第三章 正体 3
「ローデンバーグ流魔拳術――斬鉄脚」
魔力を研ぎ澄ませて足に纏わせて蹴りを放つ。
普通の剣ならこれで一刀両断なのだが。
「その程度では話にならんが?」
こいつの持っている剣は普通ではない。
俺の蹴りと剣が交差して甲高い音を鳴らす。
まったく、埒が明かないな。
勝負が始まってから俺はずっと接近戦を仕掛けていた。
大規模な技の応酬になると、この謁見の間にいる者たちが危険にさらされるからだ。
といっても、相手は魔神。
威力の低い小手先の技じゃ決着は見えてこない。
「しゃーないか」
俺は蹴りを引くと、いったん距離を取る。
その開いた距離を利用して、俺は加速する。
「馬鹿正直に正面からか?」
「まさか」
懐に潜り込んだ瞬間、右に跳ねる。
迎撃の剣をかわし、丸裸な側面に向かって俺は技を放った。
「ローデンバーグ流魔拳術――風鋼拳・百連」
真横からの攻撃を受けてサブナックはなすすべもなく吹き飛ばされ、壁を突き破って外へと出た。
それを追って俺も外へ出る。
すると。
「これで満足かね? 周りが気になって戦えないようだったが?」
「ああ、おかげさまでな」
ダメージらしいダメージを感じさせずにサブナックは悠々と空に浮かんでいた。
その背には真っ黒な翼が生えている。
こっちと違って魔法で浮いているわけじゃないなら、長期戦は不利か。
そうなると短期戦で決める必要がある。
やはりオスクロのチートを使うべきか。
だが、あれを使うと本当に後がなくなる。
それにあんなのを王都の上で使ったら、下にどれほど被害が出るか。
勝ったもののミリアムやティアナが巻き込まれましたじゃ意味がない。
「まだ周りを気にしているようだ。いい加減にしたまえ。君の前にいるのはその程度の覚悟でどうにかなる相手ではない」
そう言ってサブナックは王都の上空すべてを覆うほどの剣を召喚した。
それが向かう先は俺ではない。
「まさか!?」
「私が不安を排除してあげよう。守るべきモノがなくなれば……君も全力を出せるだろ?」
そう言ってサブナックは一気に剣を急降下させた。
その速度は今までの比ではない。
とっさに魔法で迎撃しようにも間に合わない。
しかし。
「なっ!?」
剣は一本も王都に近づくことはできなかった。
その手前で光の結界に阻止されたからだ。
その結界を広大な王都をすべて包み込み、維持され続けている。
一時的なモノじゃない。これだけ巨大な魔法をずっと維持させるなんて。
城のほうへ行くと杖を掲げるティアナと目があった。
ティアナは俺に向かって微笑むと、一言呟く。
声は聞こえない。
だが口の動きで何を言ったかは理解できた。
「存分に……か。まったく……気が利くな。ティアナは」
「これだけの魔法を使うとは。さすがは聖女の後継。しかし、レオナルド・ローデンバーグ。この結界は長くはもたないぞ? どうする?」
「問題ない。結界が消える前にお前を消し去るからな」
そう言って俺は右の拳を前に出す。
そして手の甲の部分に掌を置く。
そこにはオスクロの紋章である逆五芒星の聖痕が刻まれている。
しかし、俺が発動させないかぎりは俺以外には見えないものだ。
逆をいえば発動させると見えてしまうから、使いどころを考える代物でもある。
見られたら一発で冥神教団扱いだからだ。
それとは別にこれの効果が問題でもある。
効果は単純で魔力の無制限供給。
これを発動中、俺の魔力に限りはない。
とはいえ、人間の耐久力には限りがある。発動できるのはせいぜい五分程度。その後はまったく動けなくなる。
だが。
それで充分だ。
「我がために輝け。冥獄星」
一瞬で俺の体に魔力が満ちる。
その魔力の性質は魔神に酷似しており、闇のように黒い。
漆黒の魔力が俺を包みこむ。
それを見て、サブナックが目を見開く。
「それは一体何の冗談かな……? それではまるで我々と同じだぞ?」
「ちょっとした裏技でな。個人的にはあまりにずる過ぎて使いたくはないんだが……お前らみたいな規格外が相手なら仕方ないだろ。覚悟しろよ……これを使うと手加減はできないからな」
言った瞬間、俺は膨大な魔力のバックアップを得て加速する。
一気に懐にもぐりこまれたサブナックは、反応すらできずに俺の技を食らう。
「ローデンバーグ流魔拳術――炎鋼拳・千連」
通常状態での全力である千連を惜しみなく使い、拳に集中させる。
いくらフレイムが初級魔法とはいえ。
千も束ねればその威力は最上級魔法に匹敵する。
しかし、相手もさすがに魔神だ。
「はっはっはっは!!!! 素晴らしい! 小手調べの技がルークラインの奥義クラスとは! これは期待できそうだ!」
吹き飛ばされたものの、サブナックの動きに乱れはない。
効いていないわけじゃなさそうだが、無視できる程度のダメージということか。
「もっとデカいのが必要か」
「さぁ……私を楽しませてくれ!!」
サブナックの周りに剣が召喚される。
その数はおよそ百。
今までと違うのはその大きさ。
巨人が使うのかと疑問を抱くほどの大きさだ。
それらはサブナックの周りにしばし滞空すると。
俺めがけて高速で飛来してきた。
「【ウィンド・千連】」
魔法で迎撃を試みるが、千発じゃ止められる数に限りがある。
百発当ててどうにかこうにか一発止められるかどうかというレベルだ。
回避行動を取る俺に向かって、その巨体に見合わない機動力で巨大な剣たちは向かってくる。
「舐めるな!! 【フレイム・万連】!!」
王都上空に一万の火球が展開され、巨剣たちの迎撃に向かう。
一気に巨剣たちを殲滅した火球はその勢いに乗って、サブナックに向かう。
だが。
「黒閃」
サブナックは漆黒の魔力を剣先に溜めて一気に放ってくる。
咄嗟に上昇して躱すが、その結果、ティアナの結界がそれを受け止めることになった。
さすがは聖女の結界というべきか、どうにか耐えきったが、無事なのは結界に覆われた王都のみであり、王都の周りにあった森はすべて余波で消え去っている。
「地形を変えるつもりか!」
「結果的にそうなるだけだ! さぁ! 早く私を倒さねば聖女が持たんぞ!!」
言われてティアナのほうを見ると、ティアナは荒い息を吐きながら膝をついていた。
あれを防ぐために魔力を大量に消費したんだろう。
無理もない。あの広大な結界を維持するだけでも大変だろうに。
「行くか」
撃ち合いではおそらく不利。
さきほどのように収束砲撃が来るとどうしても避けるしかない。
となると接近戦。
「ローデンバーグ流魔拳術――迅雷脚・万連」
足に雷を纏わせ、そのまま急降下していく。
いわゆるライダーキック状態だ。
それに対してサブナックは新たな剣を召喚して対応する。
その剣は口が開いており、見るからに醜悪だ。
だが、自信があるのかサブナックはその場を動かない。
いくら防御に自信があろうと今の俺は雷と大差ない。防げるわけがない。
「素晴らしいな! ここまで楽しめるとは思わなかった! 君を相手にするには力押しでは無理なようだ!!」
サブナックは叫びながら、剣を構えた。
「喰らえ! 我が剣獣エレキトロよ! 彼の雷を!!」
エレキトロとよばれた剣は大口を開けて俺の雷を受け止める。
そして言葉通り、俺の雷を食らい始めた。
「マジか!?」
「私にも魔法への備えはある! 甘くみないでもらおう!!」
驚いている間に俺の足に集中していた雷はすべて食われてしまう。
しかし、食われた雷はどこに行ったのか。
決まっている。
こいつの腹の中だ。
「お返ししよう」
「いらねぇよ!」
咄嗟に距離を取るが、エレキトロは俺が安全圏に逃げる前に俺の雷をすべて放出する。
しかも俺に向かって雷は収束されていた。
なすすべなく俺はその雷を正面から受け止めるほかなかった。
「この……やってくれる」
咄嗟に魔力で体を防御したから軽く焦げる程度で済んでいるが、決め手に欠ける現状はいかんともしがたい。
魔法への対策があるというなら、ほかの魔法を使用した技も似たような方法で返されてしまうだろう。
そうなると使える魔法は一つしかない。
そんなことを考えていると。
「今度はこちらから大技を使わせてもらう! 竜黒閃!!」
サブナックの剣に巨大な黒龍が纏わりつき、振り下ろされると同時に俺へと襲い掛かってきた。
サブナックの魔力でできた龍だ。
同レベルの魔力をぶつければ相殺できるはずだが。
「このっ! 面倒な!」
超圧縮された魔力を相殺するのは難しい。
どうにか龍に食い殺されることは避けているが、龍の勢いを止められない。
空中で俺を振り回したあと、龍は俺を王都を守る結界へと叩きつける。
「ちっ!!」
後方には結界、前には龍。
挟みこまれた俺は魔力を両腕に集め続けて龍の顎を防ぐ。
だが。
「まずい!!」
俺よりも先に結界が悲鳴をあげた。
あちこちにヒビが入り始めている。
さすがにティアナも限界か。
なんとか結界が持っている内に黒龍の力を削がないと、王都がめちゃくちゃにされる。
「【ウィンド・万連】!!」
風の弾丸を黒龍へと浴びせていくが、そもそも一発一発は大したことのない初級魔法だ。
黒龍を一瞬で消滅させるには至らない。
どうにか黒龍の力が弱まり始めたころ。
鏡が砕けるような音と共に結界が砕け散った。
同時に俺は黒龍によって王都の中心へと叩きつけられた。
しかし、なんとか黒龍も消滅させることに成功した。
「厄介な技を……!」
「ふっ……結界が耐えきれなかったか。まだかつての聖女の領域には至っていないようだな。現代の聖女よ」
高度を下ろしてきたサブナックが城にいるティアナに言葉を投げつける。
ティアナはエリーに支えられなければ立っていられない状態だが。
「その……ようですね……」
「もう限界では? 大人しく彼に守られていたほうが楽ではないかな?」
「馬鹿にしないでください……私はレオさんの足を引っ張ったりしません!!」
そう言ってティアナは再度杖を掲げる。
それに合わせて俺はサブナックに突進して、再度上空へと場所を移した。
「【セイクリッド・ウォール】……!!」
また王都を結界が覆う。
さきほどよりも強い輝きを持って。
「ふっ……命を削りかねん無理だな。それほどまでに君の足手まといにはなりたくないらしい」
「みたいだな」
無理をしているのは誰が見ても明らかだ。
今張っている結界は本当に最後の結界だろう。
これが破られればあとはない。
そして長くも持たない。
なら俺がすべきことは。
「サブナック。俺はあと一撃でお前を倒す。ローデンバーグの名にかけて……必ずだ!」
「面白い! ならば私も最高の一撃で応じよう!!」
お互いの魔力が一気に高まる。
この一撃で勝ったほうが勝つ。
それを俺もサブナックも感じながら、最後の技へと移行した。