せんば橋にはいきなり団子-4
効率を求めることと無駄を省くことは似て非なる。特に旅行はそうだと、じいちゃんは言っていた。
きっと順路みたいなものもあって、そのとおりに回れば効率はいいのだろうけど。俺と奏がまっさきに向かったのは、じいちゃんが一番楽しそうに語ってくれた場所だった。
「洗馬橋停留所を下りて、あっちですね」
「ちょっと待て、写真撮るから」
「ご主人、橋はあっちですよ?」
「電車の方だよ」
路面電車、路面電車だ。道路の上を車に混じって走る小さな電車だ。
テレビで観たことはあったけど実物は初めてだ。熊本市内には今も路面電車が走っているのか。
「そんなに珍しいですかー?」
「久々にニンジン型の袋に入ったポン菓子を食べたときの感覚と思えばいい」
「その辺で売ってませんっけ」
「しょっちゅう買うか?」
「……買わないかもです」
チョコをいつも置いてる、せんべいをいつも置いてるという人はいる。ニンジンのポン菓子を常備している熱心なファンは少数派だろう、いるにはいそうだけど。
「たまに食べると『昔ながらの味ーーー!』ってなるだろ」
「なります!」
「そんな昔とか知らないのに」
「平成ふた桁生まれなのに!」
「そういうことだ」
「よく分かりません!」
「分からないかー」
「ひょっとしてですけど」
「うん?」
「ご主人って例え話とかお下手な方だったりします?」
こんにゃろう。
「奏」
「はい!」
「髪をみつあみにするって、できるか?」
「中学までやってました!」
「みつあみにニンジンのポン菓子をぶっ刺して『最新ファッションなの!』って言い張るの、面白そうだと思うんだけど」
「ごめんなさい!!」
のれんを腕で押しぬかに釘を打つような話をしつつ歩く熊本の町。広く整然とした道に城下町の貫禄を、トタン看板の八百屋や自転車屋に昭和の香りを感じる土地だ。
そこをほんの少し、停留所の目の前といっていいほどの距離を歩くと目的地だ。
「はい、こちらが噂の船場橋です!」
「おー、ここが」
あんたがたどこさ、の歌で有名なせんば山。
かつてはこの橋の近くに丘みたいなものがあり、そこに住んでいたのが煮て焼いて食われた例のタヌキなのだと、じいちゃんが物知り顔で教えてくれた。
「ほら、橋の上に石の像があるんですよ!」
「そうそう、タヌキの石像が……なにこれ」
あんたがたどこさになぞらえて、タヌキの像があると聞いていた。聞いていたんだが。
タヌキにしてはなんかトゲトゲしてる。カクカクしてる。反ってる。
「エビですけど」
「なぜエビ……?」
「え? だって二番で」
「二番」
「『船場川にはえびさがおってさ それを漁師が網さで捕ってさ 煮てさ 焼いてさ 食ってさ』って」
「歌うまいな?」
「ありがとうございます!」
「でもその歌詞は聞いたことない」
「えっ」
「そうか、これが……」
旅先に、自分が知っている歌の知らない二番が伝わっている。
これが、そうなのか。
「なんですか?」
「じいちゃんが言ってたんだよ。旅先の『当たり前』はネットに載らない、足で回って見つけたらお前だけのものだって」
「はえー」
じいちゃんがどうして旅を愛したのか。その理由が少しだけ分かった気がする。
「ところでタヌキ像は?」
「車道の反対側ですね!」
「あーほんとだ」
「タヌキの像はその辺にもいっぱいありますよ」
「帰りは反対側を通るか」
「通りましょう」
「ところで」
「へい」
「なんで停留所は『洗馬橋』なのに橋は『船場橋』なんだ?」
「……さあ?」
「もっと言えば、お隣の宇土市にも船場橋があるんだが」
「考えることはみんなおんなじなんだと思います!」
「そうか」
小さい頃からそういうものとして存在するから疑問を持たない。これも地元の名所あるあるである。
「はいご主人、右手に見えますのがかの有名な」
「熊本城……」
「という名の修復中の建物でございます!」
メイドからガイドへジョブチェンジした奏が指差す先には、下のほうが鉄骨とシートで覆われた巨城がそびえていた。
周りの大型クレーンが城よりもノッポに見えて不思議な感覚になる。
「まだ修理中か。天守閣とかはしっかりしてるけど、石垣はボロボロなんだな……」
「すごかったですよー地震!」
熊本地震。
二〇一六年、熊本を襲った大地震だ。震度七の揺れは熊本の街並みを破壊し、特に熊本城は石垣が崩れるなどの大きな被害を受けたらしい。
万一崩れてもいいように石垣の設計図を作る作業が、実は地震の直後に予定されていたというのだからまた間が悪い。
「奏は地震のときも今のところに住んでたんだよな?」
「ですよー?」
「奏の家でも被害とかあったのか?」
「あー、家は無事でしたけど工場で……」
「そっちか。大変だな」
機械だらけの工場が被災したら、損害は住宅の比じゃないだろう。ひょっとしたら今の経営難はそこに端を発するのかもしれない。
「トーマさんたちが庭に作ってた規格外品のピラミッドが雪崩を起こしまして」
たぶん関係なかった経営難。
「何してるのラインのトーマさん」
「言ってもアルミ缶なんでケガ人とかは出なかったんですが、すごい音がしてご近所さんに仰天されました」
「よくクビにならなかったな、トーマさん」
「社員を大事にする経営がモットーなので!」
「立派なお父さんだ」
「まあ、おとんも一緒に積んでたからっていうのもあるんですけど」
「何してるのお父さん」
「ご近所さんも一緒に積んでたので許してもらえました」
「何してるのご近所さん」
「ご近所が力を合わせればあんな轟音も出せるんだなーって!」
小学生並の感想である。
「奏は楽しそうな町に住んでるな」
「ご主人もそこの住人ですよ?」
「そうだった」
とんでもないところに引っ越してしまったかもしれない。
「とりあえず、城の写真撮るか」
「あ、撮りましょうか!」
「いや、奏は城といっしょに収まってくれるか?」
「え、何に使うんですか……?」
使うってなんだ。
「小さいものをいっしょに撮れば城の大きさが際立つかな、と」
「ご主人はもうちょっと私を女の子扱いしてくれていいと思います」
出店で焼き鳥をつまんだり――九州では焼き鳥に豚肉が混じるらしい――、市内の名所を巡っているうちに時間はすぐ過ぎる。
「お腹すきましたー!」
「正直でよろしい」
観光しようと決めたのが十一時。市内のひと通りを見たらもう薄暗くなる時間だった。奏は小さい体に見合わない体力で最後まで走り回り、今は夕日に向かって大きく伸びをしている。
「そろそろ帰りますかー!」
「いや、もう一箇所行きたいところがある」
「お夕飯の時間になっちゃいますけど……」
「飯を食いに行くんだよ」
「なるほど。どこですか?」
「新玉名……いや、玉名だ」
頭の中に地図を思い浮かべる。玉名市は熊本市の北隣だったはずだ。
「温泉でも入るんですか?」
「温泉あるのか」
「わりかし名湯です!」
「さすが火の国」
「でも温泉の他にはあんまり観光名所とか無いような……」
「だからこそ、かな」
「ちなみにご主人」
「うん?」
「支払いの方は……?」
「俺がもつわい」
「ごっつぁんです!!」
新玉名駅は新幹線駅で、他の在来線は通っていない。
俺が熊本に来たときは伯母さんの目をごまかすために広島空港で下りて岡山から四国を一周して新幹線で熊本までやってきたので、通過したことはあるという駅だ。
在来線の玉名駅はそんな新玉名駅から少し離れた場所にある。
「初めて降りました」
「えっと、こっちだ」
スマホの地図を頼りに住宅街を進む。木造の家が並びどこか懐かしさのある、でもごく普通の町だ。
「ここまで来るほどの名店があるんですか?」
「名店かは知らない」
「食いログとかは……」
食いログ。レストランなんかの大手レビューサイトだ。
「載ってるか調べてないし、調べないことにしたんだ」
「ご主人って」
「うん?」
「自分の舌しか信じない主義の方?」
「美食マンガみたいな設定やめろ」
メイドを連れているだけに余計それっぽくなる。
「じゃあ、なんでです?」
「言ったろ。じいちゃんのちょっとした約束があるって。……ほら、あそこだ」
見えてきたのは、赤い提灯。煤けた赤い暖簾に目を凝らすと『らーめん』の文字が読み取れる。
「ラーメン屋さんですか」
「熊本ラーメンの味、確かめに行くぞ」
「ラーメンー!」
あんたがたどこさの二番
私も現地で初めて聞きました。Wikipediaにも二番があることは書いてあるけど、なぜか『船場川にはえびさが』じゃなくて『船場にはえびさが』なんですよね。誤字なのかそういう地域もあるのか……