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第一章 帰郷 2



「兄さま! 見てください! 花の冠です!」


 夢を見ていた。

 子供の頃の幸せな夢だ。


 父と母、そして俺と妹でピクニックに出かけたときのこと。

 妹は五歳くらいで、俺も八歳くらい。


 母はまだ生きており、父も厳しかったが優しかった。

 俺も未熟であることを許されており、ルークライン家で一番幸せだった時間だ。


 母譲りの黒髪に花の冠を乗せて、ミリアムは楽しそうに花畑を走る。

 それを疲れるまで追いかけたのを覚えている。


 追いかけないとミリアムが拗ねるからだ。

 そんな幸せな夢を見ていた。


「……勘弁してくれ」


 七年ぶりに祖国に戻ってきたせいか、変な夢を見てしまった。

 あの時期は戻ってはこない。


 母が病死してから、父の修行は厳しくなり、俺の無能さは浮彫になっていった。

 同時にミリアムの才能は開花していき、ルークライン家に俺の居場所は無くなった。


 もう戻れない。

 ルークラインは俺を切り捨てた。


 どれだけ幸せな時があったとしても、もう元には戻らない。


「ったく、まだ未練があるのか……」


 未練がましいにもほどがある。


「さっさとこの仕事を終わらせて、修行に戻ろう」


 まだまだ俺は未熟だ。

 拳の道を極めるには修行が足りない。


 俺を捨てた家族に未練を覗かしている暇はない。


「行くか」


 聖女はそろそろ馬車に乗って王都に入る。

 一目見ようと多くの国民が大通りに押し寄せるだろう。


 警護につくのは四人の聖騎士と多数の騎士。

 たかだか宗教団体がこの防御を突き破って、馬車に乗る聖女に襲い掛かるなんてありえない。


 ありえないが。


「狂気の教団だからなぁ」


 フードを深めにかぶって俺は宿屋を出る。

 さすがに大勢の前で仕掛けるなんてことはしないだろうと思いたいが、あの教団ならやりかねない。


 冥神教団の教えは、冥界の神であるオスクロに生贄をささげ、来世の幸せを勝ち取ろうというものだ。

 この教えのせいで、教団関係者は命を捨てる行為を平気でする。


 少数の冥神教団が恐れられる理由だ。

 そもそも五百年前に世界を滅ぼしかけている教団だし、各国が神経質なほど警戒するのも理解できる。


 だが、奴らは捜索の手をかいくぐり、今日まで存在し続け、あちこちで生贄の儀式を執り行っている。


「面倒な奴らだ」


 オスクロがわざわざ俺を転生させてまで潰したい理由もわかる。

 奴らのオスクロへの信仰は恐ろしく高いが、そのせいでオスクロは世界中から邪神扱いされている。


 おかげで俺がオスクロから貰った対策、まぁ簡単にいえば〝神様から貰ったチート〟も使いにくくて仕方ない。

 これは反動が半端ないから本当に最後の手段だし、あんまり好きじゃないから使いたくない。


 俺の目的は一つの道を極めること。

 チートはその名のとおり、ズルだ。

 いいことではない。


 ただし、状況によっては使うことを躊躇いはしない。

 使わないに越したことはないけれど。


「あの辻斬りも警戒しなくちゃだし、厄介だな」


 魔力目当てで魔剣士を襲う奴だ。

 聖女の強大な魔力を狙ってくるかもしれない。


 もしも聖女のそばにティアナがいるなら、ティアナも危険だ。

 なにせティアナは俺よりも魔力を持っている。

 俺の魔力で多いという奴なら、喜んでティアナも狙うはずだ。


「まぁ、ガチガチの警備状況だし大丈夫だろ。それにティアナが来ているとも限らないしな」


 呟きながら俺は大通りに向かう群衆に紛れる。

 一応、俺の任務は影ながらの護衛だ。


 怪しい奴がいないかだけは目を光らせるとしよう。






♰♰♰♰♰






「聖女様! セラフィーヌ様!」

「ご尊顔を! どうか馬車から顔を出してください!」


 大通りを豪華な馬車の列が通る。

 その馬車に多くの人が熱烈な声を投げかけていた。


「凄い人気だな……アイドルかよ」


 信者たちの熱気に辟易しつつ、俺は馬車を狙えそうな高台に目を光らせる。


 馬車に乗る聖女セラフィーヌは特殊な結界魔法を操る。

 彼女が本気で結界を張れば、魔法の最高峰である極級魔法でも防ぐことができるらしい。


 そもそも極級魔法を使える奴なんて大陸で何人いるかって話だが、それぐらい堅い防御を持つということだ。


 だから彼女を狙うなら彼女に結界を張らせる前に攻撃するしかない。

 強大な攻撃を仕掛けるにしても、そういう攻撃には時間がかかる、

 時間を与えてしまっては、強力な結界が出来上がる。

 だから時間をかけない速い攻撃しか手はない。


 だが。


「今のところ異常なしか」


 高台に怪しい奴はいない。

 魔力反応もないし、このまま無事に城へ入ることができるはずだ。

 そうなれば襲撃の確率はグンと下がる。俺の任務も簡単になるというわけだ。


 一瞬、そう気を緩めた。

 その隙をつくように、突如として空からの攻撃は行われた。


「なっ!?」


 千をも超える剣が高速で降ってきたのだ。

 それは馬車の列だけでなく、周囲の市民たちも狙った攻撃だった。


 気づいたときにはもう遅い。

 とても俺だけではカバーできない範囲だった。


 しかし。


「おいおい……」


 その剣たちが市民たちに届くことはなかった。

 ほんの一瞬で強力で、しかも広範囲の結界が傘のように張られたからだ。


「おい!? なんだ? どうなってるんだ?」

「攻撃か!?」


 今になって市民たちが慌て始めた。

 さすがに護衛についている聖騎士たちは迎撃の体勢を取っている。

 ただし、意識は空にある。


「まずい! 空は陽動だぞ!!」


 大声を出すが、市民たちの声によってかき消される。

 舌打ちをしながら、地面を蹴って建物の屋根までジャンプする。


 そのまま馬車のほうへ向かおうとし。

 遅かった。


 横からの巨大な魔力反応。

 同時に馬車を狙った攻撃が飛んできた。


 あれは斬撃だろうか。

 複数の斬撃が聖騎士を吹き飛ばし、聖女が乗る馬車を粉微塵にした。その余波で後方に続いてた馬車も吹き飛ばされた。


 それは衝撃的な光景だった。

 さきほどまで熱烈な歓迎を受けていた馬車が大破したのだ。

 

 周囲にいた聖騎士たちはピクリとも動かず、馬車からは遠目からでも夥しい血が流れているのが確認できた。


「き、きゃぁぁぁぁぁぁ!!」

「聖女様が!」

「襲撃だ! 逃げろぉぉぉぉ!!」


 パニックが起きる。

 当然だ。


 あの馬車に乗っていた者はまず助からない。それは一目でわかった。


 そんな馬車にもしもティアナが乗っていたら?


 そう考えると心の中に冷たいものが走る。

 だが、思考は冷静だった。


 ティアナがもしも聖女の馬車に乗っていればさすがにわかる。

 あれだけ注意深く観察していたのだから。


 そう自分に言い聞かせて、俺は自分の任務に集中した。


「一体、どこから……?」


 斬撃が来たほうを見れば、かなり遠くにある屋根の上に黒い影が見えた。

 あんなところから、ほとんどモーションもなしにあんな強力な攻撃を出したっていうのか?


 空からの陽動の規模といい、人間の域を超えている。

 しかし、よく目を凝らすと特徴的な見た目に気が付く。


 黒いローブに骸骨の仮面。まるで死神のような恰好は。


「辻斬り!?」


 間違いない、昨日出会った辻斬りだ。

 空から降ってきた剣も奴の攻撃なら合点がいく。


 ただ、俺と交戦したときとは規模が違いすぎる。

 あれが奴の本気だというなら、この国はとんでもない奴を敵に回したことになる。


 とはいえ、依頼を台無しにされた礼はしなくちゃいけない。

 それに聖女とは一度とはいえ言葉を交わしている。


 仇くらいは取ってやらなくちゃいけないだろう。


「そこにいろよ! 【ウィンド・十連ディエス】!」


 ウィンドをうまくコントロールして、俺は低空を高速で移動する。

 本来、攻撃のための魔法だが、こういう使い方もできなくもない。


 まぁ、やるには俺みたいに初級魔法しか使わず、初級魔法を極めるくらいの意気込みが必要だろうが。


 一瞬で襲撃地点に向かうが、辻斬りは動かない。

 俺が来ていることはわかってただろうに。

 舐めてくれる。


「また会ったな。魔拳士の少年」

「そうだな。俺は会いたくなかったけど」

「だが、私に向かってきた。どういうことかな?」


 白々しい。

 来た理由なんてわかりきってるだろうが。


「俺の仕事は聖女様の護衛でね。お前のおかげで台無しだ」

「ふ、騎士国にも利口な者がいたか。外から護衛を招くとは」

「ああ、だが力不足で師の名に泥を塗る羽目になった。この落とし前はつけさせてもらうぞ?」


 極限まで集中力を研ぎ澄ます。

 こいつのわずかな動きも見逃さない。


 剣を出す前に間合いをつめて、必殺の一撃を叩き込んでやる。

 そう意気込んだんだが。


「そういうことなら私の相手をしている暇はないと思うが?」

「なにぃ?」

「空を見たまえ。見事な結界だ」


 そこで俺は気づく。

 空に展開された結界は消えていない。

 聖女が死んだなら結界は消えるはずだ。


 しかし、結界は残っている。

 ということは。


「生きている?」

「ああ、仕留めそこなったようだ。しかも、無駄に魔力を使いすぎた。私は失礼するよ」

「それを聞いて見逃すとでも?」

「ふっ……良いことを教えてあげよう。冥神教団の教徒たちが王都に潜伏している。彼らが命からがら逃げた光神教会の神官や司祭たちをどうすると思う?」


 その言葉は嘘を言っているようには聞こえなかった。

 仮面のせいで表情は見えないが、逃げるための嘘というわけでもないだろう。


 冥神教団の教徒たちは生贄を常に求めている。

 その中でも光神教会の聖職者は生贄の価値が高いらしい。その魂をオスクロが好むって話だ。


 どこのだれが考えた設定か知らないが、いい迷惑だ。

 おかげで事態がさらにややこしくなった。


 それが本当なら生き残った聖女はもちろん、聖女付きの神官であるティアナも危ない。


「……お前も冥神教団の関係者か?」

「まぁ、そんなところだ」


 最悪に近い展開だ。

 辻斬りが冥神教団の関係者となると、すべて冥神教団の思惑どおりということになる。

 もしかしたら、聖女が来たのも狙い通りなのかもしれない。


 そうだとすれば、今の状況は非常にまずい。

 市民がパニックを起こし、騎士たちはそれを鎮めるのに出払っているだろう。

 

 光神教会の聖職者たちはそんな市民たちに紛れて逃げたはずだ。

 だが、その市民の中に冥神教団の教徒も紛れている。


 暗殺者と一緒に行動するようなものだ。


「用意周到なことだな?」

「私が考えたことじゃない。私はあくまで求めに応じただけだ。私個人の目的は別にある。まぁ、君には関係のないことだ。さぁ、どうする? 私と一戦交えるかな?」


 骸骨の仮面の奥から笑い声が聞こえてきた。

 不気味な奴だ。


 しかし、今はこいつとやりあってる場合じゃない。

 依頼は聖女の護衛。騎士が動けない状況に対応するために、俺は呼ばれたんだ。


 襲撃犯を捕まえるのは今度にするしかない。


 それにもしもティアナが来ていたら、俺は一生後悔することになる。


「次は必ずぶん殴る」

「楽しみにしているよ」


 そう言って、俺と辻斬りは同時に距離を取った。

 そのまま俺は背を向けて、王都の外周部に向かう。


 大通りで襲撃された以上、光神教会の聖職者たちは目立つ場所は避けるはずだ。

 となると避難するのは王都の中心から離れた外周部となる。


 ここからならば、かつて俺とティアナが出会った場所あたりに向かうはず。


「頼むからこの国に来ていないでくれ……」


 かつて俺に道を示してくれた少女とこんなところで再会したくはない。

 彼女との再会はもっと穏やかな場所でありたい。


 そんな願望を胸に秘めながら、俺は屋根を伝って聖女の捜索に向かった。


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