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「コンラッド、さん……」
ああ、久し振りにこの夢か。尤も私にとっては現実世界こそ、妙なる幸の夢に違いないのだが。
夢の世界の時刻は深夜。私は『ホーム』の中庭、薔薇園の前に倒れたランファ・ダイアンの上半身を抱え起こす。不運な病魔に冒されたメイドの身体は、夜気を受けて既に冷たくなり始めている。不可視の死神は正に今、確実に彼女の足先まで迫っていた。
私同様『ホーム』の忠実な従僕は、あぁ……、苦悶の表情で言葉を紡ぐ。
「私、何て事を……!ロウ、ロウ……何処にいってしまったの……?私、あの子に謝らないと……!!」
「落ち着くんだ、ランファ」
私達の養子は現在、メイドの寝室で就寝中だ。加え、これが明晰夢と知る私には分かる。今から彼を起こしに行った所で手遅れだ、と……。
触れただけで折れかねない肩を擦ると、彼女は最後の力を振り絞り、半ば喘ぐように叫んだ。
「重荷を背負わせるつもりなんて無かったのに……!あの子だけはせめて、普通の幸せを………あぁ、御免ね…………ロウ……」
三日月へと伸ばされた腕がパタッ、芝生に落ちる。絶叫しかけた瞬間、フッ。腕に抱く筈のパートナーと、何時の間にか彼女に縋り付いていた息子が、背景の『ホーム』と共に猛スピードで私から離れて行く。
「待ってくれ、ランファ!ロウ!?」二人を追い掛けようと立ち上がりかけた瞬間、ガチャッ。右脚から厭な金属音が鳴った。「!!!?まさか……嘘だ……」
恐る恐る振り返る。まだ細くひ弱な足首には、内側の成長に因り幾分歪んだ枷が嵌っていた。その先を追い顔を上げると、暗闇から無骨な鉄格子が浮かび上がる。
あっはっはは!背後から木霊する二重の汚らしい哄笑に、全身からドッ!と絶望が噴き出す。
「厭、だ……」
だが、振り返らずにはいられない。明らかに軽くなった頭部を動かし、拒絶と恐怖を以って元凶を確認する。
囚われた檻の約十メートル先。煌々と燭台の灯った光の世界で、実の父母は円卓に山と並んだ御馳走に舌鼓を打っている。その殆どは与えられるどころか、名すら知らない料理だ。揃って豚の如く肥えた彼等は醜悪を通り越し、顔付きも相俟ってグロテスクでさえあった。
(ああ……そう、だったのか)
薄々恐れていた通り、夢は覚めてしまったのだ。大切な家族達も、素敵な教師や生徒達も、所詮は錯乱最中の精神の作り出した泡沫でしか、
「あ、あああああぁ……!!!」
希望さえ知らなければこの理不尽な監獄でも、辛うじて一生を終えられただろう。しかし、最早不可能だ。一分一秒すら堪えられない!!
「出せ!!ここから私を出せ、この畜生共!!!」
仮令、師との修行の一切を身体が忘れ去っていても構わない。刺し違えても奴等を縊り殺し、私は自由になってやる!!
金の雌鳥の上げる絶叫に、豚共が如何にも五月蝿げに振り向く。二匹はひそひそと相談し、亀より鈍重な動作でこちらへ近付いて来た。
(そうだ、早くこっちへ来るんだ……)
檻の中に落ちていたスプーンを右掌へ握り込み、後ろ手に隠しながら私は臨戦態勢に入る。
(さあ、さあ、来い―――!!)
チャンスは一度きり。全身に緊張を漲らせ、狩るべき獲物達の到着を待っ、
ガンッ!「ぐっ!?」