ウォシュレット最強で放置していくやつらを絶対に許さないの会、発足
是非後書きまでお付き合いくださいませ。
彼、田中 和也は現在、未曾有の危機に陥っていた。
彼は様々な過程を経て、剣と魔法の世界などと言われるいわゆる異世界ものである、エレメントという世界に訪れていたのだが、その過程を語るには少々時間かかりすぎてしまうため、割愛させていただこう。
それはともかく、彼は本気で焦っていた。
というのも異世界に来て二日目にしてギルドと呼ばれるいかにもな施設を訪れていた和也だが、生まれてこの方感じたことがない程の腹痛と便意に襲われていたのである。
少々下世話な内容になってしまうが、彼はすこぶる尻が弱い。
出先でウォシュレットのついてないトイレしかないのであれば、泣く泣く家まで我慢する程度には尻が弱い。すぐ切れる。
キレやすいと言われる現代っ子よりも、そこら辺のナイフよりよっぽど切れる。
「(これは魔力とかいう目に見えない不思議な力が、俺の腸内環境に働きかけているのか……っ!? それとも神の悪戯なのか……っ!?)」
そんな魔力の無駄な働きかけなど誰も見たくはないし、ピンポイントで個人の腹を下すような神が居てたまるものか。
「お、御手洗いは、どちらでございましょうかでごわす……」
決壊寸前のダムを持ち前の精神力で堪え、恥を承知で隣を歩く女性に尋ねた。
「そこを右にいけばあるが大丈夫か? 死にそうな顔をしているが、私でも流石に心配だぞ」
赤く燃えるようなポニーテールと、抜群のプロポーションをした彼女、目付きは鋭いが恐ろしい程整った顔はまるで作られたような美しさである。
彼とはまだ出会ったばかりの彼女でも、この世の全てに絶望したような顔をした和也に対しては、流石に心配の声を上げた。
彼女の優しさか、『心配だぞ』の下りで和也の肩に触れる。
「はぅあ!!」
「ひぃ!」
「あ、あ、すいません……すぐに戻ります……!!」
この世界で五本の指に入るとも言われる圧倒的強者でもある彼女に、そのような声を出させる彼の顔が一体どれ程のものであったか。
それを文字にするには放送表現の限界を越えてしまうため、皆さんの想像にお任せしよう。
「(やっべえ、そう言えば、この人偉い人だったわ)」
その事実を思い出すと同時に、自身の背中に「い、急げよ!」と未だ狼狽える彼女の声を浴びながらも、桃源郷を目指し駆け出した。
かなり内股で駆けていく彼は、走っている様には見えないのに誰よりも早く移動する、という無駄な器用さを見せるが、その姿はGを彷彿とさせ、人間の生理的嫌悪を催させる。
「はぁい」と背後へ向けて生返事口にし右折すると、手前に位置する男子トイレっぽいマークの掲げられた方の入り口へ駆け込んだ。
「(グルゥエィト!丁度一つ個室は空いてらぁ!こればかりは神に感謝だぜぃ! ウォシュレットがないなんて泣き言は言ってられねぇ!)」
江戸っ子のような口調ではあるが別に気概が良いわけではない。
ただトイレを目指しているだけである。
個室の空き状況を確認、一番手前の個室まで韋駄天の如き速さ駆け込むと即座に扉と鍵を閉め、ズボンとパンツを降ろすまでの儀式。
その一連の流れに要した時間は驚くなかれ、僅か三秒間と正に神業。
どうでもいいところに降られた才能に己の可能性を見いだし、涙ながら用を足すと、彼はあることに気付いた。
便座が暖かいのだ。
それは前に使った人の残した温もりではない、もっと別の、機械的な温もりであった、
「ま、まさかこの温モリティは!?」
そう、そこにはなんと……、ウォシュレットが設置されていたのである。
「うぉおおお!!!異世界なのにウォシュレットついてんじゃねえか!異世界様々だなぁ、おいぃ!!家電は高級品って言ってたのに、流石はギルド様だな!」
「うるせえぞ小僧!黙ってトイレもできんのか!」
思わず感動を声に出してしまっていたらしい。
「(隣の個室が埋まっていたことを忘れてた……まさか異世界に来て壁ドンを食らってしまうとは……おっかねえ)」
そうは思いつつも悪いのは完全に自分だと理解していたので「すんません」と謝りを入れておく。
「ったく……落ち着いてトイレも出来んわ」
と独り隣で呟く顔も名前も知らない相手に、
「(とは言えトイレとは自分自身と対峙する、唯一無二の神聖な儀式の場であり、言わばサンクチュアリ。 これに関しては俺が無粋であったか……)」
そう再考し、「(邪魔して悪かったな……顔も知らないトイレの住人Aよ……)」と届かぬ謝罪を己の中で済ませた。
そして敬虔な信者が神に祈るが如く、ウォシュレットについた操作ボタンを押した。
ピッと音が静かな空間に鳴り響く。
それはまるでターゲットを狙い定めたように。
「(これよこれぇ!異世界の文明開化に感謝しかねぇぜ!)」
うぃいいんとノズルの伸びる駆動音が鳴り響く。
それはまるでこれから起きる悲劇を嘆くように。
「(ありがとう!ウォシュレットを伝えてくれた先人……っ!?)」
そして事件は起きた。
「ん、んほぉおおおおおおうう!!?」
ウォシュレットの水勢は最強のままにされていたのだ。
「うるせえっつってんだろ!なんなんだおめぇは!喧嘩売ってんのか!」
「すいません!すいません!もう声出さないんで本当に!どうか穏便にしてもらえないと色々と危ないんで!お願いします!」
ぶつぶつと怒りの呟きが聞こえたが「それもそうだな」と、どうやら理解を示してくれたようだ。
助かった、と一息つくと、「(水勢の確認を怠るなど、一流のウォシュラーとして名折れであった)」と一人後悔の念に駆られていた。
ーーそうウォシュレットとは、すべての人へ平等に分け隔てなく接し、時には人を癒しと潤いを与え、時には破壊と死を与える存在なのである。
今回は残念なことに後者であっただけのこと。
しかし、確認しなかったのは和也の落ち度とはいえ、水勢を最強のまま放置することはエチケットがなっていない。
古今東西、使ったものは元に戻すのがマナーである
見ず知らずの人間の犯行、いや蛮行に怒りを覚える和也。
田中家の家訓には必ず『ウォシュレット 最強放置 する無かれ』の俳句形式で取り入れよう、と他の人にとっては割りとどうでもいい決意を胸に刻みこんでいた。
『ーーこれを読んでいる人へ、次に使う人のお尻事情を少々思いやって頂ければと思います。 そんなもの預かり知らぬと言われてしまえばそれで終わりなのですが、そのあなたの顔の皮の厚さに比例してお尻の皮の厚さにもきっと自信があるのでしょう。
ですがそれは誰もが同じではありません、いつか必ず人を殺めます。 もしもあなたの後に愛する我が子がその餌食になってしまったと考えると……後悔しないうちに考え直して見てくださいーー』
「これでよし、と」
自分のリュックから取り出したノートにそう書き記すと、扉にテープで貼り付けた。
その後、全ては語るまい。
洗面台で手を洗うとトイレを後にする和也。
完全なとばっちり尻に食らってしまったが、赤髪の彼女のもとへ合流した彼は若干内股気味ではあったものの、それは晴れ晴れとした表情をしていたとか。
めでたし。
◇◆◇◆◇◆◇◆
和也が使ったその個室を次に使用した人のはなしーー。
『なんだ?この落書き。 何って書いてんだ? ったくいい大人がイタズラすんなよなー』
そう、和也は日本語が通じないことを忘れていたのだ。
そのため折角したためた心の叫びも、ただのイタズラとして処理されてしまった。
ピッ。うぃいいん。
「んほぉおおおお!! 最強で放置すんなよ!ちくしょう!」
和也も結局、その後最強のまま放置してしまったようだ。
書いた本人がそのままとはなんとも締まらない話である。
それがある意味彼らしい。
しかし、きちんと洗えたのだろうか。
真実は水に流され、闇の中へ消えていったとか。
まずはここまで読んでいただきありがとうございます。
この作品は、『俺だけ理不尽な異世界生活ですが、スキル『危機改戒』《ききかいかい》で面白おかしく生きていきます。』のスピンオフ回のようなものです。
この下にリンクを貼っていますのでそちらも併せて目を通していただければ嬉しいです。
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2019年、最後の日ではありますが、来年はガンガン更新していきますので、2020年、何卒よろしくお願い致します。
これをもって年末のご挨拶とさせて頂きます。