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第二話

 サクが奥のテントに入ると、旦那と女将が下座に、少女と男が上座に座っていた。

「サクラ、お座りなさい」

サクは女将の隣へと腰を下ろした。

「ウチのサクラを雇いたいとおしゃっていましたが、どういうことでしょうか」

「うむ。しっかり説明しないとな。雇用主として当然のことだ。」


 そう言って、少女はいきなり立ち上がった。かと思うと優雅に一礼した。

「私はこの国の第三王女。ユージェニー・ラ・クリストフである」


 男が頭を抱えた。サクはその様子を見て、それが本当のことなんだと思った。

「お、王女様がこんな町はずれの遊郭に来るわけがねぇ・・・無いでしょう」

旦那が思わず敬語になりながら反論した。

「うむ。そのことも話そう。あ、ちなみにこの者は私の執事のハロルドだ」

男を紹介した少女・・・王女様は改めて座った。


「さて、何から話すかな」

王女曰く、クリストフ王国には3人の王子と5人の王女がおり、母は違えど特に波風なく平穏に過ごしてきたらしい。そんな兄弟、王子たちのの間で流行っているのが御前試合だそうだ。自分の私兵や他国からの傭兵などを雇って戦わせる。そんなことを一月に一度ほど繰り広げていたらしい。

「そのことを父である王が咎めてな」

だが、ただ止めろというつもりでもなかった。曰く、王全試合を行えと。

「父も武勇が好きなのだ。本当は兄上たちを羨んでいたのやもしれぬ。そして勝ったものには褒美を授けるとおっしゃった」

王は王子たちに願い事を叶えてやると言ったらしい。

「それを兄上に聞いてな。私も参加することにしたのだ。なに、心配はいらぬ。父にも許可は貰った」

そこまで語った王女はサクの方を向いた。

「私は決めたぞ。お前を雇って王前試合に挑むと!!」


 その場が静まり返ったのは当たり前だとサクは思った。

「あの、王女様。サクラは用心棒ですが酔っぱらいや獣の相手しかしてきてないのですよ」

女将が思わずと言った様子で王女に言った。

「うむ。先ほども酔っぱらった男を倒していたな」

「はい。ですが、流石に王前試合などは・・・」

王女以外のものが思っていたことだ。酒場の用心棒の方がまだ喧嘩慣れしているかもしれない。

「だが、私が気に入ったのだ。私の目に狂いはない。それなりの報酬で雇わせてもらうぞ?」

「そう、おっしゃられても・・・ねぇサクラ」

「ああ」

思わず女将とサクが顔を見合わせる。

「うむ。考える時間が必要という事か。分かった。明日、また聞きに来るぞ」

「明日!?ユージェニー様、明日もお城を抜けられるとお思いですか!?」

「なら、ハロルド。お前がここに来て返事を貰え。良き返事を期待している」

そう言って王女はニッコリと笑った。


 嵐の様だった。サクは一人で夜空を見つめていた。女将はサクの好きにすると良いと言ってくれたが、サクは断るつもりだった。自分は試合に勝てるほど強くない。棒術だって一時期、遊郭の用心棒に雇われていた男に教わっただけだ。

「・・・お遊びみたいなものだったしな」

一人つぶやいていると、誰かがサクに近づいてきた。

「サク」

「旦那。こんな夜中に珍しい」

近づいてきたのは旦那だった。

「あのよう。さっきの王女様の話なんだがな・・・」

「うん」

「引き受けちゃくれないか」

「え?」

旦那がポリポリと頭を掻く。話しづらい話をするときの癖だった。

「あの王女様、それなりの報酬を出すって」

「言ってた」

「その報酬がな。欲しいんだよ」

「・・・この遊郭はそんなに金に困ってたっけ?」

用心棒の他に会計の手伝いもしているサクからすると、そんなことは無かった。

「いや、そのな・・・お前にだけは話すか。いいか。他の奴に言うんじゃないぞ」

「何?」

「その・・・女将がな、最近、夜になると咳き込むんだ。苦しそうに」

「女将が?」

初耳だった。サクは健康な女将しか見たこと無かった。

「町の医者に見せてやりたいんだよ。だが、医者もピンキリだろ。良い医者に見せるには金がかかる」

「うん」

「別に負けたって構わんだろ。ただ、ちょっと戦うふりをすりゃあ良い」

「・・・うん」

「頼む。この通りだ」

そう言って旦那はサクに頭を下げた。


 この遊郭の者の多くはサクラをサクと呼ぶ。サクラ自身もサクと名乗る。それは、この旦那がサクと呼ぶからだ。傷があって咲けない花。サクラじゃもったいない。だからサク。子供の頃はゴクツブシとも言われた。用心棒の真似事をするようになってから、やっとサクの存在を認め始めた人だ。そんな人がサクに頭を下げている。


「分かった」

「サク」

「雇われるよ。あの王女様に」

「ありがてえ。ありがてえ」

「冷えるからテントに戻りなよ」


 翌日の夜、ハロルドと呼ばれていた執事が遊郭を訪れた。

「はっきり申し上げて、私は反対です。もっと身元がしっかりした傭兵を雇うべきだと思っております。しかし、ユージェニー様は貴女を気に入ったと言ってきかないのです」

「そうか」

「断って頂きたいのは山々ですが、答えをお聞きいたします」

「ああ、雇われてやる」

「・・・そうですか。ユージェニー様にお伝えします。きっと喜ばれますよ」

「その代わり、報酬はよろしく頼む」

「もちろんです。では」

ハロルドは帰って行った。


 これから先どうなるのだろう。相棒の棒を軽く振る。ブンっと音がする。

「やってみるだけ、やってみるかな」


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