コーヒーブレイク16
「その後、借りの住まいとして世界樹様の館が提供されたのです」
そして……まるまる一日。
俺は、ずっと眠っていたようで一生懸命に、ことの顛末を話すロロンに聞き入っていた。
隣にはずっと付き添っていてくれたノアが微笑んでいる。もちろんロロンもソフィアも交代で俺の世話を焼いていたようだ。
(色々と思うところはあるが……まずは、ね)
「ロロンとソフィア、ありがとう。だいたいの話は分かったよ。それでね申し訳ないけど一度、ノアと二人で話したいのだけど……」
「はい。フユノ様」
「了解した。フユノ様」
なんだか照れくさいな。様を付けて呼ばれるのに抵抗はあったのだがメイド服を着た獣耳美少女に言われると、少しこそばゆい感じがする。ロロンとソフィアはペコッと頭を下げると俺とノアを残して部屋から出ていった。
さて、まずは……何から話すか。だがその前に誤解を解かねばと思った矢先だった。
先程まで、俺の傍で微笑んでいた黒髪の美しい美女が「ふう」と溜め息を吐くと陰りをみせて俯いた。
「分かっておる。みなまで言うな……」
「すまない。聞きたいのは、結婚のことなんだが」
「……だから言うたのじゃ。みなまに言うなと。妾も、その。嬉しくてな、うっかりしておったのじゃが……旦那様と妾を繋ぐリングがのう。出現せんかったのじゃ」
「さっきロロン達が来る前に、ノアから結婚の事や召喚の事を聞いてビックリしたんだけど……俺がノアを呼んだのは確かだと思う。でも巨大な漆黒の竜を見た後にすぐ眠ってしまったんだ。だから、沈黙が肯定ってやつなんだけどな、そもそもの話を聞いていなかった。だがノアにとっては大切な告白だったと思う」
俺は、ベッドの上でノアに思いっきり土下座して「すみませんでした」と謝った。
二、三発は殴られるのを覚悟している。正直あの竜に戻ったノアの一発で死ぬと思うが……。
「でもさ、俺さ、初めて本物の竜を見たんだけどさ。大きくて黒くて……紅玉の瞳もその姿も美しかったな~。眠りにつく間際だったから、さらに幻想級の雰囲気がでてたし……俺、トキメイタんだぜ。あっ、ごめんね。そんな話は別に聞きたくないよね。さあ、殴ってくれ!」
俺はバッとベットから飛び降りるとノアの前で仁王立ちする。もちろん怖いから目をつぶって、歯をくいしばってだけど。
(俺……死ぬな)
そう覚悟した時だった。ボフッ……ムギュ。控えめな軟らかさとスレンダーな体を俺は全身で感じた。ノアが俺の胸に飛び込み強く抱きしめてくるのがよく分かった。
「……ノアッ? 苦しいよ」
「アオイ。竜である妾の姿が美しいじゃと」
いい香りがするノアの首元から顔を離すのはもったいな気もするが、ゆっくりと顔を離す。
「ノア。君の漆黒の姿も今の黒髪の姿も、とても美しいよ」
「……こわくはないのか? 危険を感じぬのか?」
ポフッ。ノアの頭を軽く叩くとフワッとまたもいい香りが広がる。
俺は少しおどけた様にノアを見るとニコッと笑った。
「アハハ。ノアを怒らせたらそれは、それは怖いだろうね」
「……ばかもの」
白い美しい頬が赤く染まる。
「ノア。聞いてほしい。俺が異世界の人間だからなのかもしれないが、やはり出会ってすぐに結婚は、ちょっと……」
「分かっておるのじゃ。妾は元の世界へ帰るから安心するのじゃ」
照れたことで赤く染まった頬が、悲しみを耐えることで赤く染まる頬へ変わっていくノア。
分かっていたこと。怖ろしい竜となど暮らせないことなど承知の上そんなことを考えているノア。
ただ、あの時はアオイの沈黙による肯定が嬉しくて、つい眠っていることを認めたくなかった浅ましい自分。
「……アオイが、妾を美しいと言ってくれた事。忘れないのじゃ」
最後にもう一度だけ、あなたの温もりを下さい……そんなノアの抱擁は、強くて熱かった。




