同窓会
「冴木…… 君?」
中学校時代の同窓会に出席した私は、みんなから不思議そうな視線を集めていたが、一人の女性から声をかけられた。
「もしかして…… 小川さん?」
中学生の頃より、少しやせただろうか。しかし、あどけなさの残るその顔は、見間違いようがない。だって、私が唯一デートした女の子だから。
「久しぶりー! 今どうして……」
私が小川さんと話そうとすると、それまで様子を見ていた連中が、急に私の周りに集まってきた。
「え? 冴木…… なの?」
「ウソだろ、何? マジ?」
私は質問攻めに遭い、小川さんはスッと身を引いた。
「小川さんは、変わらないな」
中学生のころから、控えめな女の子だった。
そんな小川さんが、精いっぱいの勇気を振り絞って想いを伝えてくれたのに、私はそれに応えることができなかった。
苦い思いを胸に、私は矢継ぎ早に繰り出される質問に答えた。
※※※
「う~ん、同窓会、ねぇ……」
2か月前、SNSを経由して、中学校時代の同窓会の知らせが届いた。
これまでも、何度か開催されていたことは知っていたが、とても出席する気持ちにはなれなかった。心と体の性が一致しない私にとって、中学生の頃も、高校生の頃も生きづらさばかりが印象に残っていたのだ。
しかし、解離性健忘を発症した前田の治療を行ったことで、私自身の心にも、わずかな変化が生まれた。
「もう、過ぎたことを思い出してうじうじ考えるのはやめよう」
そう。今の私は、自分がトランスジェンダーであることを悲観したり、男の仮面をかぶって生きようとしたりしない。
今なら、中学生の頃の同級生とも、笑顔で当時のことを振り返ることができる。
「それに……」
私には、どうしても会っておかなければならない人がいる。伝えなければいけないことがある。
私は、参加の意思表明をした。
※※※
「小川さん、さっきはごめんね」
ようやく質問タイムが終了し、部屋の隅に立っている小川さんに声をかけた。
「ううん、いいの」
小川さんは、そう言ってちょっと照れたように笑った。
「結婚…… したんだ」
小川さんの左手の薬指で、結婚指輪がキラリと光った。
「うん。……去年の秋に」
私が笑顔で「おめでとう」と言うと、小川さんは小さく「うん」と言った。
「冴木君は…… 今、何をしているの?」
おそらく、他にいろいろ聞きたいことがあるだろうに、小川さんは普通に質問してきた。繊細な心遣いに、かえって心が痛む。
「私は、お医者さん。精神科のクリニックで働いてるの」
私は名刺を渡しながら言った。
「『シンオウメンタルクリニック』……?」
小川さんが、不思議そうに私を見る。
「うん。ちょっと事情があって…… お父さんの病院は継がなかったの」
事情を察したのか、小川さんはそれ以上聞かなかった。
「なんだか、不思議な気分」
小川さんが、少し微笑んで言う。
「こうして話していると、声は確かに冴木君なのに……」
私が、なんと答えたものか困っていると、小川さんはクスッと笑う。
「とてもきれい」
意外な言葉に、私は小川さんを見る。
「これが、冴木君の本当の姿なのね」
私は、なんだか恥ずかしいような気持ちになり、下を向く。
「私ね、このクラスの同窓会、毎回参加していたの。もしかしたら…… と思って」
私が答えられずにいると、小川さんは「バカみたいよね。中学生の時にフラれてるのに」と言って、寂しそうに笑った。
「でも…… 会えてよかった」
小川さんの目に、うっすらと涙がにじむ。
「小川さん、私は中学生の頃も、今も変わらず、やっぱり小川さんのことが大好き」
私も涙をこらえる。
「あの頃の私は、臆病だった。小川さんが、まっすぐに気持ちを伝えてくれたのに、どうしても本当のことを言えなくて……」
思わず唇をかむ。
「他の誰でもない、小川さんには、本当のことを言うべきだった。その勇気が持てなかったばかりに、私は小川さんを傷つけて、私自身もずっと後悔することになっちゃって……」
私は頭を下げ、「本当にごめんなさい」と言った。
「ううん、いいの」
小川さんが、そっと私の手を取って言う。
「冴木君が、私のことを好きだって言ってくれて、うれしい」
にっこりと笑った小川さんの頬を、涙が一滴落ちる。
「じゃあね」とその場を離れようとする小川さんの手を握り返し、私は「あの!」と言った。
「もしよかったら、その……」
もじもじしながら、なんとか「これからも、友達でいてください」と言った。
小川さんは涙をぬぐうと、「ええ、よろこんで」と言って笑った。
拙著『ダンジョンメンタルクリニック』の、最新第4章の後日談です。
ぜひシリーズを合わせてご覧いただければと思います。
どうぞよろしくお願いいたします。