序章 4
この話までが序章で、次から本編となります。
勘当されてから五年が経った。
魔拳士として順調にステップアップしていた俺だが、今はなんと凶悪な魔獣が多数生息する森に置き去りにされている。
……。
師匠選びを間違えたかもしれない。
ぶっちゃけ、森に放り込まれてサバイバルなんて日常茶飯事だが、今回は場所がやばかった。
俺が今いる森は、〝血紅の森〟と呼ばれる大陸有数の危険地帯だ。
どうして血紅の森というかというと、生息している魔獣たちの体色が血紅色になっているところからだ。
それだけだったら変な森程度なのだが、問題なのはこの森に住む魔獣たちは恐ろしく強いという点だ。
魔獣の危険度を表すランクでいえば、平均でAランク。
これがどれほどやばいかというと、Aランクの魔獣を一体討伐するのに軍が動くレベルだといえば伝わるだろうか。
つまり軍隊レベルで対応する魔獣どもが住む森に、俺は放り込まれたわけだ。
一週間暮らしなさい、という言葉と共に消えていった師匠の姿は今でも覚えている。
ここで死んだら絶対に呪ってやろうと森に入った当初は思っていた。
けれど、すでに滞在二日目の夜。意外にこの森での生活は悪くない。
なぜかというと、この森の魔獣たち。
恐ろしく美味い。
強さゆえに市場には出回らないが、噂じゃ美食家の間で高値で取引されている裏の食材らしい。
しょせん噂と思っていたが、試しとばかりに初日、一体倒して食ってみたらとっても美味しかった。
「手間に見合うだけの味って感じだよなぁ」
俺が倒したのは羽がなぜか三つある巨大な鳥型の魔獣で、左右非対称という意味不明な生命体だ。。
しかも、嘴での攻撃はドリル並みの威力で、横を通っただけでも風圧で体が吹き飛ばされた。
どうにか倒すことができたわけだが、その倒し方も事前に用意していた落とし穴に落とし、そこに魔法を叩き込み続けるという戦法だ。
正直、正面から戦ったらかなり持久戦になっていただろう。
それぐらいこの森の魔獣たちは厄介な強さを持っているのだ。
ただし、口に入れた瞬間、涙が出てくるほど美味かった。
「まぁ、こんだけあれば三日は持つだろ」
倒した鳥の大きさは六メートル超。
食えそうなところをすでにナイフで切り分けたが、相当な量だ。一般男性の食事換算でいえば十人前くらいはあるだろうか。
さすがに一週間は持たないだろうけど、数日は余裕だ。
最初は一週間、こんな危険な森で暮らすとかありえないと思ったけど、意外にどうにかなりそうだ。
魔獣はあちこちにウロチョロしているが、気配を研ぎ澄ませておけば気づけないほどじゃない。
それに正面からの戦いでも手こずるは手こずるが、それだけだ。
負けることは多分ない。
ただ、心配なのはそんな生易しいところに師匠が俺を放り込むか、という点だ。
俺が出会ってないだけで、とんでもない魔獣がいるかもしれない。
「ドラゴンとか出たらどうしよう……」
取った鶏肉を焼きながら、俺は一人呟いた。
この世界にもドラゴンはいる。
魔獣とは別の幻獣と呼ばれており、めったに姿を見せない大物だ。
その力は巨大で、人間が敵わないという点じゃ神に近い。
ぶっちゃけ、遭遇したらデスる。
「いやでも、さすがの師匠でも弟子をドラゴンのいる場所に放り込むなんてことは……」
香ばしい匂いを嗅ぎながら、そんなことを呟く。
食欲を刺激するのは匂いだけでなく、油の滴る見た目が視覚にも訴えてくる。
欲を出すのは禁物だが、ほかの魔獣も食ってみたい。
明日にでもまた狩りをしてみるか。
などと思っている。
「!?」
突如として俺の周囲の気配が一変した。
これは明確な敵意だ。
何かが俺を狙ってる。
そんな予感に促され、俺は周囲を警戒する。
耳を澄まし、周囲の微妙な変化も逃さない。
すると、後ろから何かが聞こえてきた。
音の種類までは判別できないが、咄嗟に振り返ると――。
「なっ!?」
「覚悟!!」
そこには槍を持った小柄な少女がいた。
赤い髪と輝く緑の瞳が特徴的で、見た目は十代前半。俺よりも三つ、四つ下くらいだろうか。
鮮烈な印象が目に焼き付く。ティアナとはまた違った美しさを持っていた。
そんな彼女だが、槍の切っ先を迷うことなく向けてきている。
しかも速く、鋭い。
振り返りながらというのもあるが、完全に間合いに入られた。
避けるのは間に合わないし、腕には鶏肉が握られている。
咄嗟に空いている手で槍を逸らそうとするが。
「っ!!??」
なぜか槍が方向を変えた。
俺が持っている鶏肉のほうへ。
思わず驚愕するが、すぐに体をひねって相手から鶏肉を遠ざける。
すると、ギリギリのところで槍を躱すことができた。
鶏肉を狙うなんて馬鹿な話だが、間合いへの侵入や突きの速さは達人の領域だ。
こんな刺客が森の中にいるなんて。
鶏肉を狙ったのは意味不明だが、強いことは間違いない。
師匠め、やってくれる。
内心で舌打ちをしつつ、俺は距離を取り、臨戦態勢に移った。
距離が離れたことで相手のことがよく見える。
不意を突かれることももうないはずだ。
「食事中に不意打ちなんて……良い……度胸って……どうした?」
「ううぅぅ……」
突然、少女はペタリとへたり込んでしまった。
さきほどの敵意はどこへやら。もう完全に気が抜けている。
どういうことだ?
「おい、どうして俺を襲った? 何が目的だ?」
「肉ぅ……」
「……」
呻くように少女はつぶやく。
同時に情けないお腹の虫の鳴き声も聞こえてきた。
つまり、この子は。
「腹減ってるのか?」
もはや声を出すのも辛いのか、少女はコクコクと頷く。
緑の瞳はすでに潤んでおり、今にも泣きだしそうな印象を受けた。
確実に襲われた俺が被害者なわけだが、まだ子供といってもいい年齢の女の子に瞳を潤まされるとこちらが悪いような気がしてくる。
「はぁ……食料が欲しいなら最初から言えばいいだろうに。しょうがない。ほら、これやるから」
「ほ、本当か!? では、いただくぞ!」
仕方なく手に持っていた肉を差し出すと、少女はパッと顔を明るくさせた。
素早く俺の手から肉を取ると、少女は一瞬で平らげてしまった。
なかなかの大きさの肉だったんだが……。
「おかわり」
「は?」
「おかわりだ。これでは妾は足りぬ」
片手を俺に差し出し、少女が追加の肉を要求してきた。その物言いといい、表情といい、とっても偉そうだった。まるでそうであることが当然のような振舞いだ。
まるで前世で上司だった奴を思い出す。
むさいおっさんではなく、愛らしい少女なため印象はかなり違うが。
ま、それは置いておくとしてもだ。
さきほどの平らげかたを見るに、この子は絶対に大食らいだ。
いちいち食料を分けていたらこっちの食う分がなくなる。
「厚かましいぞ。そんなに欲しいなら自分で狩ってこい」
「簡単に狩れたら苦労などしない! この森の魔獣どもは逃げ足が速すぎるのだ!」
逃げ足が速い?
おいおい、冗談だろ?
俺が鳥を狩ったときは普通に応戦してきたぞ。
Aランクの魔獣が逃げ出すとか、何者だよこの子。
「というわけで妾に肉を差し出すがよい! まだまだあるのであろう? 妾にはわかるぞ!」
うーん、どうしたものか。
言葉は完全に上から目線なんだけど、腹を空かせてペタリと地面に座っている姿は、なんだか餌をねだる子犬か子猫を連想させる。
その姿を見ているとなんだかしかたない、という気分になってしまう。
けれど。
「一応、聞くだけ聞こう。どんくらい食うんだ?」
「ふむ、難しいことを聞く男よな。妾としては百人前と言いたいところだが、譲ってもらう身ではある。なので五十人前くらいと言っておこう」
「帰れ」
そんな食料があるわけないだろうが。馬鹿か、こいつは。
一瞬でしかたない、という気分が消し飛んだ。
予想以上にヤバい子だ。この子は。
「わあぁぁぁぁ!! 待ってくれ! 冗談だ! もう一つくらい肉を恵んでくれれば今日くらいは乗り切れる! だから見捨てないでほしいのだ……」
「まったく……強欲は身を滅ぼすぞ?」
「だってもう三日もろくなモノを食べていないのだ……お腹いっぱい食べたいと思ってもいいではないか……」
少女はシュンと小さくなってしまう。
そんな姿を見ると、どうしても強く出れない。
理由はわかってる。
妹と重なるからだ。昔から妹の頼みには弱かった。
あとは置いてきた妹への罪悪感も加わっているんだろうな。
髪をくしゃくしゃとした後、俺は渋い顔を作りつつ。
「今ある分は食ってもいい。ただし、また狩りに行くからお前も手伝え。そんでもって狩りを覚えろ。そこまでなら面倒を見てやる」
「な、なんと! もしやそなたは聖人か!?」
「大げさな……腹減ってる奴は見過ごせないだけだ。気持ちがわかるからな」
嘘じゃない。
最初、師匠に森に放り込まれたときほとんど狩りもできず、空腹で死にそうになった。
まぁあの時に比べれば少女の三日なんて可愛いもんだが、だからといって見捨てるわけにもいかない。
「本当に助かる……妾の槍の師匠に森の中にいる魔獣を五体狩ってこいと言われたのだが、五体どころから一体も狩れぬし、狩れぬからお腹は空くしで、踏んだり蹴ったりだったのだ……」
「世の中の師匠はみんな変人ばかりなんだろうか……」
まさか俺の師匠以外に、こんな森に弟子を放り込む人がいるなんて。
恐ろしい。この世界の武人の常識を疑いたくなってくる。
「そなたはなぜここにいるのだ? 魔獣狩りか?」
「俺も師匠に放り込まれたんだよ。一週間、生活してろってな」
「おお! 妾と同じだったか! うむ! では妾と仲間となることを許そう!」
嬉しそうな顔で少女は告げる。かなり上から目線から。
その笑顔を見て、俺は肩をすくめる。
「はぁ……まぁ仲間になるのはいいけど、いつまでもお世話はごめんだぞ?」
「む、馬鹿にするでない。コツさえ掴めば狩りなど余裕だ。なにせ妾は天才だからな!」
「そうかい。じゃあ一応、期待しておこう。俺はレオナルド。大抵はみんなレオって呼ぶ」
「おお、レオというのか。良い名だ。妾はリアという。しばらくの間、よろしく頼むぞ! レオ!」
そうハキハキと喋ったあと、リアは周囲をそわそわと見始めた。
何を探しているのかは察しが付く。
「ところで残りの肉はどこだ? 妾はもう空腹で死にそうなのだ。早く出してくれぬか?」
「はぁ……」
あくまでも上から目線なリアに呆れつつ、俺はリアのために食事の用意を始めた。
♰♰♰♰♰
次の日、リアを連れて狩りに出たことでわかったことがある。
こいつ、使えない。
「うわぁぁぁん!! また逃げられた! 妾のお昼が!!」
これで通算四度目。
見つけた魔獣にはことごとく逃げられている。
地面に寝転がり、ジタバタと手足をばたつかせて悔しがるリアだが、こうも取り逃がしていると同情もできない。
なにせ。
「学べって……最初から殺気を出すから逃げられるんだ」
「うっ……それはわかっているのだが……」
リアはしょぼんとした顔で足を抱える。
わかっていてもできないということだろうな。
リアは獲物を見つけると、どうしても殺気を出してしまう。
しかも肉食獣が獲物に向ける類の殺気だ。
そういう殺気に魔獣は敏感だ。
俺は殺気を押し殺して近づくし、近づいた場合、魔獣は俺に戦いを挑んでくる。
かなりの強さを持つこの森の魔獣は、逃げるよりもそっちのほうが生き残る確率が高いからだ。
しかしリアの場合、近づく前に魔獣に察知されるのだ。
これが弱い奴なら魔獣も挑んでくるだろうが、大抵の魔獣よりもリアは強いらしく、まるで森の主に出会ったかのような勢いで魔獣たちは逃げていく。
これでは狩りになるわけがない。
「とりあえず、魔獣が獲物っていう認識を改めろ。あれはご馳走じゃない」
「そ、そんなこと言われても困る……昨日の肉を食べたら、どの魔獣も美食にしか見えぬ!」
魔獣がリアから逃げ出す理由は、おそらく捕食される恐怖を味合わされているからだ。
遠距離から自分を食料としか思っていない奴が近づいてくれば、さすがに戦うわけがない。
「じゃあ、罠かなんか作れ」
「そういうのは性に合わん。魔獣ごときに罠など、武人の恥ではないか?」
「その魔獣ごときを捕まえられない奴は武人として恥ずかしくないのか?」
「うっ……それは……」
「はぁ……じゃあこうしよう。俺は昨日とは別の魔獣を狩ってくる。とびっきり美味そうな奴だ」
そう言った瞬間、リアの顔が輝いた。
「本当か!? 鳥か? 牛? それとも豚か?」
「それは見つけてからのお楽しみだ。とはいえ、ただでお前に食わせるのはちょっともったいない」
「なっ!? 妾のような可憐な乙女に施しを与えるのがもったいないだと!?」
「可憐な乙女は槍で襲ってこないし、魔獣を食料にはしない。まぁそれはさておき、さすがにあげないというのはかわいそうだから、一つ交換条件を出してやろう」
リアは俺の言葉に小首を傾げた。
できればこんなことは言いたくなかった。
まるで犬の調教のようだからだ。
「お前は小型だろうが、大型だろうが一体、魔獣を狩ってこい。その交換条件としてとびきり美味そうな魔獣をお前にくれてやろう。ただし、お前が狩った魔獣は俺が貰う。意味がわかるな?」
「わかるが……それでもレオに得がないではないか?」
「まぁそうだな。けど、お前が無事に魔獣を狩れるなら、俺としては得といえる。ここで重要なのはお前の魔獣だ。それは俺の食料であって、お前の食料じゃない。これを肝に銘じておけよ?」
こんなことで果たして上手くいくのか疑問だが、やらないよりはマシだろう。
餌を使って一つの行動を覚えこませるなんて、まさにワンコだ。
でも、リアになら効果がある気がする。
「うむ! わかった! 妾が魔獣を狩ってくれば、よりよい魔獣と交換してくれるのだな? よいぞ! 妾は狩ってくる!」
そういうが早いか、リアは飛び跳ねるようにして立ち上がり、自分の身の丈よりも長い槍を軽く振る。
ただの準備運動なんだろうが、その槍捌きを見せれば、どの街でも食うには困らないお金を取れるはずだ。
リアは自分の調子を確認すると、一つ頷き。
「では行ってくる! 美味しいお肉を期待しているぞ!」
そう言って魔獣探索に出てしまった。
単純なことだ。
「これで狩ってくれると大いに助かるんだが……」
リアは五体の魔獣を狩り、その証として魔獣の一部を持ち帰らなきゃいけない。
しかし、俺はあと四日でいなくなる。
俺がいなくなれば、リアは食うに困ってしまうだろう。
できればその前に独り立ちしてほしいものだ。
本人の言う通り、天才であるならば。
「コツさえ掴めば報酬がなくてもいけるだろうしな」
呟きつつ、俺は肩を回す。
言ってしまった以上、俺も報酬探しに出なければいけない。
しかもただの魔獣探しじゃない。美味そうな魔獣探しだ。
「ただ森の中で生き残る修行のはずが、変な方向に進んできちゃったなぁ……」
リアの登場も師匠の思惑どおりなのか、それとも偶然なのか。
なんにせよ、俺は自分から困難な道を選んでしまったわけだ。
そんなことを思いながら、森の奥へと進む。
そこには今いる場所よりも強力な魔獣たちがいるはずだ。
「強い奴のほうが美味しいはずだしな」
安易な考えを抱きつつ、俺は足を進ませた。
♰♰♰♰♰
森の奥深く、馬鹿みたいにデカいうえに二足歩行のウサギを激闘の末に仕留めた俺は、それを苦労しながら引きずって、自分が拠点として定めた場所に帰ってきた。
これならいくらリアでも満足するだろうと思っていたら。
「おー、大物だな! 妾への賞品は!」
「……」
俺の拠点は魔獣たちの肉であふれかえっていた。
どれも綺麗に解体されているが、骨の数を見るに、十体分くらいはあるだろうか。
「リア……これは?」
「うむ! 大漁だった! 妾の食べ物ではないと思ったら、自然と殺気も抑えられるようになったし、楽勝だったぞ!」
ここらへんの魔獣はかなり強い。
俺でも一体仕留めるのに、それなりの時間がかかる。
それを十体も仕留めるとか、どんだけだよ。
そもそも殺気を抑えるというのは難しい。それは別れる前のリアを見れば、よくわかる。
目に見えないモノを抑えるわけだし、一朝一夕ではできないはずなんだが……。
「マジで天才かよ……」
ここまで早くモノにするとは思ってもみなかった。
正直、今日は狩ることができないんじゃないかとも思っていたのに。
いや、それもそうだが、この数の魔獣を仕留めるなんて、ただ強いじゃ済まないぞ。
こいつ、何者だよ。
「なぁ、リア。お前……何者なんだ?」
「ん? 妾は妾だが?」
俺の質問にリアは天真爛漫な笑みを浮かべて答えた。
その答えを聞いて、俺は肩の力を抜いた。
たしかにその通りだと思ったからだ。
リアが何者であれ、リアはリアだ。立場や肩書きなどどうでもいい。
「そうか。悪い、変な質問をしたな。じゃあ飯にするか。こっちのウサギは約束どおりお前にやるよ」
「うむ! 受け取ろう!」
満面の笑みでリアはウサギを受け取り、どのように調理するか悩み始めた。
その様子を見るかぎり、普通に年相応の無邪気な女の子にしか見えない。
とんでもない力を秘めていても、その事実は変わらない。
「あと、俺はこんなに食べられない。どうせ食べたら森を出るんだろ? 半分くらいはお土産に持っていけ」
「なんと!? 太っ腹なことだな! よいのか?」
「かまわない。腐らせるほうがもったいないからな」
「では師匠へのお土産にしよう!」
鼻歌を歌うほど上機嫌になったリアを見ながら、俺はリアの取ってきた魔獣の肉の調理法を考え始めた。
♰♰♰♰♰
ウサギをあっさり平らげたリアは、まったりと草の上に寝転がっていた。
「いいのか? そんなのんびりで? 五体は倒したんだ。さっさと森を抜けないと師匠に怒られるぞ?」
「うーむ……それはそうなのだが……眠い」
「眠気くらい耐えろよ……」
「眠いものは眠いのだ。これはどうにもならん」
そんなことを言ったあと、リアは何かを思いついたように両手をポンと叩いた。
そしておもむろに俺の背中側に回ると。
「うむ、なかなかの乗り心地だ」
「おい」
リアは俺の首に手を回し、背中におぶさってきた。
軽く揺するが、離れる気配がない。
「森の出口近くまで送るがよい」
「はぁ?」
「妾は眠い……なのでそなたの背中で寝させてもらうぞ」
「勝手すぎるだろ!?」
大きな声を出してみるが、リアは背中から退こうとしない。
それどころか完全に体重を預けて睡眠の状態へ移行した。
「なかなかの寝心地……」
「勘弁してくれ……」
ため息を吐き、半分寝ているリアを見る。
その寝顔はあどけない。
「レオの背中は温かいのだなぁ」
似たようなことを昔、妹に言われたことがある。
それを聞いた途端、叩き起こすなら放置するなりという手段を取れなくなってしまった。
「いつからこんなに甘くなったのやら」
自分に呆れつつ、俺はリアが袋に詰めた肉を風魔法で浮かし、リアをおぶったたまま森の外周部へと向かった。
今は午後の三時か四時くらいだ。
急げば本格的に暗くなる前には外周部につくだろう。
その間にリアが起きたら、そこでリアを下してしまおう。
そう考え、かなりのペースで走ったのだが。
「……」
数時間後。
結局、外周部に来るまでリアは起きなかった。
どんだけ睡眠に飢えていたんだ?
どこでも寝れる人はいるが、この状況で寝れるのはヤバいだろ。
「まったく……起きろ。ついたぞ」
「んん……あと五分……」
「ふざけんな!」
無理やり腕を引き離し、リアを地面に下す。
衝撃でようやく目が覚めたのか、リアはトロンとした目で周囲を見渡す。
「……ここは?」
「人に運ばせておいて、よくそんなことが言えたな? 森の外周部だ。さっさと目を覚まして森を出ろ」
「んん? おー、そうか。レオに馬代わりをさせたのだった」
「馬代わりって……」
リアは状況を理解したのか、ようやく荷物をもって立ち上がった。
よかった。これでお荷物とおさらばできる。
「世話になったな。レオ」
「まったくだ。お金を取りたいくらいだぞ?」
「そういうな。だが、何も報酬がないというのは礼に欠ける。よって、妾の名を教えてやろう」
「リアじゃないのか?」
「それは愛称だ。妾の名はアウレリア・ラティウム。亜人の王国〝ラティウム〟の王族、竜人族の一人だ。そして妾の師匠は誉れ高き〝五極星〟が一角、最強の槍使い〝槍王〟ヨーゼフ。困ったことがあれば訪ねてくるがよい。全力で助けてやろう」
そう言ってリアはドヤ顔を浮かべながら手を振って、森の外まで走っていった。
それを見送りつつ。
「マジか……槍竜姫かよ」
アウレリア・ラティウムというのは武芸に通じる者ならだれでも知っている。
槍竜姫という異名を持つラティウムの姫だ。
亜人の王国、ラティウムの王族である竜人族は、その名のとおり竜に通じる一族だ。
見た目には人間と変わらないが、その身に秘めた力はまさしく竜のごとしと聞く。
そんなスペック最強一族にあって、アウレリア・ラティウムは五極星の弟子となった超天才だ。
五極星というのは、かつて世界を救った聖女と共に戦った五人の英雄たちの後継者たちのことをさす。
魔神を封印したあと、彼らは武を極める道を選んだ。
時代が下ると、彼らの弟子たちは五極星と呼ばれ、最強の武人たちの称号とみなされるようになった。
それぞれ剣、魔法、槍、弓、拳の部門で、最強と言われる実力者。
称号を受け継ぐのは当代の継承者よりも強い者だけ。
その時代において、その分野で並ぶものがない超越者たち。
それが五極星だ。
そして槍王ヨーゼフは百年以上もその地位にいる古強者。
彼に認められたというだけで、リアの秘めたる力がうかがい知れる。
強いわけだ。
そんな感想が頭に浮かんだ。
ゆくゆくは大陸最強クラスの実力になる器の持ち主だ。魔獣が恐れるのも無理はない。
「世界は狭いのか広いのか……」
こんな森でそんな奴と出会うことになるとは。
しかし、考え方を変えれば。
こんな森だから出会ったといえなくもない。
「腐れ縁にならなきゃいいんだけど」
呟きつつ、無理だろうなと思う。
リアが槍王の弟子である以上、俺とは必ずかかわることになる。
それは予感ではなく確信だ。
「またどっかの修行地で会いそうだな」
そう呟きつつ、俺は拠点へと足を進めた。
リアの修行は終わったが、俺の修行は終わってない。
ただ生活するのもあれだし、森の主に挑んでみるのも面白いかもしれない。
なんて思っていたが、このあと大量の魔獣に襲われて死にかけた。
やっぱり、この森嫌いだ。