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※この話は『花十篇 カーネーション』の続篇です。
前作のネタバレが多分に含まれますので、先にそちらを御一読頂けると助かります。
また、『前十篇』シリーズはオムニバス形式の作品です。
読む目安は、赤→灰→緑・蒼・白・黄→金→イレイザー・ケース→虹・黒となります。
可能であればその順番でお読み下さい。
「な………何なんだよ、手前は……!!!?」
湿気を含む、粘着質な闇の最中。虚勢と、それを覆い隠す恐怖に満ち満ちた、幼さの残る震え声が拡散する。
カチャッ、パチン。小窓から差し込む人工光に照らされる、折り畳み式ナイフを構えた哀れな生贄の姿。思春期らしく悩みがあるのだろうか、緑の眼の下には隈が出来ていた。
「どけ!こいつをドテっ腹にブッ刺されたくなかったらな!!」
ヒステリックな未成年者からの要求に、相手の“翡翠蒐集家”は軽く肩を竦めた。また外れか、唇のみでそう呟きながら。
「あぁ!?」
ドンッ!握り込んだ拳が鳩尾を突く。冷静に半歩退いて回避するが、動転し切った加害者は当たったと勘違いしているようだ。仕方ない。えづくフリをしてやる。
「はっ!何だよ、意外と弱えな……おい、金出しな」
形勢逆転と誤認したまま、完全に上から目線で命令する少年。元は追跡した自分が悪いとは言え、困った物だ。
取り敢えず相手の良心に一縷の望みを賭け、降伏の演技を続行してみる。が、身の程知らずの恐喝者に鋭く舌を打たせたのみだった。
「手前、自分の立場分かってんのか?警察で洗い浚い喋ってやってもいいんだぜ、こっちは」
万国共通の脅迫。この類の台詞はテンプレ、と言うんだったか。『あれ』から教わった外つ国の言葉の一つだ。
ガンッ!蹴飛ばされた太腿に走る衝撃。どうも自覚以上に追憶に浸っていたらしい。さて。この場合、痛がってでもやれば満足するか?
わざと片膝を着く鼻先に、少年は刃物の切っ先を突き付けた。白痴にも等しい無様な構えだ。目を瞑っていても避けられる。
だが幸か不幸か、思慮の時間は即終わりを告げた。脅迫者が文字通り命取りの発言をしたせいで。
「これ以上痛い目見たくなきゃ、とっとと有り金出しやがれ!この―――『最低』の変態野郎が!!」
ぷつっ……脳内で糸の切れる音が鳴り響く。
次こそ、今度こそは。綺麗事は所詮詭弁に過ぎない。自制など徒労で―――己は、とうに狂い切っているのだから。
鼻先の凶器を無視し立ち上がる獲物に、不良は一瞬目を剥く。が、年齢相応の無謀さか。逃亡の唯一のチャンスを自ら潰しに掛かった。
「おい!?勝手に立ち上がるな、このショタコン野郎!!」「……テイじゃない………」「は?」
矢張り今回も無理だった。凡そ教育のなっていない糞餓鬼、加えて人違いだったと言うのに。
(済まない、―――……俺はつくづく情けない男だ……)
心中で追憶に詫びを入れつつ、“翡翠蒐集家”は所持していた革鞄を開く。そして鬼気迫る形相で―――己が手に馴染む、使い慣れた道具を振り被った。
「謝れ!俺は、最低じゃない!!!!!」「うわああああっっっっっ!!!!」