別れ
回想シーンです。
今思えば、入学してから時間が経つにつれ茉弥はおかしくなっていた。表向きは、変わらず優しくて明るくて可愛くて……でも、何かを隠しているような、何かに苦しんでいるような、誰かに助けを求めているような……
*
僕が入社してから半年弱…
ある日、家から帰ってきて半開きの茉弥の部屋をのぞいた。窓から差し込む光を何かが黒く遮っていた。
その部屋に入りながら、ただいまと言い切れずに僕は立ち止まった。
そこにいたのは首をつった麻弥だった。
崩れる石像のように、僕はその場に倒れ込んだ。
……何だよ、これ
最初は何が何だか分からず頭はパニックだった。
だんだんと、人間として宙吊りの麻弥を見れるようになった。
一応医学研究者ので何をすればいいかは分かていた。すぐに茉弥を下ろした。もう、脈は無かった。でも少し温かかった……
僕は必死に名前を叫びながら心臓マッサージと人工呼吸をしながら救急車を呼ぼうとした。でも、それより確実に命を救える方法をとっさにひらめいた。
父の研究所には最先端の医療器具がそろっているし、僕の見ている限り父の腕はほかの医者より信用できる。急いで父に電話をかけた。
「至急! 窒息している茉弥の手当ての準備を!」
僕は茉弥を担いで家を駆け下りて、車に乗せて発進させた。
……お父さんのところに行くんだぞ…頼むから…頼むか…ら……
僕は吠えながら何かを追いかけるオオカミのようにクラクションを鳴らしながら車を突っ走らせた。信号や交差点なんて止まってられなかった。
……くっそっ、速く速く!……
母が死んだ時と同じ息苦しさと心臓の音が僕を駆り立てた。
オオカミのように車は道のあっちこっちにぶつけまくってぼこぼこになりながら走り、病院の玄関へ滑りながら停止した。
待ち構えていた父の部下たちが茉弥を担架に乗せて急いで走っていった。僕も、車を捨てて追いかけた。大きな手術室にたどり着いた。そこには父と数人の医者がスタンバイしていた。そして、父たちに囲まれて手術が始まった。
僕は少し肩の力が抜けてドッサっと床へ座り込んだ。安心したわけではない。
これまで何百人もの命を救ってきた父が手術するのだ。茉弥の死なんてあるもんかっ!
耳と目を閉じてずっとそう自分に言い聞かせた。でも、怖くて怖くて、たまらなかった。
息苦しさに加え、あの母の震えた手と、苦しんでいる顔がまた僕の首を絞めるように襲ってきた。
喘ぎながら、僕は自分の体を抑え込んだ……
……茉弥は死んだ……
それが分かってからの記憶はあいまい……
覚えていたくもないのにはっきりと脳裏に焼き付いてしまったのは、僕のあげたネックレスをつけて、その宝石と同じくらい青ざめた顔をした茉弥……
よかったらTwitterも来てください!