せんば橋にはいきなり団子-3
「主人ー」
「どうしたー」
いきなり始まったティータイムも終わり、引っ越し荷物の開封と掃除を再開したところで。冷蔵庫を開けた奏が俺を呼んだ。
「お昼ごはんなんですけど」
「ああ」
「軽いのでいいですよね?」
「そうだな、いきなり団子も食べたし」
メイドさんとお昼について話す。ここまで想像といろいろ違うご主人ライフだったけど、ようやくそれっぽくなってきたかもしれない。
「練乳とお醤油とかでもいいです?」
練乳と醤油。
「練乳が主食で醤油がおかず?」
「丼にしてもいいですね」
「二層に相分離を試みるんじゃありません」
訂正、やっぱりなんか違った。真顔でなんてこと言ってるんだろう、この子。
「冷蔵庫にそれしかなくてですね」
「引っ越してきたばっかりだからな。だからってなんでそれでいいと思った」
「ご主人、人間が生きていくのに必要なものってなんだか分かりますか?」
「ちゃんと昼飯を作ってくれるメイドさんが必要だと思う」
「そうです。お水とお砂糖とお塩です」
「だよな。メイドさんといえば料理だよな」
「はい、水分とエネルギーとちょっとの無機質があれば人は生きていけるのです」
「…………」
「…………ぅぅ」
会話の主導権を巡る争いは“目”で行われる。お互いにじーっと見つめ合っていたら、向こうが先に視線を逸らしたので俺の勝ちとする。
「奏」
「はい!」
「思ってることを正直に言いなさい」
「お外が寒いのでお買い物に行きたくありません!」
今は十二月の末。外気温は四度。温暖な熊本といえど、なるほど十分に寒い。
「冬だもんな」
「できればご主人に行ってきて欲しい!」
「おい」
「さらにオムライスとか作ってくださったら、それはとってもうれしいなって!」
「正直に過ぎる」
「正直に言えとご主人に命令されたので」
「メイドの鑑だな」
「でしょー!」
「その優秀なメイドに、買い物に行ってきてって命令したらどうなる?」
「…………」
「…………」
「行ってきます……」
「あ、ああ。気をつけてな」
なんだろう、この罪悪感。
「それでいっしょに来ちゃう辺り、ご主人もお人好しですよね」
「近所のスーパーとか覚えたかったんだよ」
「けっこう好きですよ、そういうとこ」
「やかましい」
「ふへへ」
コートを羽織り、二人並んでアスファルトを歩く。クリスマスを終えた町は各所に注連飾りがつけられて、すっかり年越しムードだ。
「そういえばご主人ー」
ふと、隣を歩く奏がこちらを見上げた。俺との身長差は三十センチあるから、あまり近いと見上げすぎて首を痛めそうだ。
そう思って一歩遠ざかると、なぜか一歩詰めてきたのでそのまま話を続けることにする。たぶん見上げるのは慣れているのだろう。
「なんだー?」
「どうして熊本に来たんですか?」
「それは言ったろ。じいちゃんが死んで、十二億円もらって、伯母さんが母性に目覚めて」
こうして並べると訳がわからない。人生、何があるかわからないもんだ。
「それで遠くに来たのは聞きましたけど、なんで熊本なんですか?」
「ああ、そういうことか」
「住んでていい町だとは思いますよ? でもわざわざ選ぶ理由があるかって言われると……」
先月までの俺の生活圏は東京近郊だ。そこから遠ざかるだけなら北海道でも四国でも、なんなら海外でもいい。
それでも熊本にやって来たのには、いちおう理由がある。
「じいちゃんが旅行好きでな。仕事の合間を縫っては、ばあちゃんとあちこち巡ってたらしい」
「熊本にも来たことがあったんですか?」
「何年も前だけどな」
飯は美味いし過ごしやすい町だと、釣りの帰りに小淵沢で蕎麦を食べながら教えてくれた。
ちょっとした約束が、果たせずにいると。
「ばあちゃんが先に死んじまって、じいちゃんもそれでガクッと来たみたいでな。ひとりじゃ旅行に行く気もせずに結局……って感じだ」
「それでご主人が代わりに?」
「そんな殊勝なもんじゃない。ただ、どこに行こうかって考えた時にその話が思い浮かんだ」
「そうなんですかー」
「エモいだろ」
「ご自分で言わなければ三十エモ値くらいはありました」
「エモさに単位をつけるんじゃありません」
近いうちにその約束の場所にも行くことにしよう。もうだいぶ経っているから、相手が覚えているかは分からないけれど。
「じいちゃんの教えてくれた名所も観に行きたいなー」
「だったら、今から行きます?」
唐突に、奏がそんな提案をした。
「は?」
「熊本市内ですよね?」
「玉名市もあるけど」
熊本市とは隣市だったはずだ。九州新幹線の新玉名駅があり、福岡県の大牟田駅と熊本県の熊本駅の中間地点のようになっている。
「それでも電車で二十分ちょいですし、すぐに回れますよ?」
「いや、買い物は?」
「そんなの帰りにスーパーに寄って帰ればいいだけですよ」
「それもそうか……。よし、行くか」
いずれ行くのだ。早くて悪いことはない。
じいちゃんだってそのうち行けると思っているうちに機を逃してしまったのだろう。俺までそうなったらお笑いだ。
「付き合いますぜ、ご主人!」
「メイド口調」
「私もお供致します」
「……似合わん」
「ひどくないですか!」
メイドさんとしては正解のはずなのに違和感がすごい。
「まずは市内からだな。案内できるか?」
「最寄りの駅か停留所が分かれば!」
「よし」
時刻は午前十一時。暗くなる前には帰りたいし、何箇所か選ぶ必要があるだろう。ひとまず電車に乗ろうと、俺たちは進路を駅へととった。
「まずはどこにしましょうねー、っと」
「しかし、なんだな」
「ナン?」
ライス派です、とか言い出して脱線しそうなので先にかぶせる。
「さっきまで買い物にも行きたくないって言ってたのに、急にどうした?」
「主人を気遣う健気なメイドになんてことを」
「自分で言わなければ二十メイド値くらいはあった」
「メイドさんに単位をつけないでください」
「で、どういう心変わりだ?」
「ほら、アレですよ」
どれだ。
「今日行かなかったら、別の日に行く感じになりますよね?」
「そりゃな」
「二回も寒い中を出かけるのはしんどいので、一回で終わらせようかなって」
「割と好きだぞ、そういう手抜きには手間を惜しまないとこ」
「褒めてます?」
「奏が褒められたと思ったなら褒めてる」
「私えらい!」
「そうだな」
「ふへへ」
「長生きするタイプだわ、うん」
日を改めてもついてきてくれるつもりだったんだなとは、野暮なので言わないでおいた。じいちゃん達が二人で来ていたと聞いて、奏なりに気を利かせてくれたのかもしれない。
それを尋ねてしまうのも、それこそ野暮というものだろう。
https://twitter.com/WalkingDreamer/status/748514381030273024
↑今の家に引っ越してきた日のツイートです
こいつらほっとくと喋り続けるから長くなる。次回はちょこっと観光しつつ食べます。
10月になったし寒い日の話やってもいいかなーと思ってたら、台風一過でめちゃくちゃ暑い。これでポイントが入らなかったら19号のせいだからなオホーツク海まで追いかけて目に納豆入れてやる。
と、私はそんなことを言っていられる余裕がありますが、皆様の被害はいかがでしたか? 特に水害を受けられた方は、小さな怪我でも破傷風などの危険がありますから油断せずに病院に行かれてください。
一日も早い心身と財産の回復をお祈りしています。