血に染めたとして
まったく、顔を合わせたこともないけれど、似た者同士はいるものである。
「クククク、来年のオリンピックは血に染まる……。この俺によってな」
薄暗い部屋の中。
男はニヤリと笑い、買って来た危険過ぎる刃物を5本、ブルーシートの上に並べる。その内の1本を試し切りと称して、高校時代の卒業アルバムを滅多刺しにする。
「あはははは、こんな国!こんな世界!終わっちまえ!!腐った世の中なんざ、終わればいいんだよぉぉっ!」
この壮大な計画を実行する気になったのは、世界の流れに乗ろうとしたところだろうか。それとも、もう追い込まれて希望のない人生と悟り、全てを終わらせたかったか。
どこにでもある普通の家の中にいる、どーしようもねぇ人間を調べるなんて事はしているわけもない世の中。今日もどこかで楽しい事があろうと思って生きている。
「かーくん、朝ごはんよ。扉の前に置いておいたからちゃんと食べなさいねー。あと、朝から大きな声出さないで、近所迷惑になるわ」
「うるせぇ、クソママ!!ちゃんと菓子も置いてよね!!」
◇ ◇
そして、男の壮大な計画の当日。
真に残念ながら、みんなが楽しみに待っていたイベントを不安にさせてしまう事件は起きてしまったのだ。理不尽な暴力、予想できない運命。ふざけるんじゃないって、誰しも怒りは込み上げるもの。
男もそうだった。
「ふざけんじゃねぇーーーー!!」
どこかは知らない白い世界の中で、このような理不尽が起こった事による怒り……。
「なんで俺が死ななきゃいけねぇんだよ!!」
まったく、運命とは面白いものである。神様もどうしようかと思って、彼自身に尋ねたかった。
彼の心に問いかける。
「災難でしたね。あなたのように、オリンピックをメチャクチャにしようとした輩に殺されてしまうなんて……」
「そーいうこと言うんじゃねぇ!!それでもこんな死に方ないだろ!!なんでまだ、なにもしてない俺が死ななきゃいけねぇんだ!!」
「まぁ、なんです。車に轢かれたという温情で、あなたの生死をどうしようか検討しているところです」
「え?ちょっと待って、なに?俺しか死んでないの?お、お、思い出したくないが。10人くらい巻き込まれたはずだ」
車に轢かれて無事とは言えないが……。
「そうですけど、命に別状はありません。骨折ぐらいでしょうか。メンタル面では不安ですが……。ともかく、あなたの命が助からなかった理由は」
神様はこーいう事もあるんだなって、不思議なもんだと思って教えてあげる。
「あなたが持ってたリュックから刃物がいくつも出てきたんで、治療が後回しにされてたんです。危険人物だと思われてましたから」
「ふざけんな!人間平等に命を助けやがれ!!」
「いや、あんたは人の命を奪いにここに来てたんでしょ?」
「うるさい!!」
自らの手で人を殺し、その後で死のうとした刃物もあったんだろうが。何もなく、何もできず、これでそのまま死んでしまうのは、なんと悲しいことである。ある意味、そーなってしまうべきだと思ってしまうところもある。
「生き返らせろ!!子供をぶっ殺して!俺もこんな世の中をメチャクチャにしてやるんだ!」
「そんな理由で生き返らせる存在がどこにいるんですか……」
「じゃあ、せめて俺を他の存在に変えて、裕福な世界に連れていけ!俺の思い通りになる世界、運命になるようにな!周りからチヤホヤされるようにしろ!」
「そーいうお気持ちは自分自身でやり遂げなさい。あなた、電車にでも魂宿らせて、皆様に喜ばれる存在になりますか。雨、風、雪、嵐の日の中、体が徐々に錆付きながら、一生懸命走る存在に転生しますか」
「ふざけんな!そーいう苦労はいらないんだよ!!自由じゃないし!」
レアな死に方があるもんだと思って、顔を出してみたら。やはり、理性から外れた人間であったと感じた。一度、螺子が外れたら、それは取り付けられないもの。
どこの世界に行かせても迷惑になりそうだ。
とはいえ、さすがに可哀想だ。やろうとした事の罪も、多少理解はしただろう。本当に温情だ。
「じゃあ、私から少しだけ譲歩してあげるよ。君の死に方は少し気の毒だし」
「何度も言うな!恥ずかしい!!」
「ただ1つ、条件を言う。君がやろうとした計画は今すぐ取り消しなさい。そーすれば、君が死ぬ少し前に、時間を戻してあげる」
「ちっ、しょーがねぇな!まぁ、日を改めてやるさ!さっさと社会が良くなればいいんだ!」
男は了承し、時間は巻き戻されていく……。
◇ ◇
「はっ……」
俺はこんな人混みでなにをしようとしてたんだっけ?
そんな気持ちの後に流れ込んで来たのは、心の底から来る。こんな事をしては意味がないという奇妙な暗示だった。
こんなに楽しそうにしている人達の笑顔は確かに憎い、悔しい、消えてしまえと思う。だが、それで俺はどう変わるというのだ?終わりたいだけだろって、答えも出てくる。
ズッシリと重たいリュックよりも、遥かに重い何かを感じ取った。
引き返そう。出直しだ。
もう一度、一から……。
別の決意が誕生する。
「もっかい、仕事をするか」
ブロロロロロロロ
「ん?」
今日から命を始めようとする輩に、理不尽な車はやってくる。まるで、かつての自分を見るように。脳裏が衝撃よりも先にリアルに感じてしまったのは、偶然ではない。小声で言ったのは
「ちょ、止め……」
ドゴシャアアアァァァ
自分が人に、これからやろうとした事と同じなんだろう。身にも、心にも染みる。
巻き込まれた者たちの悲鳴と悲痛が、自分と同じ気持ちになっているのを感じる。
酷いでは語れない大怪我だった。
だが、今度はリュックの中身が飛び散らず、1人の老人と1人の女性の前に彼は転がった。
「人間、一度の気持ちで変われないものだよ。死亡から大怪我に、運命を変えてもらいました」
「アシズムさんって結構厳しいですね」
「そー言わず、治療してやりなさい。ミムラちゃん」
命は助かったが、全治3ヶ月の怪我を負ってから再起を図る。