ラストコーヒー
コンコンと軽い音をたてながらソフィアがドアをノックした。
「ロロンいるか?」
だが返事が返ってくることはなく……「開けるぞ」と一応の声をかけてソフィアはドアを開けた。
「なんだ……眠っていたのか」
部屋の中には大きな机があり、本棚に囲まれていた。
ロロンは、眠ってしまったのだろうか机につっぷしていた。
机の上には、さっきまで書いていたのであろう日記が置かれている。
ソフィアは、その日記をチラリと覗きこむ。
カラーズ歴2027年青の月4日。
今日は朝からソワソワしてしまって何も手につかなかった……。
だって、今夜。帰ってくるんですもの。
日記には、そこまでしか書かれていなかった。まだ途中だったのだろう。
ソフィアは、いくつかの本棚からロロンが書いていた日記が保管されている棚に目をやると、つい笑顔が溢れてしまった。
「あれから……十年かぁ」
……あの日。
アオイと一緒にパーステールから追い出されてから、色々な事があった。
無事に世界樹の治療が終わり、シラタママやゴールド、シルバーと合流してからは召喚した時に交わした約束を果たすべく、皆で異世界を巡ったのだ。
アオイが召喚する際に具現化していたオーダーシートには意思があった、実はこの子が原因だったのだが。
なぜ、子かと言うと妖精の様な姿でアオイの前に現れて「アオ子」と名のっていたからなんだけどね。
で、この子。アオ子が召喚に適した人材に手紙を送っていたのだ。
その手紙には、こう書かれていたそうだ。
『俺と結婚してくれれば……君の願いを叶えるよ! だから俺の召喚に答えて欲しい。あっ……俺って恥ずかしがりやだからさ、照れちゃって話ができないかもしれないけど。無言は肯定ってことで! テヘッ』
なんともチャラい内容だが……アオ子も中々の策士だったようで、能力が高くて今の状況に困っている者を限定して手紙を送っていたのだ。ちなみに、結婚の部分は召喚する人材で変えていたらしい。
ゴールドとシルバーの時は、専属忍者になってくれればと書かれていたそうだ。
これはゴールドとシルバーに、シラタママが直接聞いているので間違いじゃない。
ノアは……ボッチだったし漆黒竜神と結婚してくれる男などいなかったようで、この話に飛び付いた。
シラタママとシラタマは、スライム大魔王に拐われて幽閉されていたところを召喚で救われた。
ゴールドとシルバーは、大臣に洗脳された女王に処刑される寸前で召喚により救われた。
そして、結婚や従者となったことでアオイに願いを叶えてもらえたのだった。
シラタママと合流してからは、スライム大魔王の討伐や女王救出と皆の願いを叶えて回った。
召喚によって嫁が増える度に、冒険の旅に出るを繰り返したのだ。
そして、今もそれは変わらない。先日アオイが召喚した木の妖精ドリアード達の願いを叶えにノアと二人で出掛けていたのだが、今日にも帰宅すると念話が来たのだった。
そうそう、パーステール国も大きな変貌をとげていた。
治療が終わって意識を取り戻した世界樹に、アオイを追い出した事が知れてしまい、こってりと怒られてしまったシー達は、タンが反乱に加担していたのもあり四尻尾議会は解散した。
さらに、世界樹の葉を巡って人間が本格的に攻めこんで来たのだが、なんと呼び込んでいた首謀者がアクアの妹だったのだ。
数年前に、結界の狭間で倒れていた人間を救った時に世界樹の葉を使用したのだが……その後、二人は恋に落ちてとお決まりのパターンに。
でもそれは人間に騙されていた儚い恋だったのだ。
アクアの妹は、結界の中に入るのに利用だけされると捨てられてしまったのだが……可哀想だが致し方ない。
パーステールが攻め込まれた時には、ちょうど四尻尾議会が解散したばかりで混乱しており、それに乗じてティムが人間と手を組んで脱出を計ったりとメチャクチャになりかけたところで、世界樹からアオイへと救援の依頼が入ったのだが……ノアさんが、がんばってしまった結果。
恐怖を覚えた人間と亜人が意気投合して、魔王アオイの討伐をすべく今までのことを水に流しての和解が成立したのだ。これにはティムがかなり貢献している。
世界樹は魔王を呼んだ忌み嫌われる存在として、パーステール国は滅亡し追われる立場になってしまったが、アオイと逃亡に成功して今に至る。
アオイと世界樹は魔王呼ばわりをされることを気にもせず、逆にこれがきっかけで人間と亜人が、仲良くなるならと討伐されそうで、されない魔王を演じているのだ。
世界樹に結界を張ってもらって、街をつくり定期的に人間と亜人の国で奴隷扱いの孤児などを助けて来ては住まわせて面倒を見ているのだ。これが魔王による人さらいだと広まっているが、ワザとだ。
困っている人を救えるし、人間と亜人が魔王を倒すために仲良くする一石二鳥に貢献していた。
もちろん攻め込ませる為の魔王城も建設して、適度な攻撃に対応もしている。まあ殺さないように蹴散らしてるけどね……バトルメイドとゴールドにシルバーが。
ソフィアがロロンに声をかける。
「風邪をひくぞ」
「ロロンママは、ご病気でしゅか?」
ソフィアの手を握りながらピコピコと獣耳を動かす幼女が、心配そうにロロンの顔を覗きこんでいる。
「ふふふ。大丈夫だよ、たまに日記を書きながら眠ってしまうんだよ」
「ふふふ。ならよかったでしゅ」
ホッと胸を撫で下ろしている我が娘をニマニマしながら、たまらんとばかりに頭を撫でるソフィアだった。
「ロロンは、私が起こして連れていくからアフィーは食堂に行ってなさい」
「はいでしゅ」
トトトッと走って行く姿に、またもニマニマするソフィア……親バカである。
「ロロン! 夕食の準備ができてるぞ」
「うっううん。あら、おはようソフィア」
「おはようではない。まったく……アオイとノア様が帰ってきたぞ」
「あっ! もうそんな時間ね。急ぐわよソフィア」
「はいはい」
やれやれといった感じで、ソフィアはロロンの後を追いかけた。
たくさんのアオイの子供達と嫁さんが集まっている食堂は、今日も賑やかである。
「「「「あっ。パパにノアママ、おかえりなさーい。」」」」
「ただいま。みんないい子にしてたかい?」
「「「「はーい」」」」
「そっか。それじゃあご褒美をあげないとね」
「「「「パパの入れたコーヒーが飲みたーい」」」」
「ふふっ。さすがじゃな。アオイの子供たちは皆がコーヒー好きじゃのう。もちろん妾もアオイの入れたコーヒーが大好きじゃ」
子供達がニコニコしながらアオイを見つめている。
「「「「カフェ店員のパパが最強の召喚士だもんね」」」」
終わり。




