3
頬への鋭い痛みが走った瞬間、意識が覚醒。目を白黒させる私に、殴った拳を固めた人物がベッドの隣で口を開いた。
「おい、また例の夢か?凄え悲鳴上げてたけど大丈夫かよ、親父」
鼠色の癖髪の少年の名は、ロウ・ダイアン。絶賛家出中の一人息子だ。
「あ、あぁ……ありがとう、ロウ。助かったよ」
腕を伸ばし、七時にセットしてあった目覚まし時計のタイマーをオフ。それから被っていたナイトキャップを脱ぎ、感謝を述べた。
「礼なんて言われる筋合い無えよ。結局殴り起こしたし」バリバリ。「取り敢えずシャワー浴びて来いよ。酷え汗だぞ?」
提案者の小脇に挟まれた、三冊の漫画本。私の視線に気付きサッ!と隠す。
「た、偶々こいつを取りに来ただけだぞ。別についでだから手前の顔でも拝んでおこうとか、んな気色悪い理由じゃねえからな!」
「あぁ、そうだね」
「だからニヤニヤすんな!!」
ベッドから出ると息子の言う通り、寝巻きはぐっしょりと濡れていた。体内に生息する稀少ウイルス“ゴールデン・アガペー(黄金への愛)”の効果で、一部は既に砂金と変化していた。シーツの上も所々キラキラ輝いている。登校前に軽く粘着シートを掛けておかないと。
憤慨する息子を残し、廊下からバスルームへ。全身に打ち付ける熱湯が、まだ少しぼんやりしていた意識を覚醒させる。そして特注の排水溝へ、残らず黄金を洗い流してくれた。
(成程……自発的かはともかく、良い兆候だ)
息子達の中庭での集会の件は、桜達に教えられるまでもなく知っていた。
元々昼休みに限らず、一日二、三十分は校内散策を兼ねて生徒達との交流に充てている。自分自身通学経験が皆無なので、勉強を怠らない内に自然とそう習慣付いた。校長や教頭達からは不思議がられているが、下の教員達には風通しが良いと好評なようだ。
―――でさ、そのタレントが可笑しいったらねえの!
―――え、そうだったっけ?
―――面白かったよ!もう、ハイネ君は相変わらず笑いの沸点が高いんだから。
参加メンバーは毎回同じ。義息と、息子のクラスメイトで転校生のハイネ・レヴィアタ君。それに我が主メアリー・レイテッドの一人娘、中等部音楽担当兼声楽部顧問のキュー。最後にキューの飼う白猫、ミーコ嬢の計三人一匹だ。
閉鎖的コミュニティながら、遠巻きに眺める息子は実に生き生きとしている。転校以前とは雲泥の差だ。担任として着かせたアダムの話では、最近体育以外の授業はボツボツながら出席しているらしい。勿論、何だかんだとサポート役を使いながらだそうだが。
身体を拭き清めた使用済みタオルを、着ていたパジャマごと脱衣所隅の洗濯乾燥機へ放り込む。こちらもバスルーム同様の特注品で、分離させた砂金が専用のホルダーに溜まっていく仕組みだ。こうしたオプションは工場勤務者に必要とされているそうで、特に不審がられず購入出来た。勿論、しっかり者のメイドの値切り交渉を経て、だ。
(生憎、男寡の身では週に二度も回さないが……いつもありがとう、ランファ)
天国の家族に今日も感謝しながら、全自動モードのスイッチを押した。