第六話
「サク、スーロン皇国に一緒に行こう」
ユージェニーが娼館『百花』に飛び込んできたのは王全試合の3週間後のことであった。
移動遊郭から町の娼館になった『百花』。最初は戸惑いも多かったが、女将の体調の件もあり、皆から歓迎された。旅の生活との違いにもすぐに慣れた。
サクは変わらず用心棒だが、あの騎士団一の騎士カーラに勝ったという事でサク目当ての客が来るようになった。ただ座敷に呼ばれるだけなのだが、今まで芸を売ることもなかったサクは座敷に慣れず、ストレスの日々であった。
そんな中、飛び込んできたのがユージェニーとお供のハロルドだった。
「ユージェニー様。城を抜け出して大丈夫なのですか」
「何、暗黙の了解がある。それで、サク。一緒に行こうではないか」
「はい?」
「外交について行けることになってから、スーロン皇国のことを調べたのだが、なんと皇族はサクと同じく棒術を使うらしいぞ」
「棒術を・・・」
「興味はないか?」
はっきり言って興味は無い。しかし、このストレスフルな生活から抜け出すのは魅力的だった。
「出発はいつでしたっけ?」
「うむ。1週間後だ。またサクを雇うぞ」
「・・・旦那と女将に聞いてみます」
「すぐ聞いてきてくれ」
王女のお供でまた雇われると話したら、即座に許可が出た。旦那は報奨金目当てだが、女将は最近のサクのストレスを感じ取っていたらしい。
「では、サク。1週間また城でハロルドから外交について学ぶぞ」
サクはまた城に寝泊まりすることになったのだった。
「スーロン皇国の皇帝はシェンメイ・スーロン七世陛下。女帝ですね」
「女性の皇帝なのですね」
「うむ。サクはスーロン皇国には行ったことはないのか?」
「ないですね。移動遊郭と言ってもこの大陸内をグルグル回っていただけなので」
「スーロン皇国は海の向こう側ですからね」
サクはユージェニーとハロルドからスーロン皇国の基礎を教わっていた。
「将軍が皇帝の弟君らしいのですが、あまり情報がありません」
「生まれついた順で皇位が決まるらしい」
「それで女帝なのですね」
三人が話していると侍女が来客を告げた。
「うむ。サクに紹介したい者が居てな。入ってくれ」
ユージェニーの許可で入ってきたのは一人の男性だった。
「サク、彼はスーロン皇国との外交の責任者のアーノルドだ。アーノルド、こちらが私の護衛のサクラだ」
「存じております。先日の王全試合は私も見ておりましたから。サクラ殿、アーノルドです。よろしく」
「サクラです。よろしくお願いいたします」
少し楽しそうに笑っているユージェニー。
「実はなサク。アーノルドはカーラの親戚なんだ」
「カーラ様の・・・」
「いや、親戚と言っても遠縁でして。私には武の才能がないので、血が繋がっているとは思えないほどですよ」
笑うアーノルド。
「カーラに勝ったほどの実力者がユージェニー様の護衛であれば安心です」
「精一杯、務めさせていただきます」
一通り挨拶をしてアーノルドは去って行った。
ユージェニーの訪問から1週間。船出の日となった。
「サクは船に乗るのは初めてか?」
「はい。ユージェニー様達は?」
「うむ。私はボートになら乗ったことはあるが、こんな大きな船は初めてだ!」
「私も初めてです」
「私も」
ユージェニーの執事、ハロルドとリカルドもこの旅に着いて来た。
「ユージェニー様、船長を紹介いたします」
アーノルドに呼ばれたユージェニーは船長に挨拶してくると去って行った。
船の上から海を見つめるサク。
「海・・・」
海を見た事はあったが、海の上に出るのは初めての経験だった。これから、どんなことが待ち受けているのだろう。スーロン皇国では何があるのだろう。凪いだ海からは何も読み取れなかった。