第一章 帰郷 3
「遅かったか……」
貧民街の路地裏。
そこに光神教会の司祭と思われる初老の男性の遺体があった。
複数の刃物で何度も刺されたようで、倒れている地面には逆さの五芒星が血によって描かれている。
冥神教団のシンボルマークにして、オスクロを示すマークでもある。
冥神教団の教徒の姿はすでにない。
彼らは教徒として活動するとき、赤いローブを身に着ける。深く被っているフードには逆さの五芒星が描かれており、一目で教徒だとわかる。
「ここらへんは入り組んでる。教徒どもの思うつぼか……」
初めてここらへんに入った人間は城を目指しても城にはたどり着けない。
迷ったところを狩られているのが今の状況だろうな。
「さて、どう探す……?」
騒ぎでも起こしてこっちに呼び寄せてみるか。
それとも勘を頼りに探すか?
二つの選択肢が頭をよぎるが。
すぐに第三の選択肢が浮上してきた。
「足音……しかも大量に」
集団で走る足音がある。
その集団の先にまた足音。それは二人だ。
状況的にその二人を集団が追っていると見るべきだろうな。
「当たりだといいんだが」
聖女が追われているとは限らないけど、追われていることは確かだ。
手がかりもなく聖女を探すより、追われている二人を助けて情報を聞いたほうが早いな。
すぐに判断を下し、一気に足音の方向へ向かう。
屋根から屋根を飛び、上から見ているとすぐに赤いローブの集団を見つけた。
「ビンゴか」
数は十数人。
かなりの速度で走っている。
冥神教団の教徒だ。
どいつもこいつもイカれた狂信者たちで、生贄をささげるためには自分の命すら簡単に投げ出す。それが十数人もいるってだけで脅威だ。
どの国からもテロリスト認定されている奴らだが、一国の王都で派手に動くなんてことはこれまでなかった。
「やっぱり聖女狙いか」
それか、辻斬りが仲間に加わったことで調子づいたか。
どっちもの可能性もあるな。
とにかく今は追われている奴を助けるか。
先を見れば、神官服の女性と小さな女の子が走っていた。
女性は長い杖を持っており、腰まである金髪を揺らしている。
一生懸命に走っているようだが、子供を連れているせいで後ろを走る冥神教徒との距離は縮まっている。
長くはもたないな。
「しかも行き止まりかよ……」
二人の行く先は行き止まりだった。
俺の記憶ではそこは行き止まりではなかった道だ。新しくできた建物で塞がれたようだ。
城の近くに出る道だった。
ティアナを案内したときにも使った道だ。
「まさかな……」
やめてくれ、と思いながら首を横に振る。
四年前に聖女付きの神官だからといって、今もそうとは限らない。
ティアナは来ていない可能性だって十分にある。
けれど、あの後ろ姿には妙に見覚えを感じる。
しかも、俺が教えた道を使っているし。
偶然が重なりすぎている。
どんな確率だよ。
ありえない。
ありえないが。
「あの金髪はそれっぽいんだよなぁ」
遠目だからよくわからないが、共通点はある。
顔を見るか、声でも聞ければ確信できるんだけど。
そんなことを思っていると。
女性だけが足を止めて、冥神教徒に向き合った。
女の子は近くの荷物に乗って、屋根に登ろうとしている。
時間を稼ぐために囮になったということだ。
俺の記憶にある少女なら当然のように取りそうな行動だ。
自然と足に力が入った。
加減せず、屋根を吹き飛ばしながら全力で向かう。
予感があった。
彼女だ、という。
「追い駆けっこは終わりか? 女神ルシアの神官さん」
「俺たちの来世のために生贄になってもらうぜ」
「あんたみたいな美人なら冥神オスクロも喜ぶはずだぜ」
冥神教徒の声が聞こえてきた。
それに応じる形で女性が杖を構えた。
「神は生贄など求めません。あなた方の行動は自己満足であり、現実逃避です。きっとオスクロ神も迷惑がっていることでしょう」
聞き覚えのある声による皮肉を聞いて、思わず笑みがこぼれた。
相変わらずはっきり物を言う。
「ふん。女神の奴隷に言われたくはない。大人しく冥神への供物となるがいい!」
冥神教徒たちは女性の物言いに怒りを覚えたようで、反身の入った黒い短剣を取り出した。
冥神教徒たちに共通する武器〝黒爪〟だ。
しかし、俺の関心はそこにはなかった。
近づき、ようやく鮮明な姿が目に入る。
見えてきた姿で予感が確信に変わる。
俺の記憶にある少女は、想像以上に綺麗な女性に成長していた。
男なら間違いなく目を奪われ、心の弱い者ならすぐさま心も奪われてしまうだろう。
子供を庇い、杖を構える姿は女神のような神々しさすらあった。
ただ、冥神教徒にとって光神教会の聖職者は最高の生贄だ。
美しさに見惚れることもなく、神々しさにたじろぐこともなく、冥神教徒が襲い掛かる。
同時に俺も射程距離に入った。
「【ライトニング・十連】」
十の稲妻が迸り、冥神教徒に向かっていく。
その稲妻群を追い返す形で俺は飛び蹴りを仕掛けた。
体全体をウィンドで包んでの突進攻撃。
風迅脚だ。
助走が必要な技だが、それだけに威力は申し分ない。
先頭にいた冥神教徒の腹に蹴りが入り、纏う風の余波で近くにいた二人ごと真横に吹き飛んだ。
車にはねられたような勢いで吹き飛んだ三人は、家を突き破って、向こう側の道まで行ってしまった。
もうちょっと手加減するべきだったか。
家を壊してしまった。
まぁ、いいか。
ここらへんの人たちは避難済みだろうし。
「な、何者だ!? 我らの神聖な儀式を邪魔するとは!」
「あなたは……!?」
双方が俺の登場に反応する。
それに対して、俺はニヤリと笑って対応する。
「それは悪かったな。けど、彼女とはずっと前に待ち合わせの約束をしてるんだ。俺が先約だ。お帰り願おうか」
そう言ったと同時にライトニングが殺到する。
一人だけはとっさに避けたが、ほかの教徒がまともに食らってその場に倒れこむ。
殺す気で魔力を込めたんだが、倒れただけか。
着ているローブが特殊な魔道具という噂は本当みたいだな。大したタフさだ。
「このっ!」
残った一人が俺へ向かってくる。
なかなかのスピードだ。
けれど動きは拙い。
魔道具によって強化された身体能力任せってところか。
一般人や聖職者を狩るだけならそれで十分かもしれない。
けれど、俺は魔拳士だ。
「風鋼拳・十連」
十発のウィンドを拳に集中させ、俺はカウンターで突きを放つ。
その突きは冥神教徒の腹にクリーンヒットし、確実にローブの防御を貫いた。
何度も地面を跳ねながら冥神教徒は吹き飛んだ。
さすがにあいつは死んだかな。いや、ギリギリ生きてるかな。
そんなことを思っていると、ライトニングを食らって倒れていた奴らが起き上がり始めた。
雷系の魔法は体を痺れさせるから、まともに食らったらしばらくは立てないはずだけど。
俺が思っている以上にローブの性能は良いのかもしれない。
そうなると今の奴や最初に吹き飛ばした奴らも怪しいかな。
「きさま……我々の邪魔をした罪は重いぞ……必ず冥神から天罰が」
「あっそ。じゃあ首を長くして待っててやるよ。【フレイム・十連】」
これ以上活動されても困るが、かといてこいつらを捕縛するにも手が足りない。
殺してしまうのが手っ取り早いんだが、そうすると後ろにいる二人に十数人の虐殺シーンを見せることになってしまう。
こいつらを殺すことに躊躇いなんてないが、さすがに見なくてもいい虐殺を見せるのは気が引ける。
ということで足を焼くことにした。
ローブがいかに強力だろうと、すべてを覆っているわけじゃない。
かすかに見える足にフレイムをぶつけて焼いていく。
汚い悲鳴が聞こえるが、気にせずに遠くに吹き飛ばした奴を含めて、全員の両足を焼く。
「これで高度な回復魔法でもかけなきゃ一生、歩けないだろうし、自分たちの行為を悔いるんだな」
高度な回復魔法の使い手なんて一握りだ。
しかも報酬もバカ高い。下っ端の教徒には出せない金額だ。
ま、こいつらはこのあと、どうせ騎士団に捕縛される。
そしたら一生、牢獄だ。
歩くことの心配はする必要もないか。
「お姉ちゃん!!」
後ろから聞こえてきた声に振り返ると、屋根に登ろうとしていた少女が女性に抱き付いていた。
それを優しく抱きとめ、あやすように背中を叩いている。
「もう大丈夫ですよ。強い、強い拳士様が来てくれましたから」
そう言いながら、彼女は俺を見て笑う。
その笑みは昔と変わらない。
かつてこの場所で見た優しい笑みだった。
間違いない。
彼女はティアナだ。
その胸には、かつて渡した青いペンダントが光っている。
どうやら、またこいつが俺たちを引き合わせてくれたみたいだ。
「やぁ、久しぶり。ティアナ」
「はい。お久しぶりです。レオさん」
互いに名前を呼び、笑いあう。
四年間の空白は感じられない。
あの日からまったく時が経っていないようにすんなりと会話できた。
「お姉ちゃん、この人と知り合いなの?」
「ええ。大切なお友達ですよ」
まだ俺に警戒心を持っている女の子に対して、ティアナは安心させるように声をかけ、頭を撫でる。
女の子が安心したのを見て、ティアナがまた俺に向き直った。
「また……助けてもらいましたね」
「ああ、本当に助けれてよかった。正直な話、いないでくれって思いながら探してたよ。馬車が壊れたときも心臓に悪かったし。どうしていつも危ない目に?」
「レオさんが私を見つけるタイミングの問題です。いつも危ない目に遭ってるわけじゃありません」
ティアナは軽く拗ねたような表情を見せるが。
「でも、約束どおり見つけてくれましたね。とても嬉しいです。二度も約束を守ってくれたうえに……とても心細いときに来てくれるなんて。ありがとうございます」
すぐに花の咲くような笑顔を見せながら、そう言ってくれた。
ただの口約束だった。
それでも子の笑みを見ると、守れたことが誇らしかった。
「それにとても強くなったんですね。もう立派な魔拳士ですね」
「ありがとう。君も立派になったっていうか……美しくなった。とても」
そう本心から告げると、ティアナは驚いたような表情を見せたあと、クスクスと笑った。
「またそういうことを言って。女性の口説き方も修行していたんですか?」
「まさか。君は昔から綺麗だったけど、今はさらに綺麗になったよ。お世辞なんかじゃないさ」
「もう、前に次から控えてくださいと言ったのに……。でも、ありがとうございます。レオさんにそう言われると恥ずかしいですけど……嬉しいです」
ティアナは照れくさそうに笑った。
その笑顔に、かつてと同じように見惚れてしまう。
「また会えたことをもっと祝したいんですけど、そういうわけにもいきませんよね」
周囲を見渡しながらティアナが告げる。
まったくもってその通りだ。
「俺も――」
一度言葉を切って、振り返る。
すると、建物の影からまた冥神教徒が現れた。
ずっと潜んで隙を狙っていたんだろう。
けど、バレバレだ。
奇襲に失敗した冥神教徒は黒爪を手に突っ込んでくるが、その顔面に紫電脚を叩き込み、すぐ地面に鎮め、ティアナのほうへ向き直る。
「お祝いしたいね。こんな状況じゃなきゃワインを開けたいくらいだ」
「まぁ……お酒を飲むようになったんですか? 体に悪いですよ?」
やや呆れた口調でティアナはつぶやく。
それに反論はできない。体に悪いことはわかってるけど、厳しい修行の中、師匠のお酒を陰で飲むのが楽しみだったんだ。
なにせ中身はおっさんだし。
辛いときはお酒に頼っちゃうんだよ。
それはそれとして、だ。
「お酒の話は置いておこう。懐かしさに浸るには状況が悪すぎる」
「そうですね。まだ冥神教徒はいるはずですし、危険は近くにあります」
思わず和やかに話し込んでしまったが、事態はほとんど好転してない。
「とりあえずその子をどうする?」
ティアナにずっと抱き着いたままの女の子が不安げな様子で俺を見てくる。
一体、どこで拾ったのやら。
「お姉ちゃん……どこか行っちゃうの?」
「大丈夫ですよ。ちゃんと家に送ってあげますからね。――このあたりの子だとは思うんですが、お母さまとはぐれてしまったみたいで……」
「まいったなぁ……俺、聖女の護衛を引き受けてるんだよ。彼女を見つけないといけないから、一緒にはいられないんだよ」
俺がそう事情を説明すると、ティアナは意外そうな表情のあと、思案の表情を浮かべた。
しばらく考えた後、ティアナは少女を一緒に家まで送り届けることを提案してきた。
「俺は割と急ぎなんだけど?」
「大丈夫です。この子の安全が確保されたら、聖女様の動向をお教えしますから」
ティアナの紫色の目が真摯に俺を見つめてくる。
ティアナの性格的に聖女の護衛を意味もなく引き留めるということはないだろうし、おそらくティアナが知る聖女の動向というのが関係しているんだろう。
そう判断して、俺はティアナの提案を受け入れた。
♰♰♰♰♰
少女の拙い道案内に苦戦しつつ、なんとか家まで送り届け、彼女の母親に預けることができた。
母親と少女に決して、外に出ないことを念を押し、俺とティアナはその場を離れた。
そして今、通りにあった安宿に俺たちは避難していた。
「あの人たちは大丈夫でしょうか……」
俺のマントをすっぽり被ったティアナが心配そうにつぶやく。
しかし、それは杞憂だ。
「ここは騎士国の王都だから平気さ。ぼやぼやしていると騎士や聖騎士が動き出す。だから、冥神教徒もターゲット以外は無視してる。問題なのは逃走中の聖女や光神教会の聖職者だ」
つまりあの親子よりティアナのほうが危険だ。
ま、それは本人も理解してるはずだ。
そのうえで心配してるんだろう。相変わらず底抜けのお人よしだ。
「その件も大丈夫です。聖女様は別ルートで城へ入っているはずですから」
「は? 別ルート?」
「はい。聖女様はそもそも大通りにはいませんでした。極秘に別ルートで王都に入っていたんです」
マジかよ。
宰相からそんな話は聞いてなかったぞ。
光神教会の独断か?
なんにせよ、ずいぶんと手の込んだことをするもんだ。
けど。
「それホント? 結界魔法が発動してたけど?」
「遠隔地からの発動です」
「マジかよ……」
魔法に必要なものは三つある。
一つ目は魔力。
二つ目は魔力コントロール。
三つ目は魔法陣の展開能力。
魔力はエネルギー。魔力コントロールはそのエネルギーの制御だ。
そして魔法陣の展開というのは、複雑な魔法陣を心の中で正確に描いて、空間に転写することを言う。この展開された魔法陣に魔力が通ることで魔法は完成するというわけだ。
俺はこの三つ目の能力が欠如しており、複雑な魔法陣を正確に描けないのだ。
だから魔法陣の構造が簡単な初級魔法しか使えない。
イメージ能力に欠けるというほうがわかりやすいかもしれない。
そして自分から離れた場所で魔法陣を展開するのは、近場で展開するよりも数倍難しい。
それをあの規模で行うなんて、どんだけだよ。
さすがは聖女と呼ばれるだけはあるな。
それにあの人が安全圏にいるというのは朗報だ。
依頼は失敗じゃないし、なによりこれからはティアナの護衛に専念できる。
「ですから聖女様の心配は無用です。あとは散らばった聖職者ですが……この区画に入った聖職者で生きているのは私だけです。入ったときに待ち伏せを受けてしまったので……」
その時のことを思い出しているのか、ティアナは沈痛な表情を浮かべた。
俺の脳裏によぎったのは司祭の死体だった。
つまり、最初の襲撃を生き残った聖職者たちの死体が、この区画の入り口付近には転がっているってことか。
「よく無事だったね」
「私が持っている杖は……教会の宝具なんです。本来は聖女様の持ち物で、なんとかこれだけは持ち出せたんです。それを知っていた司祭様が私を逃がしてくれました」
「なるほど。あの司祭は君の恩人ってわけか」
「……生きては……いませんよね」
「ああ。生贄にされてた。そうなるとわかってて、君を逃がしたなら大した人だ。あとでしっかりと供養しないとな」
「はい……。今回の犠牲者は全員、しっかりと供養されるべきです」
今回の襲撃でどれだけ犠牲者が出たかはわからないが、聖女についてきた聖職者や従者はほぼ全滅だろう。
それなりの馬車で来ていたし、数十人は行くだろうな。一般人を合わせたら三桁に届くかもしれない。
そう思うとティアナを助けることができたのは奇跡的だ。
なにか一つボタンの掛け違いが起きていたら、俺は一生、ティアナと再会できなかったかもしれない。
感謝しなければ。
この奇跡と彼女の周りの人たちに。
「レオさん。厚かましいかもしれませんが、私を城まで連れていってもらえませんか? この杖をすぐに届けなければいけないんです」
「君を守ることに異存はないよ。ましてや聖女が無事なら尚更ね。俺の依頼は終わってるようなもんだし。ただ、すぐにとはいかない」
「どういう意味ですか?」
俺は部屋の窓に近づき、外を窺う。
喧噪が遠くから響いてくる。まだ王都が混乱の最中という証だ。
「王都が混乱している今、通常の騎士団や聖騎士団は民の動揺を鎮めるために動いている。その隙を縫って、冥神教徒は動いてるわけだ。つまり、今は騎士たちの援護が期待できないってことだ」
「でも、レオさんなら……」
「冥神教徒だけなら君を守りながら城に入るのは余裕だ。けど、相手に厄介な奴がいる。最初の襲撃を仕掛けた奴だ。あいつが相手じゃ君を守り切る自信がない。だから動くのは混乱が収まった後にしたいんだ」
「どれくらいで収まると思いますか?」
「明日の朝ってところかな。そうすれば今度は冥神教徒狩りが始まる。騎士国は国の威信にかけて、冥神教徒を王都から排除しようとするはずだ。多分、残ってる冥神教徒は多くないし、騎士たちが動き出したら潜伏に移ると思う。そうしたら襲撃の可能性はぐっと下がる。それから城へ向かおう」
できればすぐに城へ送ってあげたい。
さすがに男と二人きりで夜を明かすのは、ティアナも嫌だろう。
けど、状況的に仕方ない。
もちろん、やましい気持ちは俺にはない。
役得だとは思っているけれど。
……まいったな。昔は綺麗って思うだけで意識することはなかったんだけど。
俺の中身はおっさんなんだ。
いくらティアナが綺麗だからといって、慌ててはいけない。
落ち着け、俺。大人の余裕を見せろ。
「えっ……?」
驚いたようにティアナが声をあげた。
そりゃあそうだろうな。
「ま、待ってください! 数が少ないなら見つからずに行けるんじゃないですか?」
「そんな危険は冒せない。それに数が少ない以上、向こうは絶対に待ち伏せしてる。最低でも一人、この区画に聖職者が隠れていることを向こうは知っているし、最悪の場合、君を聖女と思い込んでいる可能性もある。そうなると冥神教団の意識はこっちに集中していることになる。そこで動くのは危険だ」
「それはそうかもしれませんね……けど……」
ティアナが気まずそうに部屋に一つしかないベッドを見た。
女性なら当然の反応だ。
男にとって役得でも、女にとっては身の危険を感じる展開だし。
「ベッドは君が使って。俺は夜通しで見張りをしてるから。安心して、何もしないから」
「レ、レオさんのことを疑ってるわけじゃありません。ただ……恥ずかしいだけです……」
顔を赤らめながらティアナはつぶやく。
そんなティアナを見て、不謹慎にも可愛いと思ってしまったのは内緒だ。
それにティアナはティアナで、俺のことを少しは意識しているらしい。
よかった。これで、じゃあ寝ますねって言われてたら男として自信がなくなっていたかもしれない。
「あの……私が見張りをしますから、レオさんが寝ませんか?」
「どう見ても役割が違うだろ。それに俺のほうが強いし」
「わ、私だって本気を出せばそこそこ強いですし、見張りもできます!」
それは嘘じゃない。
杖の構え方は様になってたし、魔力も俺なんかよりもずっと多い。
魔法の打ち合いなら俺も負けてしまうかもしれない。
ただ、どう頑張ってもティアナは神官で、戦士じゃない。
ゲームでいうなら後方支援職だ。前衛には向いてない。
「じゃあ、両方寝ないようにしよう。それで問題解決だ」
「わかりました。二人で見張りをしましょう!」
意気込むティアナには悪いが、十中八九寝るだろうな。
そんな予想をしつつ、俺は周囲の気配に集中し始めた。