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せんば橋にはいきなり団子-2

「ごしゅじーん、いきなり団子はあっためる派ですか? あっためない派ですかー?」


「どっちかに属してるのは前提なんだな?」


「ちなみに海原家は代々あっためる派です。どっちにします?」


「そう訊きながらコンロに向かってやがる。あったかいのでいいよ」


「かしこまり!」


 暖房を効かせているとはいえ今は年の瀬。あたたかいものの方が嬉しいので止めはしない。


 奏はコンロに鍋を乗せると、しばらく台所をキョロキョロして。


「ご主人」


 なんかこちらに振り返った。


「どうした」


「蒸し器ってどこですか」


 蒸し器。シュウマイとか作るアレか。


「奏、お兄さんがひとついいことを教えてやる」


「なんでしょう?」


「独身男の部屋に蒸し器があるほうがレアケースだ」


「なん、ですと……!?」


 熊本県民だってみんながみんな蒸し器を持ってるわけでもないだろうに。自分ちの調理器具はどこの家にもあると思っているこの感じ、なんか懐かしい。


 代わりになるか分からないが、俺は収納から陶器の鍋を取り出した。


汽鍋(チーグオ)ならあるけど」


「ちーぐお」


「雲南省生まれの二重になってる土鍋な」


「ご主人、それ持ってる人のがレアだと思います」


「白菜と鶏モモを突っ込むだけでスープ作れて便利なんだぞ」


 海水しかなくても鍋が作れるって中華料理マンガでも言ってた。残念ながら、いきなり団子には向いてないらしい。


「仕方ないので、ラップしてチンします」


「文明の利器だな」


「ネコちゃんも乾かせますしね」


「唐突にトラウマ都市伝説をぶっ込んでくるんじゃありません」


 飼い猫を乾かそうとレンチンして死なせた主婦が、マニュアルに『猫を入れないでください』と書かなかったのが悪いとメーカーから賠償金をとったという話。


 アメリカの訴訟文化をイジったジョークらしい。イギリスの主婦が本当にやらかしたそうだけど。


「レンジでレンジでチンチンチン~、っと」


 トラウマを刺激された俺をよそに、奏は何やら歌いながら団子にラップをかけてレンジを回している。


「それ、熊本のローカルCMソングかなんかか?」


「おかんのオリジナルです!」


「あーあるよな、母親の謎ソング」


 俺も小さい頃、母さんが歌ってるのを聞いた記憶がある。たしか『冷凍食品が冷凍庫に収まらないの歌』と『洗濯物が風でかたよったまま夜になったの歌』があったと思う。


「……あ」


「あ?」


「これ、男の子の前であんまり歌っちゃダメって言われてたんでした」


 男の子の前で歌っちゃダメ。


「……なんで?」


「さぁ?」


「もう一回歌ってみ?」


「レンジでレンジでチンチンチン」


「ワンモア」


「レンジでレンジでチンチンチン」


「レンジでレンジで」


「チンチン、チン」


「…………」


「…………」


「ごめん」


「いえ」


 理解した瞬間に罪の意識が芽生えたのでこの辺にしておく。


 なまじ顔と声が可愛いだけに、中学生男子なら割と効きそうで困る。お母さんの判断はたぶん正しい。


「夜這いをかけてきた相手にセクハラかまして謝る俺ってなんなんだろうな」


「ご主人は哲学者ですね」


「適当に言ってるな?」


「すみません適当に言いました」


 正直なのはいいことだ。


 そんなことを言っている間にレンジがチンと鳴る。中で湯気が立っているのが扉越しにも分かった。


「いきなり団子ってサツマイモ入りの団子なんだよな?」


「サツマイモとあんこを、お塩を入れたもち粉で包んで蒸したやつです! じゃ、出しますねー」


「なるほど、これは自然な甘さが期待でき……」


 奏が扉を開けると、甘い香りがゴッと押し寄せた。


 おかしい。たしかに芋の香りなんだがおかしい。俺の知っている芋の香りの濃さじゃない。


「できましたー」


「え、なにこれ。サツマイモってこんないい匂いすんの?」


「親戚のおじさんが作った紅なんちゃらって新しいお芋を、冬の空気でよく乾かしてから作るとこうなるんですってー」


「品種改良と生活の知恵か……」


「熊本のお芋料理は世界一なんで」


「全国的にはサツマイモといえば鹿児島じゃないか?」


「知りません」


「そうか」


 知らないなら仕方ない。


 どこの芋が美味いかは、目の前で湯気を上げているいきなり団子を食べて考えることにしよう。


「これですね、ラップを剥がすのにもコツがあってあっちあっち」


「ダメじゃねえか貸してみあつつつつっつっつっつ」


 熱い団子のラップをどうにか剥がすと香りがいっそう強まった。皮から透けて見える黄色と黒のコントラストが美しい。火傷に気をつけながらひと口かじると、自然で濃厚な甘味が口に広がった。


「おお、うまいなコレ」


「お芋とあんこのコンビネーションがいいんですよねー」


「なー」


 奏にとっては日常の味だろうに、心底おいしそうに食べている。料理する人にとってはありがたそうだ。


「あ、いつもはお芋だけなんですよ。皮も小麦粉だったりしますし」


「そうなのか?」


「雇ってくれた人も食べるかもって言ったら、もち粉にあんこ入りで作ってくれました!」


「奏、そういうのは口に出さない方がいいぞ」


「そうなんですか?」


「ちょっと塩の味がしてきた」


「塩の味」


「よくお礼を言っておいてくれ」


「分かりました!」


「あとできれば小麦粉に芋だけのやつも食いたい」


 正直ちょっと気になる。


「普通においしいですよ。私はちょっと飽きましたけど」


「家庭の味あるあるだな」


「あるあるですね」


「失ってから大切さに気づくやつだぞ」


「……肝に銘じておきます」


「そうしなさい」


「そうします」


 ばあちゃんのタマゴ味噌汁とじいちゃんのおかか握り。質素すぎてあんまり好きじゃなかったけど、今となってはもう帰ってこない味だ。


「しかし、なかなかボリューミーだな」


「土曜日のお昼ごはんとかこれだけだったりしますよ」


「分からなくもない」


 いきなり団子はもち粉にサツマイモの炭水化物コンボだ。手のひら大の見た目以上にボリュームがあって腹にたまる。きっと腹持ちもいいだろう。


 朝のティータイムのつもりだったけど、これはブランチに近くなりそうだ。


「そういえば今さらなんだが」


「なんですか?」


「いきなり団子の『いきなり』って何がいきなりなんだ?」


「ご主人」


「うん。なんで真顔なんだ」


「それは十人に聞けば十通りの答えが返ってくるくらい難しい問題です」


「そうなのか」


「うちのおかんとおとんは、実家に伝わる『いきなり』の意味の違いで一週間ケンカしました」


「この話、やめるか」


「やめましょう」


 今日の熊本:いきなり団子。


 濃厚な香りと塩味の生地に包まれた自然な甘さが見事でした。

「レンジでレンジでチンチンチン」

リズムは『駅のホームですっぽんぽん』でお願いします。知らない世代はこんなの読んでないで宿題しなさい。


次回からはお出かけします。船場橋に熊本城、あと個人的にもちょっとした思い出がある新玉名駅へ。

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