茉弥と茉弥
僕はいわゆる天才から生まれた。父は名医学研究所の、母は大手メーカーのロボット開発チームの、それぞれトップ。
それだけに2人とも忙したかった。そんな中でも僕を大切に育ててくれたのは母である。
普段、僕は雇われたお手伝いさんに世話されていたが、母が頼んでロボット工場に作ってもらったベッド付きの部屋に泊まることも多かった。僕が寝るときは母が隣でロボットの話をしてくれた。「空飛ぶロボット」とか、「人みたいなロボット」の話とか、今でも少し覚えている。僕は母の優しい声と頭を撫でてくれる温かな手が好きだった。
僕が6歳のとき母のお腹に赤ちゃんができた。母は妊婦で疲れる上に、仕事は忙しいみたいで、僕となかなか会えなくなった。
ある日の夜遅く、僕は父に病院へ連れて行かれた。薄暗い廊下に何時間も座っていた。すると突然、高い叫ぶような泣き声がした。急いでドアを開けてベッドへ向かう父を追いかけた。何人もの医者と看護婦たちに囲まれて、小さな小さな赤ちゃんが母の横で大きく手足を広げていた。1人の医者が「元気な女の子です。」と言った。
僕には兄弟ができた。妹ができたのだ。
不思議な、嬉しくてホッとする気持ちになって、母を見た。顔が涙なのか汗なのかでビチョビチョで、とても苦しそうだった。それでも母は息を切らしながら僕の頭を撫でた。母の手はいつもと違って冷たくて震えていた。「お母さん大丈夫?」僕がそう言ったのが聞こえたのか、周りの医者たちがドッと騒ぎ始めた。母にマスクみたいなのをはめたり、チューブみたいなのをつけたり…。
そんなのも意味がないのか、母の体の力が抜けていっている気がした。僕は母の手を思いっきり握った。
僕は何かを感じ取ったみたいで、息苦しくなって心臓がバクンバクンと打った。その音の中に母のかすれた小さな声が聴こえた。
「……その…子を…、頼んだよ……
*
妹の名前は茉弥。これは母から受け継いだ名前だった……。(つまり、母も妹も名前は同じ麻弥)
母が死んだ日から、あの震えた手と苦しむ顔が僕の頭の突き刺すかのように痛めつけた。眠ることはできず、泣いてばかりの毎日だった。6歳の子供に、母の死は辛すぎた。
そのうち僕は母の最後の言葉と妹について、6歳ながら自分なりに考えるようになった。
……僕は母が死んだからすっごくすっごく辛いつらい。この世界で1番…….
でも、茉弥には負けるかもしれない。だって、あんな優しい母に会えない。抱きしめてもらうこともできない。頭を撫でてもらうことも……。南は僕がずるいと思うだろう。
だから僕は決めた。自分にできることをしよう。自分が母のように妹の茉弥を支えて世話してあげようって。
そう決めたときから、僕は一生懸命に赤ちゃんを世話する勉強をした。妹のために雇われたお手伝いさんにおむつの変え方や、ミルクのあげ方、お風呂の入れ方、他にも妹が成長するにつれ色々。
茉弥はすくすくと育っていった。
「しょーにぃ、ありがと!」そう言ってもらえるのが、一番のやりがいだった。
*
ところで……
父が研究所のトップだけあって、うちは結構大きな豪邸で庭も広く、海岸沿いにそびえ立っている。
周りにはレンガの高い塀があるが、木に隠れて一か所だけ一人が通れるくらいの穴があった。そこを抜けると、少しひらけている。そこはちょっとした柵があるだけの崖で空と海がずーっと遠くまで見える。ちょうど家の西側で夕日がとてもきれいに見えた。
そこが僕と茉弥のお気に入りの場所だった。お手伝いさんの目をくらましてよく二人で台所から持ち出したお菓子をそこで食べたりしていた。
母の死という辛い出来事はあったけど、2人で遊んでいる日常が僕に幸せをくれたのだった。
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