第三章 正体 1
ここから第三章です。予定では四話の予定ですが、長くなったらすみません。
城への攻撃を防ぎ切った俺を、城内にいた騎士たちが騒然として出迎えた。
その中には見知った顔もいる。
ルークライン流魔剣術は多くの者に門を開いている。
だから、その門下生が騎士になっていることも珍しくはない。
そして門下生ということは、俺のこともよく知っているということだ。
俺の無能さを、だ。
「あれがレオナルドなのか……!?」
「さっきのはなんだ? あんな魔法見たことないぞ!?」
「そもそも空を飛んでいるし、あいつに一体、何があったんだ!?」
驚愕を口にする騎士たち。
いや、普通に初級魔法だぞ。あれは。数が多いだけだ。
よく見れば誰だって気づく。
そんなこともわからないとなると、やっぱり相当浮足立っているな。
まぁ、剣を大量に降らせる魔法なんて聞いたことないしな。
遠巻きに俺を見てくる騎士たちを尻目に、謁見の間へと向かう。
ミリアムのところに向かいたいが、おそらく謁見の間に行くほうがミリアムの状態は早くわかる。
何をおいても、一番に報告が届く場所だからだ。
なんて思っていると。
いきなり俺の目の前に黒い点が現れた。
それは徐々に手足を形成し。
オスクロになった。
『よっ! ようやく冥神教団と戦い始めたみたいだな』
相変わらず神出鬼没だな。神だけに。
しかし、このタイミングで出てきてくれるのはありがたい。
聞きたいことがある。
ちょうど謁見の間に向かう道に人はいないしな。
「歩きながら聞きたいことがあるんだが?」
『おう、なんでも聞いてくれ』
「辻斬りの正体は魔神か?」
確信的な部分を早々に訊く。
そんな俺に対してオスクロは苦笑しつつ。
『魔神っちゃ魔神だが、混ざりモノだな』
「……なるほど。だいたい察した。もういいぞ、帰って」
聞きたいことが聞けたため、そう言うとオスクロが大きなしぐさでため息を吐いた。
『いくら何でもつれないぜ。わざわざ仕事を放り投げてやってきたんだぞ?』
「そりゃあどうも。頼んでないから帰ってくれ」
『相変わらず神への敬意がない奴だ。強くなって驕ってるのか?』
「強くなる前から敬意はないぞ」
『悲しいなぁ。しかし、自分が強いって自覚はあるみたいだな。だから忠告をしておいてやる。オレがやったチートを使え。そうじゃなきゃ勝てないかもしれないぞ?』
神からのありがたい忠告ってことか。
つまり、そういう相手ということだ。
しかし。
「あんなの街中じゃ使えないぞ? それに使えるのは短時間。時間切れになったらそれこそお終いだ」
『気にしてられる相手か? このままじゃ国が滅びるぞ?』
「国が滅びるねぇ」
正直にいえば、別にこんな国どうなってもかまわない。
一度、滅んだほうがいい国になる気さえしてる。
ルーカスとミリアムという頼みの綱を失った以上、父が帰ってくるまでこの国は無防備といってもいい。
国の防衛は精鋭である聖騎士団と通常の騎士団が行うが、辻斬りの襲撃で聖騎士団はガタガタであり、通常の騎士団では単純に力不足だ。
このままだと聖女を守るどころか、国の中心である王都を守ることもできないだろう。
「相手が強いっていうなら、いっそうミリアムとティアナを連れて逃げるのもありだな」
我ながら覇気に欠ける言葉だ。
といっても、勝てるかわからなそうな相手と戦うのはごめんなのだ。
そうなる前に逃げるというのは現実的な案だと思う。
俺にとって大切なのは二人だけであって、あとはどうでもいいっちゃどうでもいい。
『おいおい、重大な契約違反を口にするな。忘れてないか? お前を転生させたのは冥神教団を壊滅させるためだ。そして辻斬りは魔神で、教団と繋がっている。倒しておかなきゃ勢力が拡大しちまうだろうが』
「俺が死んだらまた面倒な手順を踏むことになるぞ? ある程度、勝算が高いときに挑むのは悪い手じゃないだろ?」
『そりゃあそうだが……』
オスクロは不満そうに顔をしかめる。
こいつとしてはさっさと教団を壊滅させたいから、この機会を逃したくないんだろう。
しかし、守るたい人たちを絶対に守るためなら、逃げの一手もありだ。
逃走は有効な手段なのだから。
ただし。
「ま、戦うと思うけど。あの二人は絶対に首を縦に振らないだろうから」
『けっ! 女のためとはカッコよくなったなぁ、中年オタク。ロリコンに加えてシスコンとは救いようがないぞ?』
「前世の話を持ち出すな。お前に悪いような展開にはならないだろうから安心して空から眺めてろ」
『へいへい、んじゃ楽しみに見させてもらうわ。お前の妹の着替えを』
「殺すぞ?」
『おっと愛しの神官様のほうがよかったか?』
そんなことを言うオスクロに向かって拳を振るうが、当たる前にオスクロは闇となって消え去った。
ちくしょう、覚えておけよ、あいつ。
しばらく歩いて謁見の間にたどり着いた俺は、一つため息を吐いてから扉を開ける。
すると、そこには王や国の重鎮、そして聖女とティアナがそろっていた。
「レオナルド……!」
忌々しいという感情を隠そうともせず、デズモンドが俺を睨みつけてくる。
その周囲には屈強な剣士が何人も控えていた。
彼らには見覚えがある。
俺よりも少し上の世代の門下生たちだ。
昔はよく剣術の才能がないことを馬鹿にされ、いじめられたもんだ。
そんないじめっ子たちも今では祖父の護衛役か。
出世したもんだ。
「これは祖父上。ご機嫌斜めのようですね?」
挑発的な笑みを浮かべながら俺はそう言った。
笑みには、ざまぁみろっていう感情を込めたが、その感情は狂いなく伝わったようだ。
「ふざけるな! 貴様に祖父呼ばわりされる筋合いはない! 聞いたぞ! ミリアムやルーカスが戦っているときにそばにいたと! どうせ二人の足を引っ張ったのであろう! そうでなければ二人が負けるはずがない!」
「へぇ……」
どうやらこの老人は現実を受け止められないらしい。
自信を持っていた二人が敗れた。
それはルークラインの敗北にほかならないはずだが。
「そうだ! お嬢やルーカスの力は俺たちがよく知っている! お前の弱さもな! 卑しいお前のことだ! 影で二人を妨害したんだろ!」
「ああ! そうに違いない! 許しておけないぜ!」
「魔拳士だがなんだか知らないが、落とし前はつけてもらおうか! 腕ぐらいはもらうぞ!」
周りにいた奴らが調子づいて剣に手を掛ける。
王の前だっていうのに勇気のあるやつらだ。
しかし、肝心の王は黙ったままだ。
おそらく家の問題に口を出したくはないんだろう。
あとは心配なんてまったくしてないからか。
俺がやられるとも思ってないだろうし、俺がこいつらをボコったとしても大した問題じゃないと思っているはずだ。
今回の失態はルーカスの責任だが、それを裏で操ったのはデズモンドだ。
伯爵家でありながら強い権力を持つルークライン家だが、あまり国政には関与しない。剣にしか興味がない家だからだ。
しかし、デズモンドは国の重要局面において介入してきた。王にとっては頭の痛い話だろうな。
俺が始末することも期待しているかもしれない。
まぁそんなことはしないけど。
「うるさいぞ。黙れよ」
たったそれだけの言葉で済む。拳を振るうなんて面倒なだけだ。
俺の殺気をもろに受けた剣士たちは、ばたばたと床に倒れていく。
質のいい殺気は、相手に殺されたと錯覚させる。
あいつらの中では、今、自分は殺されたことになっているはずだ。
「なっ……!?」
「老人の心臓には悪いだろうから、外してやった。けど次に口を開けば容赦しない。あんたは黙ってルーカスとミリアムの心配をしてろ」
「くっ……」
デズモンドの顔が屈辱に歪むが、それ以上は何も言ってこない。
さすがに俺の実力を認めてくれたらしい。
「話は済んだようだな」
「はい。お騒がせしました」
何事もなかったかのように王が声を発する。
それに答えつつ、俺は居並ぶ面々を見返す。
騎士国において重鎮と呼ばれる者たちはほぼそろっている。
宰相を中心に要職に就く者やデズモンドのように力のある貴族の当主たち。
いくら緊急事態とはいえ揃いすぎだ。
これは誰かが招集したな。
チラリと俺は聖女を見る。
すると聖女が一歩前に出てきた。
「私が皆さまを集めました」
「何のためにです?」
「お伝えしなければいけないことがあるからです」
お伝えねぇ。
この状況じゃ辻斬りに関連することだろうな。
正体に関することか?
「私は聖痕を通して、前の持ち主の記憶を遡ることができます。つまり〝封印の聖女〟様の記憶です」
「なるほど。それで何か分かりましたか?」
かつての聖女の記憶からわかること。
それはつまり。
「かつて封印の聖女様は〝辻斬りと似たような攻撃をする相手〟と戦ったことがあります。名はサブナック。数百年前、冥神教団によって召喚され、世界を滅ぼしかけた七十二の魔神の一人。〝剣閃封じの侯爵〟です」
「魔神……」
誰かが呟く。
誰もそれ以上の反応はしない。
俄かには信じがたいからだ。
なにせ魔神は数百年以上前に封印された存在だ。
現代に生きる者たちにとっては過去の存在である。
しかし、封印はしょせん封印。
滅せられたわけじゃない以上、いずれ世に現れるのは必然ともいえる。
オスクロから聞いていたというのもあるが、それ以上に予想していたため驚きはない。
あれだけ奇妙な奴だ。人間ですと言われたほうが驚きは強い。
「レオナルド。あなたは辻斬りと幾度も交戦しています。あなたはどう見ますか?」
「ほぼ間違いないかと。ルーカスは剣を操られて負けました。おそらくミリアムも。相手の剣を無条件で操ったり、どこからともなく無数の剣を召喚したり、あれは俺の知る限り魔法ではありません。となると、あいつは魔神ということになるでしょう。魔力を集めていたのは封印中に弱まった力を補うため、と見れば辻褄は合います」
「はい。私も同じ考えです。ただ、封印された魔神は脆弱な存在です。単独で世に出る力はありません。ほぼ霊体と変わりませんから」
となると。
あいつは誰かに憑依している状態ということだ。
たしかに〝この体〟って言っていたし、オスクロの混ざりモノという言葉にも合致する。
「誰かが憑りつかれたってことでしょうね。もしくは自分から体を貸しているか。そしてその人物はおそらく騎士国の内部事情に通じているんでしょうね」
「魔神に体を貸す!? そんな恐ろしいこと誰がするか!」
「そうだ! 言葉を慎め!!」
一気に重鎮たちから反論が噴出した。
そりゃあそうだ。
疑われたらたまったもんじゃないだろうしな。
「レオナルド。疑心暗鬼を招くようなことを言うのはよせ。内部の者だとするならいずれわかる。それは後でよい。今、すべきことは別にある」
「というと?」
「騎士国の戦力は半減したといってもよい。残る聖騎士は少なく、いずれもルーカスやミリアムほどではない。となると我々には聖女様を守る力はないということになる」
「聖女様を逃がすと?」
「その通りだ。その護衛をお前に頼みたい」
さすがは国王。よく情勢が見えている。
光神教会のシンボルともいうべき聖女が、騎士国内で殺されるようなことがあれば騎士国は終わる。
ならば多少の危険は覚悟で避難させたほうがいい。
その代償として王都が滅茶苦茶になったとしても、再建はできるはずだ。
幸い、王の跡取りは国境にいる。それが王家の慣例だからだ。前線を知らない者は王にはなれないという、騎士国らしい慣例だ。
しかし、それによって王家が全滅する事態は避けられる。
それに聖女を逃がせば、辻斬りがそれを追うかもしれない。
王都はそれによって救われる可能性もある。
どっちにしろ騎士国としてはありがたいわけだ。
騎士国の民や重鎮からしたらたまったもんじゃないだろうが。
まぁ文句は言えないだろう。
辻斬りが聖女を追わなかった場合、真っ先に標的にされるのは王自身だ。
自分の護衛を強化しようと、俺を抱き込みにかかってもおかしくないのに、大した人だ。
「まぁ、別に俺は構いません。ただ……」
「なんだ? 申してみろ」
「聖女様ご本人がいいのであれば」
そう言って俺は聖女を見たあと、そのままティアナを見た。
綺麗な紫の色の目がかすかに見開かれる。
そしてその目に強い光が宿った。
「……民を置いて逃げるというのは心苦しいですが、騎士国の好意に」
「――私は逃げません」
そうか。
やっぱり君はそういう道を選ぶんだな。
それでこそティアナだ。
そういうティアナだからこそ、守ってあげたいと思うんだ。
そんなことを思いつつ、俺は笑みを浮かべながらティアナを見る。
ティアナはそんな俺を見て軽く微笑むと。
「エリー。下がってください」
「ティアナ様……わかりました」
聖女にそう言って自分と立ち位置を替える。
そしてティアナは王の前で膝をつき。
「国王陛下にご挨拶を申し上げます。ティアナ・セラフィーヌと申します」
衝撃的な事実を告げる。
それに対して謁見の間が大きくざわつくが、俺はいたって平静だった。
ほぼ確信に近いモノを感じていたし、ティアナが聖女だからといって何かが変わるわけじゃない。
むしろ護衛対象と守りたい人が統一されて好都合だ。
「……影武者か」
「光神教会の方針ゆえ、欺く形となってしまいました。申し訳ありません。ここにいるのはエリー。私の護衛も兼ねる神官です」
「聖女の身の安全を考えるならば当然だが……あなたは襲撃の現場におり、そこの影武者が別ルートで来た理由は?」
それは俺も気になっていた。
わざわざ影武者を別ルートで行かせる理由はどこにもない。
「王都に着く前。なにか良からぬ予感を抱き、城門を正規ルートで通りました。襲撃ならば防げると思ったのですが……愚かでした。その結果、被害が増える結果となり、王都を混乱させたこと。お詫び申し上げます」
「いや、よい。あなたがいてくれたおかげで最初の攻撃は防げた。あなたがいなければ民に大きな被害が出ていただろう。むしろ、礼を言いたい。よくぞ民を救ってくれた。そして謝罪を。あなたを守り切れず、申し訳なかった」
その通り。ティアナがそこまで責任を感じることはない。
王の言う通り、ティアナは最初の攻撃を防いだ。
二撃目を防げない護衛のほうが問題だろう。
まぁ、密かに護衛を依頼されていた俺の不始末でもあるわけだが。
だが、ティアナはそれでも俺を信頼してくれるらしい。
「しかし、聖女よ。あなたの力でも防げないこともあることはその事が証明している。ここは逃げることを決断してほしい」
「迷える民たちを置いてはいけません。私がいれば助かる命もあるはずです」
「だが、あなたの命が危険にさらされる」
「その点については問題ありません。私には最強の護衛がついていますので」
そう言ってティアナは俺を見る。
最強とは買いかぶられたもんだ。
けれど、その信頼には応えなきゃいけないだろうな。
魔神は強力だ。
なにせ五英雄と封印の聖女が、封じることしかできなかった相手だ。強いに決まっている。
俺が単独で挑むには危険すぎる。
負ければ俺だけでなくティアナも危険にさらすし、師匠の名にも傷がつく。
だけど。
だけど、である。
この拳を鍛えてきたのは一つの道を極めるためだ。
いまだ修行の最中だし、最強なんて名乗れない。
勝てない相手が存在するなら退くことも大切だ。そう教わってきた。
しかし、逃げれない戦いは確かに存在する。
逃げてはいけない戦いがある。
臆病者と呼ばれてもいい。
軟弱者と呼ばれてもいい。
無能だ、落ちこぼれだと言われてもいい。
だが、ティアナの期待だけは裏切れない。裏切ってはいけない。
だから。
「できれば逃げてほしいけれど……わかったよ。王都に残りたいなら残ればいい。君が大勢を守るなら……君は俺が守ろう」
「はい。〝また〟よろしくお願いします」
それがすべてだった。
王はため息を吐き、玉座に体重を預ける。どうやらドッと疲れがきたらしい。
「レオナルド……勝算はあるのか?」
「五分五分といったところです」
「五分五分か……」
もうちょっと高い確率を聞きたかったんだろうな。
王は渋い顔を見せた。
それに対して俺は肩をすくめて応えた。
魔神相手に五分五分なだけマシだと思ってほしい。
なんて思っていると。
突然、慌ただしい足音が聞こえてきた。
そして。
「失礼を! 聖女様はおられますか!」
光神教会の司祭服を着た優男が焦った表情を浮かべながら入ってきた。
「どうした、エリック司祭。そんなに慌てて」
その名には聞き覚えがある。
この王都に赴任している司祭の名だ。
「国王陛下。ご無礼を。さきほどまでミリアムとルーカスの様子を見ていたのですが、様子が急変しました! どうか聖女様にお力添えをいただきたいのです!」
その報告を聞いた瞬間、俺は静かに拳を握り締めた。