表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

ダンジョンメンタルクリニック

同窓会

作者: 悠木 凛

「冴木…… 君?」


 中学校時代の同窓会に出席した私は、みんなから不思議そうな視線を集めていたが、一人の女性から声をかけられた。


「もしかして…… 小川さん?」


 中学生の頃より、少しやせただろうか。しかし、あどけなさの残るその顔は、見間違いようがない。だって、私が唯一デートした女の子だから。


「久しぶりー! 今どうして……」


 私が小川さんと話そうとすると、それまで様子を見ていた連中が、急に私の周りに集まってきた。


「え? 冴木…… なの?」


「ウソだろ、何? マジ?」


 私は質問攻めに遭い、小川さんはスッと身を引いた。


「小川さんは、変わらないな」


 中学生のころから、控えめな女の子だった。


 そんな小川さんが、精いっぱいの勇気を振り絞って想いを伝えてくれたのに、私はそれに応えることができなかった。


 苦い思いを胸に、私は矢継ぎ早に繰り出される質問に答えた。


   ※※※


「う~ん、同窓会、ねぇ……」


 2か月前、SNSを経由して、中学校時代の同窓会の知らせが届いた。


 これまでも、何度か開催されていたことは知っていたが、とても出席する気持ちにはなれなかった。心と体の性が一致しない私にとって、中学生の頃も、高校生の頃も生きづらさばかりが印象に残っていたのだ。


 しかし、解離性健忘を発症した前田の治療を行ったことで、私自身の心にも、わずかな変化が生まれた。


「もう、過ぎたことを思い出してうじうじ考えるのはやめよう」


 そう。今の私は、自分がトランスジェンダーであることを悲観したり、男の仮面をかぶって生きようとしたりしない。


 今なら、中学生の頃の同級生とも、笑顔で当時のことを振り返ることができる。


「それに……」


 私には、どうしても会っておかなければならない人がいる。伝えなければいけないことがある。


 私は、参加の意思表明をした。


   ※※※


「小川さん、さっきはごめんね」


 ようやく質問タイムが終了し、部屋の隅に立っている小川さんに声をかけた。


「ううん、いいの」


 小川さんは、そう言ってちょっと照れたように笑った。


「結婚…… したんだ」


 小川さんの左手の薬指で、結婚指輪がキラリと光った。


「うん。……去年の秋に」


 私が笑顔で「おめでとう」と言うと、小川さんは小さく「うん」と言った。


「冴木君は…… 今、何をしているの?」


 おそらく、他にいろいろ聞きたいことがあるだろうに、小川さんは普通に質問してきた。繊細な心遣いに、かえって心が痛む。


「私は、お医者さん。精神科のクリニックで働いてるの」


 私は名刺を渡しながら言った。


「『シンオウメンタルクリニック』……?」


 小川さんが、不思議そうに私を見る。


「うん。ちょっと事情があって…… お父さんの病院は継がなかったの」


 事情を察したのか、小川さんはそれ以上聞かなかった。


「なんだか、不思議な気分」


 小川さんが、少し微笑んで言う。


「こうして話していると、声は確かに冴木君なのに……」


 私が、なんと答えたものか困っていると、小川さんはクスッと笑う。


「とてもきれい」


 意外な言葉に、私は小川さんを見る。


「これが、冴木君の本当の姿なのね」


 私は、なんだか恥ずかしいような気持ちになり、下を向く。


「私ね、このクラスの同窓会、毎回参加していたの。もしかしたら…… と思って」


 私が答えられずにいると、小川さんは「バカみたいよね。中学生の時にフラれてるのに」と言って、寂しそうに笑った。


「でも…… 会えてよかった」


 小川さんの目に、うっすらと涙がにじむ。


「小川さん、私は中学生の頃も、今も変わらず、やっぱり小川さんのことが大好き」


 私も涙をこらえる。


「あの頃の私は、臆病だった。小川さんが、まっすぐに気持ちを伝えてくれたのに、どうしても本当のことを言えなくて……」


 思わず唇をかむ。


「他の誰でもない、小川さんには、本当のことを言うべきだった。その勇気が持てなかったばかりに、私は小川さんを傷つけて、私自身もずっと後悔することになっちゃって……」


 私は頭を下げ、「本当にごめんなさい」と言った。


「ううん、いいの」


小川さんが、そっと私の手を取って言う。


「冴木君が、私のことを好きだって言ってくれて、うれしい」


 にっこりと笑った小川さんの頬を、涙が一滴落ちる。


 「じゃあね」とその場を離れようとする小川さんの手を握り返し、私は「あの!」と言った。


「もしよかったら、その……」


 もじもじしながら、なんとか「これからも、友達でいてください」と言った。


 小川さんは涙をぬぐうと、「ええ、よろこんで」と言って笑った。


拙著『ダンジョンメンタルクリニック』の、最新第4章の後日談です。


ぜひシリーズを合わせてご覧いただければと思います。


どうぞよろしくお願いいたします。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ