光ちゃん…あの後バックヤードで倒れたのよ」

「え?倒れたって?」

「その時、本人は貧血だから大丈夫って…でも」

「でも?どうしたんですか!大丈夫なんですよね?上原さん…」

「陸くんには絶対に言わないでって…口止めされていたんだけどね、光ちゃん陸くんにだけは心配かけたくないって…」

「そんなことを…店長、教えてください!上原さんどうしたんですか?今どこにいるんですか?」

「彼女ね…病気みたいなの」

「病気って?なんの?」

「詳しくは聞いてないんだけどね…癌、胃癌…みたいなの」

山本さんはそう言って持っていたハンカチで涙を拭いた。

「胃…癌って、まだ僕たち…あんなに元気だったのに…」

「この前、光ちゃんのお母様がお店に来てね…ステージⅣだって…まだ若いから進行も早くてって…もうお店に立つことは難しいかも知れないって」

「ステージⅣ…」

「陸くん…次の休み行ってあげて…光ちゃんのところへ、彼女…ああ言ってたけどきっと待ってると思う…陸くんが来るの…陸くんに逢いたいはず」

そう言った後、山本さんの鼻は真っ赤で…またハンカチで涙を拭いた。


「ステージⅣ…の胃がん…スキルス…?女性や若い方にみられることも少なくない…」

僕は休憩中にネットで検索していると上原さんからLINEが届いた。

「陸くん、店長から聞いたんでしょう?あれだけ陸くんには言わないでって頼んだのに!でも仕方ないか。ちゃんとお別れ言えなくてごめんね。スターバックスのバイト誘ったのも私なのにね…でも陸くんもう1人でも大丈夫!お店の立派な戦力だよ!ブラックエプロンだってやる気になればきっと合格すると思う!今までありがとう」

まるで遺書みたいなLINEを読んでいて、涙が溢れ出して僕は返信を送る。

「会いたいです。このまま、このままもう会えなくて別れるなんてイヤだ!」

「わかった‥じゃあ…バイト終わった頃、お店行くね」

「待ってるから!絶対だから!」


「ありがとうございました〜またお待ちしています!」

最後のお客さんが帰って行くのを見届けて僕は大きく深呼吸をした。

「店長…無理言ってすみません…」

「いいのよ…私も光ちゃんから言われてた、陸くんには絶対言わないで!って約束…破っちゃったしね、私…出てるから何かあったら電話して」

「ありがとうございます」

お客さんが帰った薄暗い店内で…1番奥の席だけ明かりが灯されて彼女を待っていた。

「陸くん…」

僕が振り返ると薄暗い店内に、これからパーティにでも行くかの様な、黒のカシュクールワンピースに身を包んだ上原さんが立っていた。

「あっ…」

僕は上原さんの姿に見惚れてしばらく声が出なかった。

「ちょっとオシャレしてきちゃった…ここではいつもはパンツだったから」

そう言ってくるりと回ってみせた。

「うわぁーー懐かしいな〜この匂い!なんだか何年も来てなかった感じ…まだそんなに経ってないのにね…陸くん、ただいま…」

そう言って微笑んだ上原さんの笑顔はとてもステキで…とても癌に侵されてる病人には見えなかった。

「おかえり…大丈夫…なの?」

私は大丈夫だよ〜陸くん心配し過ぎ!そんなに心配してるってことは?もしかして私に惚れてんな〜そんないつも言ってた冗談半分の返答を期待していた。

「うん…知ってる?スキルスって…ギリシャ語で「硬い腫瘍」を意味するskirrhosが由来なんだって…なんで私、こんな病気になっちゃったんだろ?ねぇ…陸くん?私…何か罰受けるようなことしたのかな?私…わたし…もう長く生きられないみたい…どうしよう…」

そう言って俯いた上原さんの肩が小刻みに震えていた。

僕の期待していた返答は呆気なく裏切られ、彼女が直面している死が現実なんだと…もしかしたらこれが上原さんとの最後の会話になるんじゃないかと、うろたえる自分がいた。

「だから…今日は、陸くんにちゃんとお別れしなきゃと思って来たんだ〜」

「お別れ…」

「ちょっと座っていい?」

「あっ…ごめん何か飲む?山本さん好きなの作っていいって」

「じゃあ…スターバックスラテのミルク多めでお願いします!」

「かしこまりました!」

そう言ってふたりは笑った。

上原さんは僕の作ったラテを大事そうに両手で包み込むように抱えて、ゆっくりと口へ運んでいった。

「うん…とっても美味しい」

そう言って少し寂しそうな微笑みを浮かべた。

「陸くん…私、高校の時から陸くんが好きだった…惚れていたのは私の方…だから…ここで陸くんにまた出逢った時…私、嬉しくて、一緒に働けたらどんなに幸せだろうって」

「それで…誘ってくれたんだね」

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