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第三章 正体 4




 サブナックの周りに黒い魔力が漂い始め、やがてそれらが剣へと集中していく。

 それらはさきほど以上の龍へと変貌していく。

 どうやらさっきのですら本気ではなかったらしい。


「私の本気に打ち勝てるかな? 少なくともこれまで単独で打ち勝った人間はいないぞ」

「そうかい……じゃあ俺が一人目だ。そして理解しろ。弟子の俺ですらお前に勝てるという現実を。魔神たちの時代はもう終わっている」

「ふっ……望むところだ。もしもそうだとするならこんな楽しいことはない。さぁ、私の愉悦を満たしてくれ!」


 そう言ってサブナックは剣を高く掲げる。

 すると巨大な龍がさらに巨大化した。


 魔力で作られたモノだが、本当に睨みつけられている気分だ。

 こんな攻撃があるのに、剣での攻撃は通用せず、各種魔法への対策があるとか反則だろ。


 しかし。


「それでもこっちには奥の手がある……よく見ておけよ。サブナック。お前が見る最後の攻撃だ」


 そろそろ俺の体も限界だ。

 膨大すぎる魔力にパンク寸前といったところか。


 その魔力をフル稼働させて俺はサブナックが対策不能な唯一の魔法を唱えた。


「【シャイニング・十万連】!!」


 王都上空に十万の光球が浮かぶ。

 それはまるで星空のようだった。


 さすがのサブナックも十万の連立には驚愕を隠せないようだった。


「とんでもないな……いくら私の全力でもその数の光魔法を耐えられるかどうか」


 そうサブナックは言うが、これはただの準備段階。

 サブナックは俺を初級魔法を極めた魔導師と評したが、それは違う。


 俺はあくまで魔拳士だ。

 最後に使う技も魔拳術に決まっている。


「集え、極光。星の十字と成れ!」


 王都上空にまんべんなく散らばっていた光球たちが、俺の右手の掌へと集まってくる。

 それは空を駆ける流星群のようで、集った先はどんどん輝きを増していく。


「それは……なんだ? 極級魔法かな?」

「いや……ただの初級魔法だ」


 十万を集結させた俺の掌には光り輝く十字架があった。

 それを見てサブナックは極級魔法を例えに出す。


 実際、その輝きは極級魔法クラスだろう。

 塵も積もれば山となる。

 たとえ初級魔法といえど十万も集まれば最高位の魔法に匹敵する。


「ふっ……恐ろしい初級魔法もあったものだ。その輝き、かつて見た光の極級魔法【セレスティアル・ジャッジメント】にも引けを取らない。しかも……それを技に転用するのだろう?」

「ああ……よく見ておけよ? お前らが寝ている間に最強たちがしのぎを削って完成させた対魔神用の技だ」


 五極星たちの奥義は人間には完全にオーバーキルだ。

 それでもそんな技が開発され、磨かれ続けてきたのはいつの日か魔神と戦うことを想定していたからだ。


 これもその一つ。

 本来であれば高位の光魔法を一点集中して放つ技だが、俺だとこういう形になってしまう。

 しかし、威力という点では本来の形とも引けを取らない。


「行くぞ……ローデンバーグ流魔拳術――」

「こちらも行こう! 真・龍黒閃(ヴァールハイト・ドラッヘ・シュバルツ・リヒト)!!!!!!!!」


 技を先に繰り出したのはサブナックのほうだった。

 巨大な黒龍が俺へと迫るが、俺は静かに右手を引く。


 右手には今にも爆発しそうな魔法が溜められている。

 焦りは禁物。

 そもそも俺は光魔法の扱いが苦手だ。


 最初に教えられたときも上手くはできなかった。

 コツを掴んだのも実戦の中でだった。


 四年前。

 ティアナに再度出会った日。

 聖女を助けるときに俺はコツをつかんだ。


 今思えば。

 あのときの聖女はティアナだったのかもしれない。

 影武者といってもいつもティアナと入れ替わっているわけではないだろう。


 おそらく今回のように危険が判断されないかぎり、ティアナはそのまま聖女として扱われているはず。


 そうだとすると、あのとき俺が助けた聖女はティアナだったんだろう。

 だからティアナは〝また〟という言葉を強調した。


 そのティアナが最後の力で王都に結界を張ってくれた。

 俺が周りを気にしないでいいように。

 存分に戦えるように。

 

 この王都にいい思い出なんてほとんどない。

 ティアナとミリアム以外守りたいとは思えない。


 だけど。

 この王都で生まれ育った。

 優しかった母との思い出も。

 幼い頃のミリアムとの思い出も。


 この王都にある。

 それは嫌な思い出に比べれば微々たるものだ。

 だけど俺にとっては大切で。

 ティアナはそれを察して、王都全体を守ってくれている。


 そんなティアナの思いを無駄にするわけにはいかない。


「奥義! 星十字極光天掌せいじゅうじきょっこうてんしょう!!!!!!」


 黒龍へと加速しながら俺は集束した光の十字を突き出した。

 黒龍が大口を開けて俺を飲み込む寸前。


 太陽よりもなお眩い光が煌き、黒龍を切り裂く。

 その勢いのまま、俺はサブナックへと突進する。


 手の光はいまだ止まず、輝きは衰えない。


「素晴らしい……君ほどの男が弟子だとは……師はさらに強いのだろうな。惜しいことをした。復活したことに浮かれすぎたか。もう少し慎重に立ち回るべきだったか」

「今更後悔か」


 サブナックの懐にもぐりこむ。

 黒龍にすべての魔力を注ぎ込んでいたのか、対応は鈍い。


「後悔か。そうだな。素晴らしき強者との闘いをもっと楽しみたかった。しかし、これはこれでいい。次代の拳皇となれば我が相手に不足はない!」


 サブナックは最後の力とばかりに剣を横に振るうが、それを躱しながら俺は右手をサブナックの腹部に叩き込む。

 奥義といえど技の本質は基本と変わらない。


 この技も光天掌と変わらず。

 相手の体内に魔法をゼロ距離から叩き込む技だ。


「ぬっ! おおおおおおおおおおお!!!!!!」

「光に還れ! 魔神!!」


 極級魔法クラスの魔法を体内に叩き込まれたサブナックは膨張し、やがては極大の光に包まれてその存在を消し去った。


 それを確認すると、俺の体から魔力の一切が消え去る。

 冥獄紋の効果が消え去った証拠だ。


「まずっ……」


 疲労のせいか頭が回らない。

 上空に留まることができず、俺は降下を開始した。


 魔法なしじゃ空が飛べないツケが回ってきたか。


「ちょっと魔力を残しておくべきだったか……」


 後悔を口にしても何も変わらない。

 徐々に王都の中央に位置する城の姿が鮮明になってくる。


 ティアナの結界はすでに消失しており、受け止めてくれることを期待はできない。

 今頃、城では疲れ果てたティアナをどうするかでてんやわんやだろうな。


「このままだと白刃城に串刺しだぞ……」


 笑えない結末だ。

 だけど助けてくれそうな人に心当たりがない。


「うーむ……終わったか、さすがに」


 体に力が入らない。

 魔力も体力も空だ。


 援軍も期待できない。

 こうなってはやれることと言ったら神頼みくらいか。


「助けてくれ、オスクロ」

『それは無理だ。現世に干渉できる時間は限られてるからな』

「使えない奴……」


 どうやらしっかりモニタリングしているようで、頭の中に声が響いてきた。

 まったく、神ならこういうときに備えておけよ。


『そういうな。神にも限界はあるんだ。あ、王都に潜伏していた冥神教徒どもも動き出してるからそいつらの排除もよろしくな』

「無理に決まってんだろ……」


 自分の身も守れそうにない奴が冥神教徒を相手にできるわけないだろうが。

 やっぱりこの神、駄目な神だ。


『まぁ、お前さんができないなら別の奴に頼んでおいてくれ。ちょうどよく、心強いお師匠様が来たみたいだぞ。お前の父親と一緒に』

「は?」


 オスクロの言葉を正確に理解できない。

 師匠が来た? 俺の父親と一緒に?


 混乱していると俺の周りを風が包んだ。

 それはまるで手のように俺を掴むと。


「ぐっ!?」


 一気に俺を引っ張った。

 おかげで城に串刺しにはならなかったが、俺はとんでもない速さで城のバルコニーへと落下することになった。


「ごはっ!?」


 顔面から着地する形になり、勢いを殺すために何度も転がる羽目になった。

 死なない程度に減速されているのが嫌らしい。こんなことをするのはあの人しかいない。


「あら? だらしないわね。一体の魔神を倒すのに満身創痍なんて」

「魔神を倒した弟子に向かって、そんなことを言うのは師匠だけですよ……ほかの五極星の方々でもさすがに褒めてくれるはずです……」


 よろよろと俺は起き上がる。

 そしてバルコニーで腕を組む師匠を見据える。


「それは当然ね。ほかの五極星の弟子ならよくやったってところでしょう。けど、あなたは私の弟子だもの。魔神程度に苦戦なんてしていちゃ駄目よ」


 野太い声でそういうのは身長二メートルを超す大男。黒い中華風の服に身を包み、その佇まいはまさに達人。

 艶のある茶色の髪を背中まで伸ばしており、顔には厚い化粧を施してある。


 まぁ、非常に残念なことながら。

 我が師匠、拳において比類なき当代の拳皇。アルトリート・ローデンバーグはオカマなのである。

 しかも外見が伴わない系の。


「はぁ……記憶が正しければ忙しかったのでは?」

「忙しかったわよ。あなたの父親を帝国から連れ戻し、道中、三体ほど魔神を狩ってきたもの」


 は?

 魔神を三体狩ってきた?


 いやいや、いくら師匠が化け物でも魔神を三体狩るなんてことができるわけが。


「ご冗談でしょう?」

「師匠を疑うなんて悪い弟子ね。私が嘘をつくと思うかしら?」

「……マジなんですか」

「マジよ。といっても動いたのは私だけじゃないわ。世界中で冥神教団が魔神を復活しているから五極星がその相手をしていたの。さすがに弟子単独で魔神を撃破したのはあなただけみたいだけれど」

「誇っていいのか微妙なところですね……」


 師匠の様子を見るに手こずった様子もない。

 この言い方じゃ俺の父親と共闘したってわけでもないだろうし、そんな師匠の話を聞いたあとじゃ魔神を一体討伐した程度じゃ喜べない。


「猛省しなさい。武人の端くれなら自分の命くらいは自分で守りなさい。情けないわ」

「申し訳ありません……」

「ただ……あの子を守り抜いたことは褒めてあげるわ」


 そう言う師匠の視線の先にはティアナがいた。

 ティアナの目には薄っすらと涙が浮かんでいる。

 そして。


「レオさん!」

「のわっ!」


 ティアナは俺に飛びつくように抱きついてきた。

 それを受け止めるほどの体力は俺にはなく、勢いのまま俺はティアナと一緒に倒れこむ。


「レオさんの魔力が感じられなくなった時はもう駄目かと……」

「ああ、ごめん……魔力切れで」


 俺は極力ティアナの柔らかい体や近すぎる顔という点に意識を回さずに答える。

 落ち着け。取り乱すな。平静にしていろ。

 これは役得なんだ。できるだけこの時間を維持するべきだ。男として。


「本当に心配しました。それこそ不安で私も死んでしまうんじゃないかと思うくらいに」

「大げさだなぁ。ティアナは大丈夫?」

「はい、少し疲れたくらいです。女神ルシアに感謝しなければいけませんね。どう無事でという願いが届きました」


 そう言ってティアナは俺の肩に顔をうずめる。

 その様子を見ていると、かなり心配をかけたという罪悪感が湧いてくる。

 安心させようとティアナの頭を撫でようとしたとき。


「感謝なら私にしてほしいわ」


 俺に抱き着いていたティアナはハッとした様子で顔をあげる。

 そして苦笑する師匠を見つけると、今度は師匠に抱き着いた。


「アルトリート様!」

「あらあら、いきなり抱き着くなんて不躾よ。女の子なんだから上品でいなさいな」

「ふふ、アルトリート様は特別です。お久しぶりです! 来てくれたんですね!」


 ご褒美ともいえるティアナの柔らかい感触が消失したことと、それがそのまま師匠の手に渡ったことに愕然としていると、師匠が俺に視線を向けてくる。


「頼りない弟子だけじゃあなたの護衛は務まらないかと思ったのよ」

「そんな……レオさんはちゃんと私を守ってくれましたよ。いえ、私だけではなくこの国のすべてを守ってくれました。頼りなくなんてありません!」

「あら? ずいぶんとレオの肩を持つのね。気をつけなさい。男はみんな狼なのよ。あまりガードが緩いと食べられてしまうわよ? ティアナはとくに綺麗なんだから気を付けなさいな」

「俺は狼なんかじゃありませんよ。誤解を招くような言い方はよしてください」


 なんてことを言っていると、俺は自分の右腕の感覚がないことに気づいた。

 見た目には何の以上もない。

 しかし、これは間違いなく。


「星十字極光天掌を全力で使ったんだもの。その右腕は当分、使い物にならないわよ」

「でしょうね。しばらくは片腕の不自由な生活か……」

「そんな……あれはそんなに危険な技だったんですか?」

「危険よ。私とこの子以外が使えば、間違いなく暴発して死ぬわね。五極星の奥義というのはそういうモノなのよ」


 そう師匠が告げたとき。

 王都の端のほうで巨大な魔力が感じられた。


 この魔力は。


「あら、あなたの父親が冥神教徒狩りを始めたみたいね。これで当面の脅威は回避されたってところかしら」

「……師匠。なぜ師匠が帝国から父を連れ戻しにいったんです?」

「簡単よ。私の持ち場帝国近辺だったからよ。帝国の内部にも冥神教徒吐いたわ。そいつらを排除しつつ、魔神も討伐してこうして騎士国に来たの。もちろんあなたのためじゃないわ。ティアナのためよ」

「わかってますよ。あなたがそんなに優しくないことくらい俺が一番知ってます」

「よろしい。まぁ、最悪の場合、私が魔神と戦うことも想定していたから最悪よりはマシな結果ね。それじゃあ、次は気まずい父親との対面について思考を巡らせなさいな。あなたはこの国を救った英雄。デカい顔をしても誰も文句は言わないと思うわよ?」


 そう言って師匠は城のほうへ歩いていく。

 あの感じじゃ王へ会いに行ったんだろうな。


 くそっ、そういえば厄介ごとは残ってたな。


「あー……魔神と戦うより気が重い……」

「そんな……今のレオさんを見ればきっと認めてくれますよ」

「うちの父親はそんな甘い人間じゃないんだよ……」

「……安心してください。もしもレオさんに何かしようとしたら私が絶対に阻止しますから」


 妙な決意をティアナが告げる。

 そういう心配はしていない。

 そういうのは祖父がやることだ。


 あの人は職務と家にすべてを捧げた人だが、本質的には誇り高い武人だ。

 ゆえに頑固だから、関係の修復もほぼ不可能。


 できれば会わずにこの国を去りたかったんだけどなぁ。

 そんなことを思いつつ、俺はティアナの助けを借りて立ち上がって師匠の後を追った。

 

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