新生活にはポンコツメイド
「文化祭のメイド喫茶で使った衣装、借りてきました!」
くるりと回ってみせながら、海原奏はなぜかどやぁと胸をはる。シックなデザインに長めのスカートが妙に本格的だ。
「ほー、手作り感はあるけどなかなかしっかりした……じゃなくて」
「へ?」
「え、どこから入ったの?」
「昨夜と同じで床下から」
指差した先には、あると便利な床下収納。
「忍者かなにか?」
「体の柔らかさには自信があります!」
「誇れるものがあるのはいいことだ、うん」
「あ、もしかして朝からはご迷惑だったり……?」
迷惑ってことはないけど。
「いや、てっきり逃げ出すものかと」
「え?」
「え?」
顔を見合わせること、約三秒。
まつ毛長いなーとか思っていたら、向こうが先に口を開いた。
「逃げた方がいいやつでした……?」
「なんというか、ほら」
深夜に不法侵入をかけた相手に。
そこらのサラリーマンの五倍の給料を出すから。
油揚げに卵を入れて甘辛く煮たやつを作ってくれと言われたら。
「胡散臭すぎるかなーと。言っといてなんだけど」
「たしかに!」
そのうち詐欺とかに引っかからないだろうか、この子。
「よし、逃げます!」
「何もしないから逃げるな逃げるな」
「ほんとに……?」
「する気ならとっくにやってる」
「なるほど!」
それにあえて言うなら。
「逃げたところで、草の根分けても見つけ出すつもりだし」
「ご主人」
「うん?」
「ストーカーは犯罪でっせ?」
「夜這いも不法侵入もな」
「ぶへぇ」
ぶへぇってなんだ。
「だからまあ、手間は省けて助かった」
「あの、昨夜は聞けなかったんですけど、なんでそこまでして私を?」
「……ちょうど、その理由を夢に見てたとこだよ」
思い出すのも頭が痛いが、必要なのだから仕方ない。俺は目の前のメイドに、ついさっき夢で復習したことを語って聞かせた。
じいちゃんのこと、遺産のこと、そして伯母さんのこと。
「……ってわけで、俺ははるばる熊本までやってきたわけだ」
「おじいさんの遺産を守るために……」
「ああ。それに」
「それに?」
「伯母さんをママと呼びたくなかったから」
「ですよね」
あのまま伯母さんの近くにいれば、手段を選ばず俺にママと呼ばせただろう。そうして事実を積み上げて俺を養子にしていたに違いない。
想像すると普通にキツい。
「あれ? でも伯母さんはなんで養子にしたいんですか?」
「法律で決まってるんだよ」
未成年者が遺産を相続した場合、その管理は親権者に委ねられる。
俺は両親を喪い、養父だったじいちゃんも喪った。そんな俺を養子にすれば、伯母さんは十二億円の遺産を好きにできるわけだ。
「……え?」
「難しかったか?」
「いえ、その、未成年者?」
「うん」
「どなたさんが?」
「俺さんが。もうすぐ十九歳」
「ふぁ!?」
「驚きすぎでは」
「てっきり二十三歳か二十四歳くらいかなって……」
五歳プラスか。五歳マイナスに見える女子高生に言われると複雑な気分だ。
「老け顔で悪かったな」
「すんません……」
おかげで、年齢確認とかされずに済むのは幸いなんだけども。
「とにかく成人するまでのあと一年ちょい、俺はどうにか伯母さんから逃げ切らないといけないんだ」
「ママと呼ばないために」
「ママと呼ばないために。で、その矢先に海原さんに」
「奏でいいですよ? メイドですし」
メイドって名前で呼ぶものなんだろうか。まあ本人がいいならお言葉に甘えよう。
「奏に見つかったわけだ」
「見つけました」
「で、だ。ここからが本題」
「いよいよ」
「俺を見つけたい伯母さんが、俺が熊本に向かったことを知ったとする。人を雇って探させる。俺の写真を見せられて、
『この人、知らない?』
って訊かれたら、奏はどうする?」
「い、言いませんよ! 絶対怪しいじゃないですか!」
「『この男は凶悪犯で、逮捕に協力すれば百万円が出ます』って言われたら?」
「すみません、しゃべります」
いろいろ正直すぎる。
「だからきっちり事情を話してスーパー高給で雇うんだよ」
「札束でひっぱたいて口をふさぐんですね!」
「言い方よ」
何しろ俺を捕まえれば十二億円が思いのままだ。百万円くらいは払ったっておかしくない。
ならこちらもそのつもりで対策しなくては。
「なるほど、お話は分かりました!」
「分かってくれたか」
「はい! 不束者ですが、お世話になります!」
「いえいえこちらこそ」
「ところで、あくまで参考までにお聞きしたいんですけど」
「参考?」
「その伯母さん、ご主人さまの居場所を教えたらいくらまで出してくれますかね……?」
こんにゃろう。
「……よく考えたら、不法侵入で塀の向こうに行ってもらっても俺の平穏は守られるんだよな」
「いよっ、イケメン! 天才! メイド百人に聞いた抱かれたいご主人さまランキング第一位!」
「あってたまるかそんなランキング」
あとで聞いた話では、これをやるとパン屋さんが耳だけじゃなくてラスクもくれるらしい。世知辛い。
「海原奏、十六歳! 誠心誠意お仕えさせていただきます!」
「頼むぞ、ほんとに……」
人目につかないよう息を潜めながら、ひとり静かに暮らす。そんな生活をイメージしていた熊本だったけども。
だいぶ想像と違った感じになりそうだと、棚に置いたじいちゃんの遺影に心のなかで呟いた。
プロローグでした。
次回から熊本編に入ります。だいたい熊本駅と新玉名駅の間くらいを想定。
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