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メイド服には大型二輪

 いったい誰が予想するだろう。


 多額の遺産を相続して追われる身となった青年。闇よりその背後に迫る伯母からの追手。そんな緊迫した状況で。


「受け取りにハンコかサインお願いしまーす!」


 いきなり団子を持ったメイドが乱入するなど。しかも頭上に掲げたタッパーから湯気が出ている。できたてホヤホヤだ。


「配達ご苦労! はい帰れ!」


「ひどくないですか!?」


「危ないだろ! なんでいるんだここに!」


「だって『こんな時だからだよ』なんて意味深すぎるセリフ、お別れ前のかまってアピールでしょ完全に!」


「そんなとこは察しがいいなこんにゃろう。……奏!」


「ぶぇ!」


 予想外すぎる事態に様子を伺っていた追手だが、俺の味方とみてか奏の腕を掴みにかかった。慌てて奏の軽い身体を抱き寄せたが、この後どうしようという考えがまるで浮かんでこない。


「来てくれたのは嬉しいが、どうすんだこの状況」


「大丈夫ですご主人! 私、トーマさんからボクシングを教わってます!」


「そいつは心強い」


「しゅっしゅっ」


「それって相手が武器とか持ってても使えるやつ?」


「へ?」


 数の上では二対二。それに人数が増えればそれだけ騒ぎが大きくなり、目を覚ました近隣住民に見咎められるリスクが増す。


 そんな状況を素早く収拾すべきと見たか。薄暮の中、二十代、三十代と見える二人の男が取り出したのは折りたたみ式の特殊警棒だった。


「コスプレのお前」


「ひゃい!」


 奏を警棒で指しながら、おそらく年上と見える方の男が一歩前に出た。


「邪魔だ。どけ」


「ど、どけと言われてどく奴が出世できるかってんですよばかやろー!」


「いい根性だ」


「ばっちこーい!」


「では、実力行使に出るが文句は言うなよ」


「……ところでその棒、当たると痛かったりします?」


「お注射の千倍くらい痛い」


「待って待って仲良くしよ! ね? 仲良くしよ! 争いは何も生まない! 争いからは何も生まれないからほんと! トモダチ! トモダチ!」


「注射、苦手なんだな?」


 弱い。いや、女子高生を矢面に立たせるもんじゃないのは分かるが、それにしても弱い。


「……おい、与空明治」


「俺だ」


「このチビは何をしに来たんだ?」


「俺にも分からん」


 どうする。どうするどうする。俺が捕まれば奏は見逃してくれるだろうか。いや、伯母さんの養子になるよう脅す時の材料にされるに決まっている。


「うぅ、早起きして来たのに」


「いいから俺の後ろにいろ。心配は嬉しいが無謀と勇気を履き違えんな」


「だって、階段を上がれなくて……」


「階段?」


 階段の下に自転車でも置いてきたのだろうか。そんな話を今ここでされても。


 とにかく考えがまとまるまで時間を稼ぐしかない。幸い、交渉材料ならある。


「なあ、あんたらいくらで雇われてる?」


「なんだと?」


「おい、黙ってろ」


 少し若い方の男が反応した。年上の方がたしなめるが、これならいける。


「不景気だもんな。伯母さんもかなりの人数を雇ってるだろうし、ぶっちゃけ安月給だろ」


「金で引き抜く気ならやめておけ。こちらにも信用というのがある。一回の欲で一生の仕事を失うわけにはいかない」


「二億円。サラリーマンの生涯年収をやる。文字通り一生働かなくていい金だ」


「二億……!」


「……いいから来い。無傷の方がクライアントの心象が良いから殴っていないだけだと忘れるな」


 年上の方にも一瞬の迷いを見た。しかしふたりで四億円。じいちゃんのくれた『小遣い』の三分の一を、こんな奴らに渡してしまうことになる。


 ごめんじいちゃん。でも、とにかくここを凌がないと全てを奪われる。きっと向こうは上乗せしてくるから少しでも低く抑える方法を……。と考えている俺の服を、奏が小さく引っ張った。


「ご主人ご主人」


「今忙しいから後でな」


「やっと回り込めたみたいです!」


「回り込めた?」


「ほら、あっちの方から」


「え?」


 奏に言われて耳を澄ますと、早朝の冷たい空気を震わす音がかすかに聞こえる。それは急速に近づき、やがて振動を頬に感じるまでになり、そして。


「きたーーーー!」


 ギャギャギャ、とタイヤに悲鳴を上げさせながら俺たちと追手との間に割り込んで停車したのは。赤白の模様に何やらいかつい漢字で『愛羅武勇』と描かれた、イケイケでどぅるんどぅるんな大型バイクだった。


「うお、七五〇CC(ナナハン)!?」


 思わず叫んだ俺に、ヘルメットをかぶった運転手(ライダー)は小さく首を振る。


「パパサン」


「パパさん?」


「違う。八八三CC(パパサン)だ」


「そういう排気量があるんですよご主人!」


 よく分からないが、ナナハンよりパワーがあるのだろう。乗り手の顔は見えないが、こういうのを乗り回しそうな人なら心当たりがある。


「助けに来てくれたのか。ありがとうトーマさん」


「違う」


「ご主人、トーマさんじゃないですよ」


「……言われてみればガタイが大きい」


「どうも」


「今度は何だ! ほんの数日でどれだけ味方を増やした!?」


 予想外の連続でまた置いてけぼりを食らっていた追手の男が声を上げた。この人達も大変だろうが、俺にもよく分からない。


 そんな俺に一礼し、追手に向き直ったライダーはおもむろにヘルメットを外した。現れたのはバイクのイメージそのまんま、まつげまで金髪に染めたリーゼントのお兄さんだった。


「何者かと訊いたな」


「うっわ、世紀末覇者みたいな声してる」


「俺は三井(みつい)光軌(みつき)という。普段は経理関係の事務処理などをしている」


 みつい みつき。事務処理。


 なんだろう、記憶の隅にひっかかるものがあるような。たしか奏がうちに侵入してきた時の会話で……。


「事務のミッちゃんです!」


「事務の、ミッちゃん」


「お話ししたことありませんでした?」


「すまん、女の人だと思ってた」


「ありゃ?」


 人を見かけで判断してはいけないけども。


 職業選択の自由は誰にでもあるべきだけども。


 この顔で『事務のミッちゃん』は想像できんだろ。


「かつて『阿蘇世界一連合』で斬り込み隊長を務めたこの肉体、その程度の警棒(オモチャ)破壊(こわ)せると思うか」


 熊本県民は世界一が好きである。


「ぐ……」


「おい引くぞ。バイクの音で住民が起きてきた」


「くそ!」


 男たちが逃げてゆく。どうやら急場はしのいだらしい。


「はっはっはー! ざまーみろーー!!」


「奏は注射怖いのを晒しただけだろ」


「ひどい」


「でも助かったよ。ミッちゃ……三井さんもありがとうございます」


「ミッちゃんでよい。お嬢を守り最後まで諦めぬ心根の強き男にならば、そう呼ばれても異存はない」


 無理です。


「じゃ、これでもう大丈夫ですかね!」


 奏は能天気に朝空へ伸びをしているが、あの伯母さんはそんなに諦めのいい人じゃない。


「あいつらはなるべく穏便に、静かにことを済ませるために来た奴らだ」


「へ?」


「それに失敗したら、次が出てくるだろうさ」


 俺がそう言い終わるか終わらないか。朝の爽やかな空気をつんざいて、4WDのエンジン音が聞こえてきた。熊本の住宅街で乗り回すような車じゃなし、間違いなく新手だろう。


「ミッちゃん!」


「うむ、乗るがいい。ジャケットはサイドバックを開けよ」


 慣れた様子でバイクの後部座席に飛び乗る奏。メイド服のスカートが翻り、黒ニーソに覆われたふとももがチラリと見える。乗ってから防風パンツを下に着込む身軽さはさすがと言うべきか。


 それにしても。セーラー服に機関銃は至高の組み合わせだと大人はいうが。


「メイド服と大型二輪かー」


 正直アリだった。


「ご主人はサイドカーに!」


「ああ」


 メイド服の上にダボダボな革ジャケットを着込み、ものすごく袖を余らせた奏が俺に向かって叫ぶ。たしかにのんびりはしていられない。


「さて、行き先はいかがする」


「このまま福岡方面に。……いや、難しいか」


 三人乗せたバイクで純粋な追いかけっこをして、四輪駆動の車に勝てるだろうか。サイドカーつきでは機動力で振り切れるかも怪しい。


 考え込む俺を横目に、しかし奏はまっすぐある方角を指差した。


「ミッちゃん!」


「うむ」


海原製作所(ウチ)にゴー!」


「承知」


 急加速。急転回。


 サイドカーにかかる遠心力などものともせず、二つの車輪がアスファルトを蹴り上げた。

阿蘇のカルデラが世界一大きいせいか、熊本県民は世界一が好き(偏見)。

世界一の小学校、世界一のスーパーマーケット、世界一の床屋は現地で見た。


それはそれとしていいよねメイド服。

俺、彼女ができたらメイド服でバイクに跨ってもらって写真とるんだ……。

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