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前編



その少女を見た瞬間、私の中で歯車が噛み合った。


「コーデリア様! 言付けの通り、一年A組のステラ=オークウッドをお連れしました!」


私はコーデリア=ハミルトン。

アドアストラ王国の内務卿を務める、ハミルトン公爵の令嬢である。


……うん、ちょっと待って。

確かに今の私はコーデリアだ。昨日までの記憶もあるから間違いない。

でも取り巻きの少女たちが連れてきた女の子――ステラを見た途端、私の中で前世の記憶が蘇った。


私の前世は、日本の高校に通う十七歳の学生だった。

趣味は、アニメやゲーム。

特に学園を舞台にした恋愛ゲームや日常アニメが大好きだった。


だからコーデリア=ハミルトンと、ステラ=オークウッドという名前にすぐピンと来た。

どっちも乙女ゲーム『魔法学院のエトワール』に登場するキャラの名前だ!

しかもステラは主人公、コーデリアは悪役令嬢。

つまり私は、よりによって悪役令嬢に転生してしまったのだ!


ど、ど、どうしよう!? これ絶対にまずいよね!?


コーデリアは全ルートでステラを苛め抜いて、最終的に破滅する悪役だ。

よりによって、そんなキャラに転生するなんて……。

取り巻きの令嬢たちがキャンキャン吠える。


「どうなさいましたのコーデリア様? 何がまずいんですの?」

「ここへ来るまでは誰にも見られていませんから、ご安心くださいまし!」

「この子ったら平民の分際で、我がアドアストラ王国の第一王子や、宰相のご子息や、軍務卿のご子息に色目を使っている不届き者ですものね! 入学してたった一週間で、とんだ雌猫ですわ! コーデリア様の目に余るのも当然ですわ!」


違う、違うの。いや、違わない。どっちだよって感じだけど、今は違うの!

さっきまでのコーデリアは、ステラを締めてやろうと思ってたよ?

でも今はそんな気持ちは微塵もないよ!


どうしようどうしようどうしよう!?

コーデリアって確か爵位剥奪の国外追放エンドとか、死亡エンドとか、後日談では物乞いしてる姿を見たとか、花街で似たような女を見たとか、

とにかく悲惨な結末しか用意されていなかったよね!?


ていうか、これはアレだよね? 『まほエト』のプロローグ、最初にコーデリアにイジメられるシーンだ!


子供の頃から前世の記憶があれば、能力開発とか、性格矯正とか、人間関係改善に乗り出せたかもしれない。

だけど私が記憶を取り戻したのは、つい五分前。

コーデリアはもう、性格最悪のワガママ令嬢として悪名を轟かせている。

もちろん攻略対象からは嫌われまくっている。


頭を抱える私を見て、ステラが小首を傾げる。

ふわふわ茶髪のセミロング。花をあしらった髪飾り。青い瞳は大きく、鼻も口も小振りでありながら整っている。

まるで絵本の中から出てきた天使のような美少女だ。


一方で私は、黒髪ロングストレートに切れ長の赤い瞳。

美形ではあるけれど、いかにも悪役といった風貌だ。


「あの……コーデリア様。コーデリア様が私にご用件があると伺いました。私に何のご用でしょうか?」

「ひぇあっ!?」

「何って決まってるでしょうが! 本当におバカさんですこと! ねえコーデリア様!?」

「コーデリア様がお優しいからって調子に乗るんじゃないですわ!」


やーめーてー!!

私の名前でステラをいじめないでよ!?

これ以上ひどいことしたら、破滅ルート確定でしょ!?

攻略対象キャラほぼ全員に嫌われている以上、ステラにまで嫌われたら最悪だ!!

破滅が不可避になっちゃう!!


「少しは頭を冷やしなさい!!」


取り巻きの一人が水の入ったバケツに手をかける。このシーンはよく覚えている。

コーデリアの取り巻きに水をかけられるステラ。

水をかけられたステラがびしょ濡れになって寮へ帰る途中、第一王子のアルファルドに見つかってフラグが立つパターンだ!

この場合のフラグとは王子×ステラのフラグと、コーデリアの死亡フラグという意味だ!

ダメだ、絶対に阻止しなきゃ!!


「きゃっ!!」

「ダメーーーッ!!」


思うよりも早く、私の体は動いていた。

バケツの水は、ステラの前に立ちはだかった私が全身で受け止める。

おかげでステラは濡れずに済んだけど、私はびしょ濡れだ。


「コ、コーデリア様!? どうして――」

「イジメだなんて最低ですわ! コーデリア=ハミルトンの名にかけて許しませんことよ!!」

「で、では何の為に、こんな人気のない場所にステラを呼び出したのですか! ステラがアルファルド様や他の殿方に色目を使うのにご立腹だったのは、

コーデリア様ではありませんか!」

「そっ、それは――」


令嬢たちが一斉に私に迫る。

こ、怖い……さっきは勢いで叫んだけど、本来の私は小心者だ。

何か上手い言い訳を考えて、この場を切り抜けないと! 脳みそをフル回転させる。


「あっ、愛の告白をする為ですわ!!!!!!!」

「……………………はい?」

「私はステラに一目惚れしましたの! そのステラが殿方に奪われるのが悔しくて腹を立てていたのですわ! 皆様に呼び出してもらったのは、ステラに愛の告白をする為ですわ!!!」

「えぇ……コーデリア様ってそういう趣味でしたの……?」

「存じ上げておりませんでしたわ……」


あああ、何を口走ってるの!?

でも、こうなったら開き直るしかない。

考えてみれば乙女ゲームでは、ヒロイン大好きで男キャラとフラグが立たない女キャラは、割と安全圏にいる。

少なくとも破滅することはない。

ステラをいじめて破滅ルートに入らない為にも、百合キャラになろう、そうしよう。


「ステラ=オークウッドさん!」

「は、はいっ!?」

「一目見た時から、貴女が好きだったのですわ! 私とお付き合いしてくださいまし!」


差し出した右手と私の顔を見比べて、ステラは柔らかな笑みを浮かべた。

桜色の形の良い唇が開く。彼女の答えは――。


「……はい、喜んで!」

「え……い、いいの? 本当に!?」

「はいっ! こんなに真正面に心をぶつけられたのは初めてです。思わず感動してしまいました! それにコーデリア様って、とても美人で素敵な女性ですもの……わ、私でよろしければ、ぜひお願いしますっ!」


えぇー!?

ちょっと待って、乙女ゲーヒロイン!?

いや、私はいいんだけど。だってステラにさえ嫌われなければ、コーデリアは安全だから。

でもステラはそれでいいの……?

私と付き合うということは、攻略キャラとのフラグを全部捨てることになるんだけど……?


「告白成功おめでとうございます、コーデリア様!」

「コーデリア様のお気持ちを知らず、ステラさんに吐いた数々の暴言をお許しくださいまし!」

「え、あ、いや、私が許すことじゃなくって、ステラ……」

「気にしておりません! だって、それ以上に素晴らしいことがあったんですもの!」

「あら、心の広い子ね。コーデリア様のお相手に相応しいわ」

「うふふふ、わたくしたち全力でお二人の関係を応援させていただきますわよ」


もう完全に逃げ場はない。

とにかく私はこの世界で、百合令嬢として生きるしかない。

こうなったら仕方がない。

生きる為に、破滅を回避する為に、コーデリア=ハミルトンの偽装百合ライフが始まった。



***



告白から一週間が経った。

私たちが通う魔法学院は全寮制だ。


「おはようございます、コーデリア様!」

「お、おはようステラ。今日も元気そうね」

「はいっ! 朝からコーデリア様のお顔を拝見できましたもの!」

「そ、そう。あの、前も言ったけど、毎朝部屋の前まで迎えにこなくていいのよ?」

「えっ!? もしかしてご迷惑でしたか……?」

「いや、全然迷惑とかじゃなくって! ただほら、朝は忙しいから何かと大変でしょう? あなたの負担じゃないかと思ったの!」

「私はまったく平気ですっ。心配ご無用です!」

「そ、そう……」


朝はステラと一緒に登校する。

午前中の授業が終わると一緒に食堂でランチ。

ビュッフェ形式なので好きな物を食べられる分だけ取り分ける。


「コーデリア様はフレンチトーストがお好きなんですね」

「ええ、よく見ているわね」

「はい! 毎日見ていますから!」

「そ、そう。そういうステラは……焼きそばパンが好きなのね」

「はいっ!」


いやなんで欧風ファンタジー世界のゲームに焼きそばパンが登場するんだよって話なんだけど。

そこは日本のメーカーから出てるゲームだから、ね?


放課後は図書館で勉強する。

私は自分の部屋に一人でいると、かえって勉強が捗らないタイプだ。

図書館みたいな空間で勉強するのが好き。

ステラも一緒だ。と言っても今日のステラは勉強ではなく、本を熱心に読んでいる。


「何を読んでいるの?」

「っ、すみません。勉強に来たのに読書に夢中になってしまって……」

「勉強も大事だけど、読書で価値観や教養を深めていくのも大事なことよ」


今の私は、前世の私の人格と知識が前面に出ている。

しかしコーデリアとして積み重ねてきた知識や習慣も根付いている。

いうなれば融合した状態だ。

今の発言なんて、前世の私からは出てこない。

コーデリアと混ざり合っているから出た発言だ。


「で、何を読んでいるの?」

「ええっとぉ……『私たちの昼下がり』という恋愛小説なんですけど……」

「恋愛小説」

「全寮制の女学院で暮らす女性二人の恋愛物で……」

「女性同士の恋愛物」

「二人の情緒的な心のやり取りや、所々に挟まれる官能的でエロティックな描写が素晴らしくって……」

「なっ、ななな、なんてものを読んでいるの!? 没収よ、没収!!」

「あーん、まだ途中までなのにー!」


ていうか学院! 図書館にそんな本を置くな!!!

司書に文句を言う。だけど、


「そんなに過激な表現はありませんよ」


と、返されてしまった。

そんな筈はない。だってステラが官能的でエロティックだって……。

内容を確かめる為、私はその日、『私たちの昼下がり』を借りて寮に戻る。

部屋に戻って中身を読んでみる。


……うーん。

恋人同士が見つめ合うシーンとか、手が触れ合うシーンとか、初めて唇を重ねるシーンは確かに繊細で煽情的な描写がなされているけど……。

想像力豊かな人がドキドキするという感じで、直接的なエロシーンはない。

でも……。


「うわっ、女同士で抱擁すると、そんなに柔らかいの? いい匂いがするの? 唇が甘いの!? ふ、ふーん……」


いや、フィクションだから! 現実よりも誇張されてるし美化もされてるから!

でもあのステラなら、確かに柔らかそうだしいい匂いもしそうだ……って、何考えてるのよ!

その晩、私はなんとなく悶々と眠れない夜を過ごしたのだった。

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