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髪をミニタオルで拭いつつ、ダイニングへの扉を開く。途端、焼き立てパンの香ばしい匂いが鼻腔を擽った。テーブルの端にはコーヒーメーカーが、中央にはポップアップトースターが出ていた。
ホットコーヒーを揃いのマグカップに注いでいるのは、誰であろう先程別れたばかりの息子だ。片方を私の席へ置いた彼は、タイマー起動中のトースターを指差した。
「食パンの賞味期限、昨日までだったぞ。つー訳で俺も食って行っていいよな?」
「ああ。今塗る物を取って来るから、お前は座っていなさい」
キッチンへ赴き、冷蔵庫からバターと苺ジャムを取り出す。ふむ、昨日帰宅途中に買った野菜キッシュか。丁度二つあるし、これも食べさせよう。
ダイニングに帰還すると、ブラックを啜りながら息子は目の前のパン焼き機を眺めていた。
「にしてもまだ使えるんだな、このトースター。俺が餓鬼の頃からずっとこれだろ?よく壊れないな、と」
ポンッ!飛び出した二枚のトーストは、いつも通り見事な狐色だ。むんずと片方を掴んだロウは、早速バターを塗って頬張り始める。
「お前が準備してくれるなんて久し振りだな。では、私も早速頂こうか」
残る二枚をトースターに掛けてから(何だかんだで四枚も残っていたのか。冷凍しておけば良かった)、ジャムとバターを左右半分ずつに塗布。一方、先に食べ終わった息子は、徐にテレビのリモコンへ手を掛けた。
数ヶ月振りに親子でニュース番組を眺めつつ、トーストの合間にコーヒーで口直し。続いてキッシュをフォークで切り分け、口元に運ぶ。練り込まれた人参と法連草に舌鼓を打っていると、白字で『UMA出没?』と言うタイトルが流れた。
ニュースに因ると最近、我が街に奇妙な生物が出没しているらしい。頭部は狐、身体は豹。前脚の肉球からは十センチ近い爪が生え、尾の先端は金属質で蠍の如き毒針になっているそうだ。体長は約一メートル、体重は推定で十~十五キロ。大型犬と同程度の大きさだ。
コメンテーターの示したフリップの想像図は、御世辞にも上手とは言えない出来だった。目は逆三角形に吊り上がり、裂けた口からは鋭い牙と、中々に凶暴な姿。流石に実物はもっと可愛いのではなかろうか。
続く目撃者の証言では、性格は至って温厚らしい。特に人的被害も無く、現時点ではあくまでも珍獣止まりだ。ただ保健所が捜索しているので、見かけたら下記番号に通報を、とテロップが出てコーナーは終了。
「UMAねえ。捕まえたら謝礼とか貰えんのかな。てか、そもそも一頭か?」
「さぁ、どうだろうね」
新種でなければ合成獣、所謂キメラだろうか?メアリーは理論上作成可能だと言っていたが……ふむ、あとでうちの専門家にでも訊いてみるか。
そう思いながらキッシュを手掴みで頬張る息子に先んじ、二枚目のトーストに手を伸ばした。