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父子での久々のディナー後。馴染みのレストランの前で別れた私は、ふと思い立ち子供達の住居へ足を向けた。
識別番号のみの四階建てマンションは、元々マンスリーの賃貸物件として建設された。しかし完成前に、施工主が謎の失踪。置き手紙の意向に従い、雇用関係にあったビ・ジェイ君が紹介してくれた次第だ。丁度三人の専用の住まいを探していた私にとって、その提案は渡りに舟だった。
ワインで火照る身体が程良く冷えた頃、エントランス前に到着。そこで意外にも、仲介者本人と出くわした。
「おや、ビ・ジェイ君」「!?ああ……あなたか」
景観用に植えられた楓の下。刈り込まれたばかりの茂みを覗き込む弁護士は私を認め、バツが悪そうに小さく肩を竦めた。
「どうしたんだい、こんな所で?落とし物なら手伝うが」
「いや。別に落としてはいない」
服装は先程別れた時と同じ。しかし玄関ランプが照らす細身は、昼間より一層華奢に見えた。
(ふむ、顔色が余り良くないな。きちんと食べているのだろうか?)
彼女はメアリーの内科医時代の元患者だ。主たっての推薦と言う事もあり、ノンキャリアながらも『ホーム』の内情を包み隠さず伝えていた。
―――口だけは滅法固いからな、あいつは。美人だし、あとは笑いでもすれば最高だ。
女主人の言葉通り、弁護士はある種不気味な程我々の異能に対して無頓着だった。流石に楽観はしていない。だが私の見る限り、現在その興味は愛息にしかないようだ。
「しかし何か探しているのだろう。力になれるかもしれない。良ければ話してくれないかい?」
「……ミトを」
「ミト君?」
分別ある成人男性が、こんな遅くに街をうろついている?そう疑問に思った瞬間、しまったと言いたげに青目を見開く。
「いや、忘れてくれ。もう帰る」くるっ。「では、また」
「あ、ああ。気を付けて帰るんだよ」
生徒達に向けるのと同じトーンで注意し、細い背中を見送った。
(ううむ……何だったんだ、今のは)
ミト君とは数年前、彼の中学時代に二人の自宅で会ったきりだ。養親と対照的に快活で話好きな少年だったが、身元は不明。引き取った弁護士も、その件に関しては頑なに発言を拒んでいた。
(いや。そもそもビ・ジェイ君の出自でさえ、未だ私達の誰一人として知らないんだったな)
唯一知っている推薦人のメアリーは獄中。とても尋ねられる状態ではない。ただ、
―――コンラッド。もしもあいつに何かあった時は、私の寝室に置いてある箱を開けろ。ま、無いに越した事は無いがな。
何時に無く真剣な眼差しを回想する。あれは果たしてどう言う意味だったのか。
(今度、それとなく自宅を訪ねてみるか……)
雇用契約を結んではいるが、彼女も又私のれっきとした友人だ。偶には手土産持参でゆっくり語り合うのも悪くない。
気を取り直し、出入口のカードリーダーにIDカードを翳す。開いた自動ドアからエントランスへ入り、奥のエレベーターで四階へ。
このマンションは全部で四十室あるが、現在使用中なのは僅か三室。物置等好きに使いなさいと入居時に言ったのだが、目下誰も二部屋目に手を付ける気は無いらしい。
昇降機が到着した先は四階の中央部。マンションの売りの一つ、大型キッチン併設のシェアホールだ。
そこで各々就寝までの時を過ごす住人達に挨拶しようと、ドアが開くタイミングに合わせ片手を挙げた所。すぐ傍で膨れっ面をするジョシュアと対面した。