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第一話

 月のない夜だった。

エーーーーーン エーーーーーン


「この辺りから聞こえたね」

と女が茂みの方へ入っていくと後ろから男が声をかけた。

「なあ、お前止めようぜ。先月も赤子を拾ったばかりじゃないか。俺らしがない旅の者。これ以上、食い扶持を増やすことは出来ねぇ」

「何言ってんだい。聞こえたからには皆気になっているさ。それに今ならユリがお乳をやれるからね。おや、やっぱりいた・・・この子、ケガしているよ」

女が茂みから拾い上げたのは、これでもかと泣く赤子だった。左目にケガをした・・・。

「獣にでも襲われたのかね。可哀想に」

「ケガだぁ。そんじゃ、大人になって芸を売るのは無理じゃねぇか。割に合わねぇから捨てとけ」

「お前さん。いい加減にしな。みんな身を寄せ合って生きてきたろう。この子を見捨てて良いはずがないよ」

女の一括で男は不満そうながらも口を閉じた。

「名前は何にしようかね。先月、拾った子はモモだから・・・お前はサクラにしよう」

腕の中で泣く赤子に語り掛けるように女が言った。

「芸も売れそうにないのに花の名なんかつけるなよ・・・サクで十分だ」

男の精一杯の皮肉であった。


 そうして私は拾われた。


「サク!タチバナのテントの客が酔って暴れて手が付けられねぇ。こうなったら金払って帰ってもらえ」

「分かった」

 傍らに立てかけてあった棒を持って、サクはテントを出た。


 サクはこの移動遊郭の用心棒だ。一つにまとめられた黒髪に顔の左側を布で隠した16歳の少女だ。右目はアイスブルーで彼女が睨むだけで大人しくなって帰る客もあった。

 タチバナと呼ばれる遊女の部屋に近づくと騒ぎを気にしてか周りの客や遊女も他のテントから外へ出てきていた。

「なんだ、俺にはもう酒は飲ませねえってのか」

そんな怒鳴り声が外まで響いてくる。サクは怯えもせずにテントに近づいて扉を開けた。

「タチバナの姉さん。失礼するよ」

サクが入ると中に居た客が振り返った。

「何だお前は」

「お客さん。そんなに騒がれたら迷惑だ。飲み食いした金だけ払って、さっさと帰ってくんな」

「なんだと」

「ウチは客を選ぶんでね」

「テメェ」

そういって殴りかかってきた男をヒラリと躱す。男は勢いのままテントの外へ出て行った。

「これ以上、暴れんならこっちもただじゃ置かないよ。金払って帰れ」

「ウルセエ」

完璧に酔っ払いだ。それも面倒な部類の。まあ、サクが呼ばれるという事は面倒事。ただの酔っぱらいなら客あしらいの上手い姉さん達でどうにでもなる。

サクは男のフラフラな足元に棒を一閃させた。ドタッと男がひっくり返る。

「ただじゃ置かないって言ったろう」

そう言って男を見下ろす。その眼光に怖気づいたのか、男は酔いが覚めたようだ。

「男衆!!お勘定だよ」

そう言って、男衆を呼びつけたサクはテントに戻ろうとした。


 その腕をつかまれた。


「お前、私のために戦わないか?」


 サクの腕を掴んでいたのは、年の頃なら12、3歳の女の子だった。金髪碧眼の少女。悪い言葉で言えば上玉だった。

「良い条件で雇ってやるぞ。どうだ?」

サクは驚いて少し固まっていた。移動遊郭に見かけない少女が居る。客が連れてきた子供か?芸だけを求める客もいる。そんな客が連れてきたのだろうか・・・。

「なあ、どうだ」

「どうって、お嬢ちゃん。どのテントから・・・」

「ジェニーお嬢様!!」

テントの合間を駆け抜けて一人の男が駆け寄ってきた。

「ハロルド!私はこの者を雇おうと思う」

「はい?何をおっしゃっているのですか」

「もう決めた。気に入った」

「それより、こんなところに来てはいけません。ここ、遊郭ですよ」

「知っている」

走ってきた男と少女のやり取りは終わりそうにない。

「あー。お嬢さん。客じゃないなら帰ってくんな」

「だから、お前を雇いたいんだ」

「雇うって、お嬢さん。私は遊郭の用心棒だよ」

「そんなことは、先ほどの様子を見れば分かる。男をひっくり返してたな」

「酔っぱらいのね」

「かっこよかったぞ」

「それはどうも。お兄さん、このお嬢さんの保護者かい?帰って欲しいんだけど・・・」


「なんだい?騒ぎは収まったんじゃないのかい?」

そう言って一人の女性が出てきた。

「女将。すみません。酔っぱらいは追い返したんですが・・・」

「女将とな?お前の上司か」

そう言って少女が女将の前に進み出た。

「女将とやら、私はこの者を雇いたいのだがどうだろう。それなりの額は出す」

「はい?」

女将も面食らっている。

「ジェニーお嬢様。用心棒・・・それも遊郭の用心棒ですよ。これでは勝てません。予定通り、傭兵の紹介所へ・・・」

「いや、この者が良い」

少女は引かない。


 そんな少女を見た女将は何かを納得した様だった。

「なにか事情があるご様子。奥のテントでお話ししましょう。サクラ、貴女もいらっしゃい」

女将が少女を奥のテントへと導く。少女は意気揚々と着いて行く。

「お、お嬢様」

男も慌てて着いて行く。

「・・・・・」

周りのやじ馬たちの視線が痛い。サクは周りに一礼して奥のテントへ走って行った。


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