メイド服には大型二輪-3
「明治ちゃあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんんん!! ママって呼んでいいのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!!」
「うーわー、聞いてた通りすぎてキッツいですねー!」
後ろを振り返ってドン引きしている奏。その視線の先には、ベンツの助手席からものすごい笑顔で手をふる朝子伯母さん。口は笑ってるのに瞳孔が開ききってて普通に怖い。
視線を前に戻せば、そんな異様な状況に驚いたご近所の皆さんが家から顔を出しては、崩れた缶ピラミッドを見て「あっ、やっべ」みたいな顔をして引っ込んでゆく。
「ご主人、今引っ込んだのがピラミッドをいっしょに積んでた人たちですよ!」
「あんだけ『自分のせいじゃないよな……?』みたいな顔してたら分かるわい。それより後ろだ後ろ! 飛ばせ! 法定速度いっぱい飛ばせー!!」
「住宅街ゆえ四十キロ制限だが」
「……四十キロで全力疾走!!」
「天に謝って四十二キロくらいで走らせていただく」
「ミッちゃん、ゴー!」
相続の時にいっぱい納税したから二キロくらい許してほしい。後ろの連中は構わずアクセルを踏んでいるが、道を埋め尽くすアルミ缶にタイヤをとられて思うように進めずにいる。
「みんなごめんねー! ちょっと逃亡生活してくるけど帰ったら謝るからー!! あ、貞方のおじちゃん応援ありがとー! 吉見さんも元気でねー! ケンジくんは帰ってきたら分数できるようになってるか見るからねー!」
ご近所に挨拶しながら住宅街を駆け抜け、ひとまずスピードを出せる大きい通りを目指す。どうにか片側三車線ある国道まで逃げ切ったときにはすっかり朝日が町を照らしていた。
「三井さん! ひとまず福岡方面へ!」
「合点」
「行き先は絞られてないはずだし、ここで相手を分散できればいいんだが……」
一度海原製作所を経由したおかげで、俺が東西南北どっちに向かうか伯母さんには分からないはずだ。追手が手分けしてくれればこっちはだいぶ楽になる。
その間に俺は福岡から本州へと渡る。関門海峡を越えて、山陽本線に……と九州中国地方の地図を頭に浮かべる俺の横では、奏が後ろを見つつドヤ顔している。
「でもほら、あんだけ足止めしましたし! そうそう追いつけるわけないですって! 余裕のよっちゃん溶融炉です!」
「奏はまたそういうことを言う!」
シュコン、と旗が立った音がした気がした。『死亡』って書いてある真っ白な旗が。
「与空殿」
「あ、はい」
「後ろにベンツがきている」
「うっそぉ」
三井さんの言葉に弾かれるように振り返る。朝陽をバックに朝子伯母さんが身を乗り出しているという地獄のような光景がそこにあった。
「明治ちゃああああああああああああああん!」
「早すぎるだろ!?」
「えっ、もしかして私のせい?」
奏には運命操作の力でもあるのかと思ったが、どうやら単純にドライバーの腕がいいらしい。車の増え始めた国道を危なげなく縫うように迫ってくる。三井さんのライディングも相当な手練だけに、馬力の違いがそのまま走力の差になってしまっているようだ。
「三井さん、逃げ切れると思いますか!?」
「追手があの一台のみならば可能だが。別働隊に回り込まれれば仕様がない」
「そうだよな……!」
俺たちを発見した以上、素直に追いかけっこする義理なんて向こうにはないのだ。伯母さんはきっと俺たちに張り付きながら、居場所を部下に教えて先回りさせるだろう。
「ご主人、私にいい考えがあります」
「いいか奏」
「はい?」
「ベンツにボクシングは効かん」
「車をパンチで破壊しようとする人とかいないと思うんですけど!!」
「世界は広いからな。で、ボクシングじゃないならなんだ」
「相手の車に近づいて!」
「おう」
「ガソリンタンクにお砂糖を入れます!」
「なるほど、ガソリンに砂糖が混ざるとエンジンが焼け付いて壊れるって言うもんな! 完璧な作戦だ!」
「ふふーん!」
「不可能だって点に目をつぶればな!」
ガソリンタンクにはカバーがついているし、走っている車の給油口に何かを投げ込むなんてそれだけで曲芸の域だ。そもそも砂糖なんて持ってないし。
「いきなり団子ならありますよ!」
「感情論が混ざってすまないが」
「はい?」
「ガソリンタンクにいきなり団子を投げ込む作戦には人生を預けたくない!」
「そんなー!」
「与空殿、お嬢。どうやらそうも言っていられないやもしれん」
「え?」
速い。ベンツが寄せてくる速さが明らかにおかしい。
伯母さんは俺を絶対に生かして捕らえないといけない。俺に万一のことがあれば相続人不存在で十二億円はお国に召し上げになるからだ。
それなら無茶な追い上げはしてくるまい、そう思っていたのだけれど。
「待ってえええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええええ!!!!」
気づけばもう声が聞こえるところまで来ていた。どうやら、あちらも相当に切羽詰まっているらしい。
「なんなんですか伯母さん! 伯母さんだって二億円はもらってるんでしょうに!」
「えっ、そうなんですかご主人」
「遺留分ってのがあるんだよ。詳細は後で!」
「たぶん聞いても分かんないんで大丈夫です!」
「そうか! じゃあ伯母さんに専念しよう!」
「二億ぽっちじゃ足りないのよ!!! 成城は税金も維持費も高いの!!」
成城。高級住宅街で有名な世田谷区の成城か。じいちゃんの遺産をアテにしてめちゃくちゃ高い土地に手を出したらしい。
「いや、知りませんがな!」
「血縁の情はないの!?」
「血縁の情があるなら熊本まで追いかけてこないでくださいよ!!」
「いいから止まって! ゆっくり水入らずで話しましょ!」
「何が水入らずですか! どう見てもカタギじゃない大洪水がくっついてるんですけど!!」
「いいからー!!!」
やっぱり会話が通じる気がしない。さすがに俺も腹に据えかねてきたが、ここで怒りをあらわにしたところで何も解決しない。
どうしたものか。そう思案していたら、そんな俺を飛び越えて甲高い声がした。
「あーーーーもう! 恥を知れってんですよ!!」
俺より先に、奏がキレていた。
一週間空いちゃったすみません。ちょっと新大陸のモンスターハンターとしての任務が忙しかったもので。
ちなみに海原製作所は熊本市の西のほう、花園かもう少し南らへんにあるつもりで書いてます
あと1話であらすじ前半が終わりです




