中編
一か月後。私は以前のコーデリアとは違い、清く正しく慎ましく生きてきた。
ステラとの仲は今や羞恥の――じゃなかった、周知の事実。
「コーデリア様とステラさんよ」
「まるで姉妹のように仲良しね」
「気付いている? 最近のコーデリア様は雰囲気が柔らかくなったわ」
「恋は人を変えるのね」
「ステラさんのおかげでしょうね」
最初は物珍しそうに見ていた周囲の人々も、最近マジで微笑ましいものを見守る姿勢にシフトしつつある。
なんだろう、この学院。全員百合好き??
「コーデリア様。今日はお弁当を作ってきたんです。中庭で食べませんか?」
「いいわね、行きましょう」
中庭の四阿に出て、ランチボックスを開く。
中身は色とりどりのサンドイッチ。
チキンサンドに野菜サンドにローストビーフサンド。
乙女ゲーヒロインであるステラは、可愛くて優しいだけじゃなくって料理上手だ。
私はチキンサンドを手に取った。
「……どうでしょう。お口に合いますか?」
「ええ、とってもおいしいわ。今まで食べた中で一番のサンドイッチかも」
「良かった! お世辞でも嬉しいですっ」
「お世辞じゃないわよ。本当においしいわ」
前世ではここまで手の込んだサンドイッチを食べる機会はなかったし。
こっちの世界の貴族は手掴みで食べる料理をあまり好まないからね。
今まで食べたサンドイッチの中では最高峰だと思う。嘘じゃない。
「おい」
そんな私たちに歩み寄ってくる人物がいた。この国の王太子アルファルドだ。
ちなみにアルファルドは乙女ゲーム『魔法学院のエトワール』の攻略対象キャラ。金髪碧眼の俺様王子様で一番人気。
ハミルトン公爵家とは縁が深く、親同士が口約束で婚約しようと話している。
しかし気高くプライドが高いアルファルドは、怠惰で傲慢なコーデリアを嫌っている。
ゲームではステラに惚れて求婚する。未来の王妃をいじめたコーデリアは処刑or国外追放になる――という筋書きだ。
アルファルドは他の攻略キャラたちを引き連れていた。
軍務卿の息子のユミルに、辺境伯の息子のヴィル、騎士団長の息子のマルク。
錚々たるエリートイケメンたちだ。
「コーデリア、お前は何を企んでいるんだ?」
「な、なんのことですの?」
「とぼけるな。傲慢で怠惰、庶民を見下すお前が、なぜステラを可愛がっている?
聞くところによるとステラに愛の告白をしたようだが――何が目的だ?」
「も、目的なんてありませんわ! 私はただ、ステラに正直な気持ちを打ち明けただけですもの!」
「コーデリア様……」
ステラがうっとりした目で私を見つめる。ううぅ、ごめん……。
「私はステラとの交際を始めたことで、今までの自分を反省しましたの。これまでの私は皆様に失礼な態度を取っていましたわ。謝罪いたします。けれどステラと交際していることに、何か企てがあると思われるのは心外です。彼女は私を変えてくれたのですわ。尊い存在ですわ」
よくもまあ、こうもペラペラと口が回るものだ。自分でも感心する。
でもここで選択肢を間違えると、私は破滅ルート直行だ!
だってアルファルドたちは、ゲームではステラの為に私を破滅に追いやった。
それぐらいステラに傾倒しかねない人々だ。
ステラを自分本位な理由で弄んだことが知られたら、即破滅を意味する!
ここは全力で嘘を吐きとおさなくては!!
「……」
「……」
私とアルファルドは睨み合う。かなーり怖いけど、先に目を逸らしたら負けだ。
……なんで一国の王太子と公爵令嬢が、こんな野生動物みたいな勝負をしているんだろう……。考えたら負けだ。
「……ふっ。恋は人を変えるというのは本当のようだな」
「えっ?」
「この一ヶ月間、俺たちはお前の行動を見張ってきた。もしも良からぬ思いでステラを利用しているのなら誅してやらねばならん、とな。しかし俺たちの杞憂に終わったようだ」
「そうですねアルファルド様。コーデリア様とステラさんは真剣に愛し合っているようです」
「見てくださいよ、アルファルド様。コーデリアがアルファルド様と睨み合っている間、ステラはずっとコーデリアの手を握っていましたよ。お前たちも見たか、ヴィル、マルク?」
「ええ、当たり前です」
「お互いを思いやる姿、尊い……」
え、え、何これ? この流れは何なの??
「最初は監視のつもりだったが、いつしか俺たちの心にある共通の思いが生まれたのだ」
「寄り添い合う女性同士の関係は美しい。美しいものは守らなければならない」
「見守り第一、手出し厳禁」
「百合の間に挟まろうとする男は万死に値します」
「だがコーデリアとステラは本気で愛し合っているのだろうか? 万が一、偽装だとしたら俺たちの心が辛い。辛すぎる。だから確かめさせてもらった」
「クマを素手で仕留める殿下と睨み合っても、目を逸らさなかったコーデリアの思いは本物だ」
「私たちが心配する必要は、もうありません。どうぞ思う存分愛し合ってください。あ、邪魔しようとする者が現れれば、我々にご相談くださいね」
「この“魔法学院のBIG-4”と呼ばれる俺たちが成敗してやろう!!」
ええー……。
どうしよう。攻略キャラ全員が百合好きに目覚めてしまった。
これで完全にステラの乙女ゲーヒロインとしての人生は詰んだわけだけど……。
当のステラは目をキラキラ輝かせている。
「っ、ありがとうございます! 皆様にそう言っていただけて、心から嬉しいです!
至らない私ですが、コーデリア様と精一杯愛し合っていきます! どうか見守っていてくださいっ!」
推しカプの片割れから直々に見守っていいと宣言され、攻略キャラたちは大喜びするのだった……。
***
攻略キャラ全員が私×ステラの百合カプ推しになったことで、私の破滅フラグは回避できた――と思う。
でもそうなると、別の問題が浮上する。
ステラの乙女ゲーヒロインとしての未来を奪ってしまったことに対する罪悪感だ。
いや、一応原作にも誰とも結ばれないエンディングもあったけど。
この世界に生きる人々にとって、この世界は現実なわけだし。
リセットも周回プレイもありえない。
この世界のステラにとって、今ある世界が唯一無二の現実だ。
私はステラの人生に責任を取らないといけない。
イケメンエリートと結ばれなくても、ステラが幸せな人生を歩めるようにしないと……!
その為に必要な物はなんだろう?
お金、仕事、そして社会的地位。
この三つさえ揃えば、女性だけでも幸せに生きていける。
幸い魔法学院はエリート養成学校だ。
在学中の三年間にしっかり学び、いい就職先を見つけてあげよう。
「ステラ、そろそろ中間試験よ。図書館で勉強しましょう」
「はい、コーデリア様」
「……ところで、そのコーデリア様という呼び方と敬語は止めにしない?」
「えっ、でも――」
「ああ、人の目があるわね。じゃあ二人きりの時は止めにするってことにしない?」
「……よろしいのですか?」
「もちろんよ。いつまでも他人行儀じゃ寂しいもの」
「嬉しい……ありがとうございますっ!」
図書館で一緒に勉強するけど、平民でありながら魔法学院に入学したステラは頭が良い。
あとはこの調子を崩さずに、進路さえしっかり定めれば将来安泰だと思うけど……。
「ステラ、あなた将来何になりたいかという夢はある?」
「え? そうねえ、私は父の後を継いで魔道具職人になりたいわ」
「魔道具職人」
そういえばステラの親はそんな設定だったっけ。
魔法を人工的に再現する【魔道具】。魔法は王族や貴族の専売特許だったから、昔は嫌われていた。
でも生活を便利にするのは確かだから、近年は評価され始めている。
私はこの世界の歴史や文化をざっと学んだ。
魔道具はこれから伸びてくる市場だ。間違いなく需要は拡大していくと思う。
魔道具職人として地位を築けば、ステラは成功できるだろう。
「コーデリアは?」
「恥ずかしい話だけど、今までちゃんと考えてこなかったわ。でも今決まった。
私も魔道具を研究するわ!」
「えぇっ!?」
司書がステラを睨む。ステラは両手で口を覆った。
「そんなに簡単に決めていいの……?」
「いいのよ。魔道具は絶対これからニーズが拡大する筈だもの。学院で学んだ知識や技術を魔道具に用いれば、絶対有名になるわ。はっきり言って、今の時代はまだまだ女性が殿方との結婚に頼らず生きていくのは難しいわ。でもお金と仕事と地位。この三つが揃えば不可能ではなくなる。逆に言うと、その三つを手に入れないといけないのよ」
「コーデリア……」
「実家は弟が継ぐことになっているから、頑張らないと。私は嫌われ者だからろくな嫁ぎ先もないでしょうし」
「そんなことないと思うけど」
「慰めはいいの。身から出た錆だと諦めているわ」
「私は貴女の素敵なところしか知らないけどね」
ステラが手の甲に掌を重ねてきた。
思わずドキっとする。……ちょっと待て、ドキってなんだ。なんでドキドキしているんだ。
西日が差し込む図書館。幸せそうな微笑みを浮かべたステラ。重なる手と手。
「ゴホンッ」
司書の咳払いに現実へと引き戻される。
私たちは顔を見合わせる。ステラは照れ笑いのような顔を作ると、勉強に戻った。
ちなみに後日行われたテストでは、私もステラも上位5以内に入っていた。
***
「最近はいつもステラにお弁当を作ってもらっているでしょう。明日は私が作ってくるわ」
「え、いいの?」
「もちろん。楽しみにしていなさい」
……そんな軽い約束をしてしまったことを、激しく後悔していた。
寮にはシェフが使う厨房の他に、生徒が使える簡易厨房もある。
朝六時。本日のお弁当は黒焦げの消し炭になっていた。
違うの。私はメシマズじゃない。
前世はそれなりに料理できてたもん。
コーデリアだってお菓子作りは得意だったもん。
でも……この世界、火を使う料理はカマドだから。
前世の私はコンロでしか料理したことがない。
コーデリアのお菓子作りは、オーブンに入れてからは使用人に任せていた。
「なんでコンロとかないのよ、この世界は……」
魔道具なんて便利なアイテムがある癖に。
……この世界の貴族は、使用人をいっぱい雇って労働させるのがステータスだから、なんだろうな。
だからコンロはない。コンロがない以上、火加減の調整が難しい。
――待って。それなら逆にチャンスかもしれない!
「……というわけで、魔力コンロを作ろうと思うの。どう思う、ステラ?」
「コンロ?」
「ええ、コンロっていうのはね――」
その日のランチは学食にしてもらった。もちろん私の奢りで。
放課後、中庭の四阿でコンロのビジョンを伝える。
「お風呂でお湯を沸かす為の【魔力加熱器】があるでしょう。あれを料理用に転用するの。イメージとしてはこんな感じ」
いくら使用人を雇うのがステータスの貴族でも、毎日お湯を沸かすのは大変な労力だ。
というわけで、お風呂には魔道具の【魔力加熱器】が使われている。
【魔石】を燃料に作動する魔道具だ。
それだって普及したのはここ十年ぐらいの話だし、一部の貴族や富裕層の間でしか使われていない。
それを小型化して料理用に転用する。
イメージとしてはコンロというよりIHヒーターに近いかも。
図に描いて説明すると、ステラは瞳を輝かせた。
「すごいわ、コーデリア! これが実現できれば画期的な発明になるよ!」
「私たちで開発して発表し、特許を取りましょう。卒業まで待っていてはダメよ。二年も経てばきっと同じような着想を得る人が出てくる」
「うん、私もそう思う。父が魔道具職人だったから、なんとなく分かるの」
「だから在学中、できれば今年中には開発して発表しておきたいの。もうすぐ夏季休暇でしょう。ステラ、私と一緒にハミルトンの屋敷で研究しましょう!」
「ええっ!? そんな、私なんかがコーデリアのお屋敷にお邪魔して良いの……?」
「当たり前でしょう。あなたの頭脳と、魔道具職人の娘としての意見をぶつけてほしいの!私一人では短期間で開発・発表はきっと無理だわ。でも二人なら、できるかもしれない」
「二人なら……うん、分かった。ぜひ協力させて!」
「決まりね!」
こうして私たちは、夏休みにハミルトンの屋敷で過ごすことになった。
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