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「ところで桜。今朝のニュースのUMAについて、生徒達から何か聞いていないかい?」
保健室には彼女目当ての女子達もよく出入りしている。噂の一つや二つ、仕入れていてもおかしくはない。
すると“緑”は首を傾げた後、少し言い辛そうに口元へ手をやった。
「それって狐の頭をした、豹みたいな生き物の事ですよね……?彼でしたら、既に複数の生徒が遭遇したらしいですよ。お手をさせたり、餌付けに成功した子もいるとか」
「学校の近くで、か?おいおい、居ついたらどうするつもりだ。その内弾みで噛まれても知らんぞ」
「え?いえ、アダム。『あの子』はとても大人しいし、人に危害を加えたりなんて―――あ」
己が失言に気付き、耳まで真っ赤にする保健医。その様子をニヤニヤと眺めた後、早速専門家は質問を開始する。
「ほほぅ。まずは何処で遭遇した?そもそも最近の話か?」
「いいえ。私が会ったのは数年前、しかも別の星でよ。だから同じ個体かどうかも分からないのだけど……」
「鵺って宇宙船乗れるの?それとも密輸かなあ」
「ヌエ?―――ああ、成程。確かに名前が無いと不便よね。生徒達は適当に狐ちゃんとか呼んでいたけど」
納得の頷き。
「仮に合成獣だとすると、継ぎ目や手術の痕はあったかい?」
「……間近で見ましたけど、特に無かったと思います。生徒達からの目撃談でも、特にそんな話出てきませんでしたし」
ふむ。どうやら人工生物説は消して良さそうだ。
「鳴き声は?」
「私が聞いたのは『みゃあみゃあ』って、猫に似た声だったわ。でも話に因っては『ワンワン』とか『コーン』とか複数あるみたい」
「チッ、何だそりゃ……まるでわざと特定されないようにしてるみてえじゃねえか」
「ま、取り敢えず見た目はほぼ哺乳類でOKかな、目撃者さん?」
ちゅー。吸引力で内側から紙パックを潰す“紫”。
「そうね。雌雄までは生憎分からなかったけれど」
「ふーん。でも動物博士、事典類はトーゼン全部暗記しているんでしょ?」
「記載されているならとっくに言ってるさ。―――そうだ、桜。さっき餌付けがどうとか言ってたな。餓鬼共は奴にどんな物を与えたんだ?」
「結構色々実験したみたいよ。まず草や昆虫、キャットフードには見向きもしなかったらしいわ。逆に餡まんや鶏の唐揚、オレンジゼリーに……カロリーメイトも好物みたい。あげた途端に物凄い勢いで食べていたから」
おいおい……。回答を聞き、専門家は頭を抱えて呻く。
「んな添加物塗れの物ばっか好むとか、本能が狂ってるとしか思えんぞ」
「と言うか、寧ろ鵺は僕等に近い味覚と嗅覚持ち?」
「ん?ああ、言われてみれば」
その時、ふと頭に浮かんだあるアイデア。半信半疑に思いつつ、物は試しと口に出してみる。
「―――キャリア、かもね」「え?」「は?」「何だって??」
「野生動物特有の凶暴さが見受けられず、且つ自然界には存在しない種。つまりは」
「僕等と同じ、稀少ウイルスに因る突然変異の人間―――か。わー、とっても面白い仮説だね、オジサン!」
ぱちぱちぱち。
「久々に興味出てきちゃった。そうだ、僕等も捜しに行こうよ!本物のキャリアなら、保健所の連中より先に保護しなきゃ」
「止めとけ、まだ確定でも無えだろ。大体、お前みたいな薄気味悪ぃ餓鬼、向こうだって警戒するに決まってる」
「ちぇー」
「でも、もしもまた会えるなら……いえ、ごめんなさい」
吐息混じりの囁きが室内に拡散した瞬間、キーンコーンカーンコーン、五限目終了のチャイムが鳴る。その音を合図に子供達が退席を告げ、書類仕事を残す私は穏やかに彼等を見送った。