第三話
自分の一生のうちで王城に入ることになるとは思ってもみなかった。それも王女の部屋に通されるなんて考えてみたこともなかった。
「よく来たな。サクラ」
そう言って豪奢な部屋でサクを歓待したのは先日出会ったばかりのユージェニーだった。
「よく決心してくれたな。私は嬉しい」
「・・・報酬が魅力的だったんで」
「うむ。理由は何でも良い。王前試合は1週間後なのだが、わざわざ事前に来てもらったのは理由がある」
ユージェニーは背後に立ってる男性を紹介した。
「彼はリカルド。私のもう一人の執事だ」
「初めまして。リカルドよ」
・・・よ?
「すまんな。リカルドの話し方は独特だから気にしないでくれ」
「あ、はい」
「失礼しちゃうわ。でも、まあ磨けば光りそうじゃない」
サクに歩み寄ってマジマジと見つめるリカルド。
「サク、1週間も前にお前に来てもらったのは他でもない。お前を磨くためだ」
「・・・はあ」
「私も一応、王女だからな。みすぼらしい格好でお前を戦わせるわけにはいかない」
・・・一応、お城に行くという事でサクの一張羅を着てきたのだが、王女からすると合格点ではないらしい。
「また、最低限の礼儀も身に着けて貰わねばならん。そこでだ。リカルドに服飾関係を。ハロルドに礼儀を任せることにした」
「衣装は何となく思い浮かんだわ。問題はその顔の布ね」
サクの顔の半分を覆い隠している布を指さすリカルド。
「うむ。サクラ、良かったらその布を取ってはくれぬか」
「・・・ご無礼になります」
「許す。取ってくれ」
サクは顔から布を外した。
「なるほど。傷を隠すための布だったのね」
「はい」
「うむ。目立つ傷だな。だが、傷がある方が強く見えて良いのではないか」
無邪気に言うユージェニー。
「しかし、王前試合ともなると貴族の方もいらっしゃいます。傷を不快に思う方もいらっしゃるかもしれません」
「それに、サクラちゃんも女の子よ気にするでしょ?」
ハロルドとリカルドに宥められるユージェニー。
「私はどちらでも構いません」
「いや、二人の言う通りだ。リカルド、何か良い方法はないか?」
「カッコいい眼帯作っちゃうから。任せて」
そう言ってリカルドはサクに向かってウィンクした。
サクは城の末端の部屋を貸し出された。そして毎日ユージェニーの部屋でハロルドから礼儀作法を学んだ。リカルドの衣装は4日目に完成した。クリストフ王国の軍服に女性らしさを加えたというその衣装を最初に着た時のユージェニーの喜びようは凄かった。
「我が国の軍人のようだが、どちらかというと私の私兵だな」
滞在5日目に事件は起こった。なんと、第一王子がサクを見たいと言っているらしい。
「最低限の礼儀は身についているとハロルドが言っていたぞ」
「本当に最低限です」
「サクラ殿は覚えが早く、教師として嬉しい限りです」
「なら、兄上が訪問しても問題なかろう、ハロルド、是非にと言ってきてくれ」
「かしこまりました」
サクの意とは裏腹に、こうして第一王子の訪問は決まった。
「楽にしてくれてかまわない。私が第一王子のウィリアム・ヴィ・クリストフだ。こちらが私の騎士で王前試合に出てくれるカーラ」
「カーラ・イワノフです。よろしく」
ユージェニーの部屋を訪れたのは今年19歳になるという第一王子とその騎士である女性だった。
「カーラまで来たのか。兄上、こちらが私の雇ったサクラです」
「お初にお目にかかります。サクラと申します」
どうにか綺麗にお辞儀をするサク。
「妹の我が儘で迷惑をかけているという。すまないな」
「と、とんでもないことでございます」
あれ、これで敬語って良かったのかな。と不安になるサクであった。
王子やお王女と同じ席についてお茶を飲むなんて、味が分からない。それがサクの今の心境だ。一緒の席に着くことを辞退したのだが、第一王子の
「カーラを座らせてやりたい。君とカーラは同じような立場だろう」
という一言で着席が決まった。貴族出身の騎士と遊郭の用心棒が同じ立場であるはず無いのだが、第一王子は自分をどこで雇われたと思っているのだろうか。
「それで、ユージェニーは彼女をどこで見つけ出したんだい」
「ふふふ。秘密ですよ兄上。でも彼女は大の男を一人でひっくり返すほど強いのは確かです」
・・・酔っぱらいのという形容詞を付けて欲しい。
「それは楽しみだ。カーラも騎士団一の強さを持っているから、良い勝負になるだろうな」
「はい。兄上」
この女性が騎士団の頂点なのか。思わずと言った様子でカーラを見つめるサク。
「何か?」
「いえ。失礼いたしました」
「気にすることは無い。私も女だからと侮られることが多かった。貴女も苦労してきたのだろう」
「いいえ。そんなこと・・・」
「君と手合わせできることを楽しみにしている」
味のしないお茶会はどうにか終わった。
「まさか兄上がカーラを連れてくるとはな。完璧にけん制しに来た」
「そうなのですか」
「今まで遊びの御前試合で兄上がカーラを出したことは無い。今回は本気という事を私にアピールしに来たのだ」
思いっきりベットにダイブするユージェニー。
「ああもう。でも、サクラならきっと勝てる!」
「・・・恐れ入ります」
勝てる気はしないが、あの女性と戦ってみたい。カーラの凛とした佇まいを思い出して、そう思うサクだった。