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序章 2


「マジか……どうしようかなぁ」


 俺の名前はレオナルド・ルークライン、十一歳。

 前世では鈴木唯人という名でサラリーマンをしていた。


 前世の記憶が目覚めて、今日で一年。

 今日は俺の十一歳の誕生日だ。


 そんな日に。


「まさか勘当されるとは……」


 癖のある茶髪をいじりながら、王都の路地を歩き続ける。

 ここはアングルス騎士国の王都・ブレード。城を中心とした円形の都市で、剣士の聖地として知られている。


 このアングルス騎士国はその名のとおり騎士の国であり、武芸全般が盛んだ。その中でもとりわけ剣術はほかの武術とは一線を画する人気があり、数々の流派が存在する。

 そんな国において、俺の生家であるルークライン伯爵家は魔法と剣術を組み合わせた魔剣術の大家であり、俺の父はこの国で最強と呼ばれる魔剣士だった。


 どうしてそんな家から勘当されたかといえば、そんな家だから勘当されたと答えるしかない。


 俺には剣の才能が皆無だったのだ。


「努力はしたんだけどなぁ」


 この言葉に嘘はない。

 一つの道を極めたいと願って転生した俺だ。

 実家が剣術の家となれば、当然、剣の道を志した。


 しかし、俺には残酷なほど才能がなかった。

 剣術だけではなく、魔法の才能も。


 初級、中級とどんどんランクが上がる魔法において、俺は初級魔法しか使えない。

 これも魔剣術において致命的だった。


 それらの理由によって、ルークラインの当主である父によって俺はさきほど勘当された。

 とはいえ、おそらく裏で指示を出したのは先代当主の祖父だろう。あの祖父は家の評判をなにより気にする。

 直系男子にできそこないがいることが耐えられなかったんだろうな。


「まぁ、いつかこうなるとは思ってたけどさ」


 言いながら、亡き母から貰った青色のペンダントを触る。

 優しかった母は病気で死に、俺は庇護者を失った。


 そのときから覚悟はできていた。

 ルークライン家を継ぐのは三歳年下の妹、ミリアムだと決まっていた。

 俺なんかよりはるかに強く優秀で、神童と王都中で評判だ。


 ただ、あの子が家を継ぐとなると俺は邪魔者でしかない。

 いつか勘当するだろうとは思っていたが、まさかこんなに早いとは。


「これからどうするかなぁ」


 肩にかけたカバンには、大量のお金が入っている。

 家を出るときに貰ったものだ。


 しばらくはこれで生活できるだろうが、その代わりに家を出ろと言われたわけだ。

 金と引き換えに俺は家と姓を失った。あとは家族だ。


「子供にも容赦ない家だなぁ」


 中身は前世の記憶のあるおっさんではあるが、今はれっきとした十一歳の子供だ。

 それを勘当するんだから、相当なことだ。


 おそらくだが、もしも妹が剣を持てないようになったら、同じように追放するだろう。

 ルークライン家というのはそういう家なのだ。

 そんな家に妹を残していくのは心配ではある。


 剣術でしかモノを図れない一族の中で、ミリアムは例外的に素直ないい子だった。

 母親が早くに病で亡くなり、父親は多忙だったため、俺たちはずっと一緒にいた。

 そんな俺がいきなり居なくなれば、きっと悲しむだろう。


「はぁ……」


 最後の挨拶も結局できなかった。

 ルークライン家の息子は、自分の無能さに耐えきれず家出した。そういうシナリオなのだ。


 つまり、妹からは何の相談もせずに家を出た兄ということになる。


 これがキッカケでグレたりしないといいんだが……。


「まずは俺自身の問題のほうが先決か」


 ミリアムは聡い子だ。

 俺がいなくても真っすぐ育つはずと思う。


 問題は俺。

 今後、どうしようか。


「田舎でスローライフっていうのも良さそうだけど……」


 農業を極めてみるのも面白いかもしれない。

 だけど、そうなるとオスクロとの約束はこなせない。


 あれでも神だ。どんな天罰が下ることか。


 となるとやっぱり、それなりには強くならないといけない。


「さて、何を極めてみるべきか」


 選択は一度だけ。

 あれもこれもでは前世と変わらない。

 これから始めることは才能のあるなしにかかわらず、生涯にわたって突き詰めるつもりでやるしかない。


 個人的には剣術の道も極めてみたいが、剣術をやっていれば間違いなくルークライン家と関わることになる。

 父や祖父はそんな俺を許しはしないだろう。最悪、妹と戦う可能性すら出てくる。

 それはごめんだ。


 というわけで、俺がこれから突き詰めるのは剣の道以外ということになる。


「槍か弓か」


 候補を口に出していると、なんだか路地裏から声が聞こえてきた。

 俺が今いるあたりは王都の外周部にある貧民街と呼ばれる区画で、治安は良くない。


 気になって覗いてみると、そこには小さな男の子と俺と同い年くらいの女の子がいた。


 男の子が泣いていて、女の子があやしているようだ。

 けれど。


「あれは……」


 少女は子供に気を取られて気づいていないだが、少女を見つめる怪しい男がいた。


 そういえば、子供を利用した誘拐犯がいるって言ってたな。

 子供が泣いて気を引き、背後から男が捕らえる。誘拐された人は人身売買にかけられるそうだ。幸い、売られた人はすぐに騎士団に助けられているそうだが、実行犯は捕まっていない。


 人の善意や良心をつく効果的な誘拐だ。

 とんでもなく胸糞の悪いやり方だが。


「しかし世間知らずな子だなぁ。観光客か?」


 この王都に住んでいるなら噂くらい聞いているだろうに。

 まったく。


 このまま見過ごして、あの子が誘拐されたら目覚めが悪いどころじゃない。

 助けるか。


 剣の才能がなかった俺だが、ずっと鍛えられてきたため、体術はそれなりだ。大人が相手でも十分に戦える。

 剣術よりもよっぽど才能があると思うんだが、ルークラインじゃ大して評価されない才能でもある。


「うわあぁぁぁん!!」

「もう大丈夫ですから。一緒にお母さまを探しましょうね」


 少女が笑顔で子供に語りかける。

 横顔だけだが、ビックリするくらい綺麗な子だ。


 それに一般市民にしては身に着けているモノが上等すぎる。

 貴族の子か?


 そりゃあ誘拐犯も目をつけるはずだ。


「大人しくしな。お嬢ちゃん」


 背後から近付いてきた男は少女にナイフを突きつける。

 少女はとっさに子供を背中に庇い、何かしようとしたが、その背中に庇った子供にナイフを突きつけられてしまう。


「動くなよ。綺麗な姉ちゃん」

「あなた……」


 子供もナイフを隠し持っていたようで、少女はそれで身動きが封じられたらしい。

 大した悪ガキだ。


「へへへ、久々の上玉だ。高く売れるぜ」

「分け前は半々だぜ?」

「わかってるよ」


 男はゲスイ笑みを浮かべた。

 頭の中ではどうやって少女を売ろうか考えているんだろう。


 子供のほうはそういうことには関心はなさそうだ。おそらく金だけが目当てなんだろう。


 少女は険しい表情を浮かべて、子供と男を交互に見つめる。


「騙したんですね」

「あんたみたいなお人よしは楽でいいよ。あ、恨むなよ? 今の世の中、騙されるほうが悪いんだ」


 どうやら本当に親とはぐれたと思っていたらしい。

 お人よしという部分じゃ俺も同感だな。


 後半には同意できないが。


「騙すほうが悪いに決まってるだろ」


 音もなく近づき、男の首に手刀を入れたあと、思いっきり蹴り飛ばす。

 そのまま驚いている少女の手を掴み、俺のほうに引っ張った。


 一瞬のことで子供は何もできなかったようだ。


「運が悪かったな。俺が通りかからなかったら成功だっただろうに」

「なっ! てめぇ!」

「通報をしないでやる。悪いことは言わないから、あんな男とは縁を切れ。すぐにお前らは捕まるぞ」

「勝手なこというな! 貴族のボンボンのくせに! 服装でわかるぞ!」

「ついさっきまでの話だけどな。さっき親から勘当を言い渡されたよ。それでも誰かを誘拐して稼ごうとは思わない」


 俺がそういうと、子供は目を見開き、やがて苦々しい表情を見せながら去っていった。

 男は傍で伸びてるし、当分は目を覚まさないだろう。

 いずれ巡回の騎士が見つけて、御用のはずだ。


「さて、大丈夫だった?」


 振り返ると、少女の顔がよく見えた。

 思わず息が止まる。


 腰まで伸びるウェーブのかかった金髪は、光を束ねたように輝いていて、紫の瞳は極上の宝石のように透き通っている。

 まさしく美少女だった。


 前世を含めて、こんな綺麗な子には会ったことがない。


「危ないところをありがとうございました。本当に助かりました」

「えっと、あ……怪我はない?」


 少女は俺の問いかけに、はい、と柔らかい笑みを浮かべて答えた。

 その笑みに半ば見惚れつつ、俺は冷静に頭を働かせる。


 こんな綺麗な子なら間違いなく有名になる。

 貴族だろうが平民だろうが、求婚の申し込みが殺到するはずだ。


 しかし、この国でそこまで話題になった女の子の話は聞かない。

 やっぱり他国の子なんだろうか。

 けど、一人で旅をするとは思えないし。


「あ、申し遅れました。私はティアナと言います。光神教会の神官見習いです」


 光神教会。

 それは光の女神ルシアを信仰する大陸最大の宗教団体だ。


 オスクロを信仰する冥神教団とは対立関係にあり、対冥神教団用に独自の戦力まで持っている。

 

 確かにそんな光神教会の関係者なら噂がなくても不思議じゃないか。

 まぁ、世間知らずすぎる気もするけど。


「俺はレオナルド。大抵の人はレオっていうからそう呼んで」


 なんてことのない自己紹介だったが、ティアナは驚いたように目を見開き、続いて嬉しそうに笑った。

 何が嬉しいんだろうか。


「はい! レオさんですね! 私もティアナと呼んでくださいますか?」


 こちらの様子をうかがうようにティアナは言ってきた。

 呼び捨てでも構わないだろ。たぶん外見上は似たような年だし。俺はそもそも中身はおっさんだし。


「わかった。じゃあティアナ。聞きたいことがあるんだけど」

「はい! なんでしょうか!」


 嬉しくてたまらないといった感じでティアナが返事をしてきた。

 今のやりとりのどこにそこまで喜びを爆発させる要素があったんだろうか。


 不思議な子だ。


「えっと……どうして光神教会の人がこんなところに? 身をもって知ったと思うけど、ここは危ない場所だ」

「あ、それは……私は司祭様について各地の国を回っているんですが、いつも到着するとその国の孤児院に向かうんです……。黙って」

「……あまり良いことじゃないな」


 素直な感想を口にすると、ティアナはガクリと肩を落とした。

 まぁ、孤児院に行くってあたり優しい性格なのはよくわかる。


 とはいえ、それで自分が危険にさらされてちゃ世話がない。


「それで? 孤児院に向かう途中であいつらに絡まれたわけ?」

「いえ、今は孤児院の帰りなんです。ただ、その……」

「その?」

「お城への帰り道がわからなくなってしまって……」


 恥ずかしそうにティアナは告白する。

 まぁ、この都に不慣れな人ならしょうがないことだろう。


 ここらへんは城から離れた区画だし、王都の中でもとくに入り組んでいる。

 遠くに見える城を目指しても、なかなかたどり着かない。


「それなのに迷子を見つけて相手をしてたのか? しかも自分は誘拐されかけるし」

「ううぅ……」


 最初はただのお人よしと思ったが、それどころじゃない。

 ティアナは筋金入りのお人よしだ。


 まったく、光神教会の人間はみんなこんな感じなのか?


「しょうがない。乗りかかった船だ。城まで案内するよ」

「本当ですか!?」

「ああ、ただ城までの一本道までかな。それ以上近づいたらバレるかもしれないし」

「バレる?」


 不思議そうに首をかしげるティアナに対して、俺は苦笑を浮かべる。

 会ったばかりのティアナに話すことでもない。


「こっちの話さ。さ、行こう」


 はぐれないようにティアナの手を掴み、俺は城への道を進み始めた。






♰♰♰♰♰






 ティアナとの王都での旅は別段、特別なこともなく終わった。

 出店で飲み物とおやつを買って、適当に寄り道をしながら城につながる一本道まで向かう。

 ただそれだけだ。


 しかし、それだけのことがティアナには新鮮だったようで、とても楽しそうだった。


「レオさん! なんだかあちこちから大きな声が聞こえてきますけど、これはなんですか?」


 ティアナが興味津々といった様子で問いかけてきた。

 聞こえてくるのは多数の気合。


 ここらへんは剣術道場が多いから、そこらへんから聞こえてくる気合だろうな。


「この国では剣術が一番盛んなのは有名だろ? これはあちこちの道場から聞こえてくる気合だよ」

「なるほど。さすがは剣士の国とよばれるアングルス騎士国ですね」

「まぁ、でもそのせいで剣術の才能がないと肩身が狭いんだけどね」


 自嘲気味につぶやく。

 生を受けて十年近く剣を握ってきたが、それで褒められたことは一度もない。

 試合に勝ったこともないし、よく続けてきたと思う。


 けれど、それも今日で終わった。

 あの家で剣の才無き者に居場所はないと思い知った。


 ほかの家に生まれていたら剣術以外の道も選べただろうが、あの家では剣士以外は人として扱われないのだ。


「レオさんは剣術の才能がないんですか?」

「はっきり聞いてくるね」

「あ、ご、ごめんなさい……」

「いいさ。たしかに俺には剣術の才能はない。魔法だって初級魔法しか使えない。名家に生まれたってのに両親の才能を引き継がなかったのさ。だから、俺は失敗作なんだ」

「……そういえば、さきほど勘当されたと言っていましたね? それと何か関係が?」


 ティアナが真っすぐとこちらを見つめてくる。

 その目はなんだか何もかもを見透かしているようで、隠し事を許してくれなかった。


 その目に急かされるようにして、俺は自分の状況を語った。


「ああ、そうさ。俺は剣術の才能がないから勘当された。ルークライン家に無能はいらないからね」

「ルークライン? ルークライン魔剣術のルークライン伯爵家ですか?」

「ああ、そのルークラインだよ」

「ということは、レオさんのお父様はこの国の聖騎士団長ということですか?」


 聖騎士というのは王直属の精鋭騎士のことだ。騎士国だけでなく、各国にも存在しており、上位騎士という認識で間違いない。


 実力で選ばれる精鋭部隊であり、騎士を目指す者たちの憧れでもある。

 とはいえ、この国ではほとんどの聖騎士が魔剣士だ。大抵の強い奴は魔剣士といっても過言じゃない。


 その頂点に立つのが、俺の父であるクロード・ルークラインだ。


「人格者と聞いていたのですが……剣術の才能がないからといって、ご子息を勘当するなんて……」

「まぁ、家出ってことになってるけどね。勘当だと外聞が悪いから」

「それではレオさんが悪者みたいではないですか!」

「そうしたいんだよ。家の大人たちは」


 ティアナは眉をよせ、怒りをあらわにする。

 その様子を見て、なぜだか俺がスッキリした。


 他人の怒りを見ると落ち着けるというのは本当みたいだ。


「レオさんは納得しているんですか?」

「納得はしてない。ただ理解はできる。ルークラインは魔剣術で名を残してきた家だから。そこに無能がいれば侮られ、今までの努力が水の泡になる。だから家を守るために俺を追放したんだと思う」

「……レオさんは本当に見た目どおりの年齢ですか? まるで経験を重ねた大人のような言い方ですね」

「え!?」


 鋭い!

 いや、たしかに不自然か。


 もうちょっと落ち込むべきだっただろうか。

 いや、今更か。


「それは……ずっと無能って言われてきたせいで、わりと達観してるんだよ。それに勘当されたからといって、残念なことばかりじゃないんだ。剣術以外の道も選べるから」

「剣術以外の道ですか……。もう決めているんですか?」

「いや、今日、勘当されたばかりだしね。まだ決めてないんだ。けど、なにか武術をやると思う」


 そうじゃないとオスクロとの約束は果たせないし。

 どっかの国で出世するっていう手もあるけど、それをするにも地盤がいる。


 今の何もない状況から始めるなら、どこかの高名な武人に弟子入りして、その道を極めるというのが一番のはずだ。


 そんなことを話しているうちに、城へと続く一本道へとたどり着く。

 これ以上は俺はいけない。


「俺はここまでだよ。今日中に王都から出ないとだし」

「どこに行くか決めているんですか?」

「どうしようかな。まずは国を出て、よその国に行こうと思う。そこで考えるよ。自分の進むべき道を」


 それを聞くとティアナはかすかに逡巡したあと、口を開く。


「案内をしてくれたお礼というわけではないですが……聖王国エクレールの南端にアース霊山という場所があります。そこに私が知る限り、最強の武人が住んでいます。良ければ訪ねてみてはいかがでしょう」

「最強の武人?」

「はい。魔拳術の使い手です。優しい人ですから、きっとレオさんの助けになってくれると思います」


 魔拳術。

 それは魔法と拳術を組み合わせた武術だ。

 格闘を主体とし、その攻撃に魔法を乗せる。

 それを扱う者は魔拳士と呼ばれ、通常の拳士とは別格として扱われる。


 使い手は少ないが、極めるが強力だと聞いている。

 体術の才能は剣術よりあるし、いい話かもしれない。


「ありがとう。じゃあ、まずはそこに向かってみるよ」

「……では、これでさようならですね。せっかく友人になれたのに残念です……」


 寂しそうにティアナはつぶやく。

 おそらく、これから先、会う可能性は恐ろしく低い。


 だから本当にさようならだろうな。


「また……会えますか? いつか……何年後かでも構いません」

「どうかな。俺はこの国にはいられないし、君も同じところにいるわけじゃないだろ?」

「そう、ですよね……」


 ティアナが目に見えた落ち込んだ表情を見せた。

 大した時間、一緒にいたわけじゃない。けれど、ティアナにとって俺は再会したいと思える相手らしい。

 そのことは、素直にうれしいと思える。

 けど、不思議ではあった。


「どうして再会したいと思うんだい? 俺が君を助けたから?」

「それもあります。けど……初めて同年代の人と仲良くなれたので……ずっと修行ばかりだったので、同年代の人と名前を呼びあうことは憧れだったんです」


 ティアナは寂しげな笑顔を浮かべた。

 光神教会の神官がそこまで厳しい修行をするとは聞いたことがない。

 やっぱり、城に招かれるほどの司祭についてくるだけあって、ティアナは特別なのかもしれない。


 そうであるならば、俺は自分にできることをするべきだろう。


「わかった。じゃあ、何年後になるかわからないけど……俺が自由にあちこちを旅できるようになったら、君を探すよ。だから君も立派な司祭になっててよ。そっちのほうが探しやすいしね」

「本当ですか!? わかりました! 努力します!」

「俺も精いっぱい、君を見つけられるように努力するよ」


 言った後、俺は胸のペンダントに手をかける。

 少しだけ触ったあと、俺はそのペンダントをティアナに手渡した。


「目印だ。君が持っていて」

「綺麗なペンダントですね」

「ああ、亡くなった母親から貰ったものなんだ。宝物だ」

「えっ!? そ、それはレオさんが持っているべきです!」

「君が持っていてよ。ただの口約束だけど……それが約束の証だ。いつか必ず、返して貰いにいくからさ」


 俺がそういうと。


「はい! それなら必ず……見つけてくださいね。待っています」

 

 ティアナは聖母のような笑顔でそういった。

 その笑みを見ていると心が洗われるようだった。


 ルークライン家に感じていた負の感情も、この笑顔を見ていると消え去っていく。


 そんなことを思いながら、俺はティアナに手を振って別れた。

 ティアナが向かうのは城。

 俺が向かうのは王都の正門。


 正反対の道を俺たちは進む。

 また会える日を期待しながら。




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