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第二章 しがらみ 2

一日二回更新の二つ目です。お間違いなく。




 アングルス騎士国王都ブレイド。

 その中心にある城は、白刃城と呼ばれている。


 真っ白な色と剣の刃に似た外観から名づけられた城だ。

 その最上階にはこの騎士国を治める王がいる。


 アンセル七世。

 それが王の名だ。


 俺が子供の頃から老人で、当然、今も老人だ。

 七年前から外見に変化はない。長い白髪に琥珀色の瞳、そして皺だらけの顔。


 しかし、かつては自ら剣を取って戦場に出ていた武王だ。

 というか、そういう人物しかこの国では王になれない。

 王に求められるのは王としての素質ではなく、剣の才なのだ。


 まぁ、幸運なことにこのアンセル七世は王としてもそれなりの才能を持っており、即位してからは善政を敷いている。


「久しいな、レオナルド。七年ぶりの王都はどうだ?」


 玉座に座るアンセル七世はそう問いかけてきた。

 まるで帰ってきた孫を迎えるような口ぶりに、謁見の間にいるすべての人間が困惑した表情を浮かべた。


 相変わらずな人だ。

 昔から、この王は俺を可愛がってくれた。

 とはいっても、会うのは年に一回か二回。

 本当の祖父と孫のように親しかったわけじゃない。


 それでもこうして声をかけてくれるのは、生来の性格が外交的だからだ。


「お久しぶりでございます、国王陛下。正直、多くの場所が変わっており、困惑しましたが、この城は変わっておらず安心しているところです」

「そうだろうな。城は王の家だ。主である王が変わらなければ城は変わらん。つまり、あと十年は変わらんということだ」

「そうであれば騎士国にとってはこれ以上ない幸福でしょう」


 俺がそう返すと、アンセル七世は満足げに頷く。

 そしてその笑みのまま、


「さて……再会の挨拶はこのへんにしておこう。聞きたいのだが、どうしてお前は拘束されている?」

「それはこちらが聞きたいのですが……」


 現在、俺は鎖でグルグル巻きにされている。魔力を完全に遮断する素材らしく、腕力だけじゃ千切るのは難しい。

 横には騎士が二名、監視についており、完全に犯人扱いだ。


「ル―カス。儂は話を聞きたいと言っただけだが? どうしてここまで厳重に拘束して連れてきた?」


 傍に控えるルーカスに王が問いかける。

 おかしい。あそこに立てるのは聖騎士団長だけのはず。

 つまり、俺の父があそこにいるが正常だ。


 やっぱり父は王都にいないのかもしれないな。


「はっ。辻斬りの犯行現場にてミリアムがレオナルドの魔力を探知しました。その後、陛下の命により、私がレオナルドの宿に向かったところ、女性の神官がベッドの端で怯えて毛布に包まっておりました。状況的にレオナルドに暴行されかけているところと判断しましたので、このように拘束を」


 こいつの目にはティアナが怯えていたように見えたらしい。

 もしも怯えていたとするなら、窓を割って入ってきたこいつに怯えてたってことなんだろうが、こいつが気づくことはありえないな。


 それに謎が一つ解けた。

 俺の魔力を探知したのはミリアムか。それなら納得だ。

 さぞや驚いたことだろうな。


「ふむ……それでその女性神官は?」

「先に到着しておりました聖女様と会っているところです」

「聖女と会っているならば、無理に呼ぶわけにもいかぬか。では先にレオナルドの言い分を聞こう」


 アンセル七世が俺に話を振ってきた。

 その顔は半分呆れている。どうやら、ルーカスの言い分に無理があることを承知しているらしい。


 正直、助かる。


「俺が王都に来たのは一昨日のこと。傭兵として仕事を探しに来ました。辻斬りの犯行現場に魔力反応があったのは、そこで辻斬りと交戦したからです」

「なに? 辻斬りと交戦? 真か?」

「嘘でございます。このような無能者が辻斬りと交戦して生きているなどありえません.。剣術の才能もないばかりか、魔法も初級しか使えない出来損ないですぞ」


 ついに口を開いたか。

 杖をついた小柄な老人。

 ルークラインの特徴である青い目を持つこの老人は、デズモンド・ルークライン。


 俺の祖父にして、ルークライン家の長老だ。

 今はもう半隠居状態だったらしいが、俺が現れたことを聞いて、わざわざ城まで来たらしい。


「デズモンド。儂はレオナルドに聞いているのだが?」

「失礼を、陛下。しかし、仮にもこやつは私の孫だった者。その無能さは私が一番よく知っております」

「では、祖父上。その理論から行くと俺は辻斬りではないということになりますね。襲われたのは高名な魔剣士ばかりだとか。無能者では歯が立たないでしょう」


 相変わらず気に入らない爺さんだ。

 ついつい、この人相手だと喧嘩腰になってしまう。


 アンセル七世が円熟した老人とするなら、このデズモンドは未熟な老人だ。

 昔はルークラインにこの人ありと言われた魔剣士だったが、老いとともに剣を握れなくなり、自分のアイデンティティーを喪失。居場所の確保のために権威を振りかざすようになった。

 それゆえに他人に攻撃的で、不平や不満も多い。


 厄介な老人の典型例だ。


「お前に祖父などと呼ばれたくはない! ルークラインの面汚しめ! どうせ複数人で襲ったのだろうが! お前のような無能者はいつも卑怯な手に頼る!」

「あくまで俺を犯人にしたいようですね……。陛下。女性神官に話を聞けば、冤罪だと証明されると思いますが?」

「それはその通りだ。しかし、どうして女性神官と一緒にいた?」

「たまたま聖女様の襲撃事件に居合わせまして、そこで冥神教徒に追われている彼女を保護しました。ただ、辻斬りと冥神教徒は繋がっていたため、騎士団が動き出すまでは動くのを控えて隠れていました」

「辻斬りと冥神教徒が繋がっている? 次から次へと新事実を明かしてくれる。ずっと聖騎士団が調査していたのだがな」


 アンセル七世が呆れ交じりにルーカスを見る。

 その目には微かな失望がうかがえる。


 本来、そこにいる人間ならば、という気持ちがあるんだろう。

 けれど、ルーカスはその視線には気づかない。


「陛下。まだレオナルドが無罪と決まったわけではありません。デタラメを言って、こちらの捜査を混乱させる気かもしれませんし、デズモンド様の言う通り、複数人の犯行とならばレオナルドでも可能です。それにレオナルドを護送中に魔獣の襲撃もありました。あれはレオナルドの口封じ、もしくは救出のための魔獣だった可能性もあります」

「はぁ……辻斬りの正体も掴めてないのに捜査ねぇ。捜査ごっこの間違いじゃないのか?」


 さすがに苛立ちが募ってきたため、出てくる言葉がついつい皮肉になってしまう。

 それを聞いてルーカスの表情が厳しくなる。


「そうだ。僕らですら正体を掴めていない相手だ。どうして君が正体を掴める?」

「俺がお前らより有能だからじゃないか? 少なくとも父なら正体くらいはあっさり掴んでると思うぞ? 陛下、父はどこに? 辻斬りの力は想像以上です。聖女様への最初の攻撃も辻斬りによるもの。正直、父以外では太刀打ちできないでしょう」


 聖騎士団長が王都を離れることなんてめったにないことだが、王命ならありえる。

 そのため、俺は直接王に所在を訊ねた。


「うむ……お前の父は現在、シュタール帝国に赴いておる。国境問題の解決の特使としてな」

「謀られましたね」


 騎士国最強の聖騎士が不在のときに騒ぎが起きるなんて、都合がよすぎる。

 聖騎士を四人も失い、しかも最強の切り札も不在か。


 これは城にいても安全じゃないぞ。


「情報が漏れたということか?」


 今まで黙っていた宰相、ホーエンハイムが訊ねてくる。

 依頼を受けたときに宣言したとおり、俺を助ける気なんて欠片も見せていなかったが、さすがにこれ以上は黙ってはいられないか。


「内々に特使を派遣したのでは? その隙をつくように辻斬りが出てきたならば、内部に協力者がいると疑うべきでしょうね」

「知っている者はごく僅かだ。この場にいる重臣とあとは光神教会の司祭と数人くらいか……調べるとしよう」

「それがよろしいかと。レオナルド。他にも聞きたいことがある。辻斬りが最初の襲撃をしたというのは本当か?」

「ええ。飛んできた斬撃のほうに行ったら、あいつがいました。黒いマントに髑髏の仮面。間違いようがありませんよ。あの口ぶりじゃ魔力をだいぶ消費したみたいですから、また辻斬りを行うと思いますよ」


 ぶっちゃけ、さっさと動いてほしい。

 そうすれば俺の疑いも消えてなくなる。


「消耗していたのならば、その場で仕留められなかったのか?」


 宰相の言葉に祖父が鼻を鳴らす。

 無理に決まっているだろという意味だろうな。


 宰相はそれを無視して、俺の答えを待つ。


「冥神教徒の動きが見えたので、聖職者の救助を優先しました」

「なぜそこで聖騎士を呼ばないんだ。僕らなら捕らえられた」


 ルーカスの一言を聞いて、俺の中の何かが切れた。

 こいつは何を言っているんだ?


 あの場にいるということは、こいつが聖騎士団長代理だ。

 聖女の護衛の責任者はこいつだし、王都を守るのもこいつの仕事だ。

 こいつがしっかりしていれば、ティアナがあんなに悲し気な顔をすることもなかったのに。


「捕らえられた? じゃあ、あのとき何をしていた? 聖女を招いてみすみす襲撃を許しておきながら、よくもそんなことが言えたな? 何人死んだと思ってる? 死んだあとも死体を弄ばれた人すらいるんだぞ? 騎士国を守るべき立場にいるのはお前だろ? その白いマントは飾りか?」

「僕は城で陛下を守る必要があったんだ。だけど、少し時間を稼いでくれるだけで間に合えた。そうすればこれから先の悲劇も未然に防げたはずだ!」


 勝手なことを。

 無能よばわりしておきながら、俺を頼るなよ。


 そもそも、前提が間違っているんだ。


「昔から思っていたが、確信した。お前は馬鹿だ。いいか? 襲撃を許した、この一点だけでお前は聖騎士団長代理失格だ。お前がすべきことは襲撃を防ぐことであり、そのために全力を尽くすべきだった。聖女への襲撃を防げなかった聖騎士団をどこの国が恐れる? 聖騎士団の名誉も武威も失墜させた団長代理、それがお前だ。俺なら恥ずかしくて発言なんてできないけどな」


 それでもルーカスは責任を取ることはないだろう。

 それだけ辻斬りは強力だったし、ルーカスに代わる人材がほいほいといるわけでもない。


 だが、それとルーカスが自分の失態を自覚するのは別問題だ。

 処罰はされなくても、ルーカスは猛省するべきだ。それこそ聖騎士をやめることを考えるくらい思い詰めて、ようやくちょうどいい。

 

「すべて僕の責任と言うつもりか!?」

「それが聖騎士団長だ! 王都で起こるすべての異変において、聖騎士団長は責任を持っている。だからこそ王の横に控えることが許されているんだ! その自覚もなく、そこにいるから襲撃を許すんだ。間抜け」


 少なくとも俺の知る父はそのことを自覚していた。

 親としてどうかと思うが、聖騎士団長としては立派だった。

 王都のすべてを背負い、守る覚悟があった。


 それを知っているから、その場にルーカスのように覚悟の薄い奴が同じ場所に立っているのが無性に腹が立つ。


「いい加減にせよ、二人とも。儂の前で喧嘩はよせ。ルーカス、お前も黙っておれ。代理ゆえ大目に見ていたが、今回の襲撃、お前の責任によるところは大きいと自覚せよ」

「は、はっ……申し訳ありません」


 まさか王にまで言われると思わなかったのか、ルーカスは傷ついた表情で口を閉じた。

 その様子を見て、小さく宰相がため息を吐いた。


 わざわざ師匠を外から呼ぼうとするわけだ。

 聖騎士の要ともいえる父がいないせいで、聖騎士団はガタガタだ。


 若いものの実力のあるルーカスを代理に据えて、将来への経験にしようとでも思ったのだろうが、大きな失敗だったな。


 そんなことを思ったとき。


「失礼します。聖騎士ミリアム・ルークライン。入ります」


 名乗りながらミリアムが謁見の間に入ってきた。

 そして。


「ミリアム。女性神官から話は聞けたか?」


 王がそうミリアムに問いかけた。

 姿が見えないと思ったら、そんなことしてたのか。


 ミリアムは王の前で膝をつくと。


「はい。冥神教徒に襲撃されていたところを救われたと証言しております。彼女の意見を全面的に聖女様も支持し、光神教会よりすぐに犯人扱いを取り消すようにという強い要請もありました」

「襲撃を許し、誤認逮捕。しかも光神教会の印象をさらに悪化させる形になるとは……陛下。団長代理を交代させては?」

「そう簡単に頭を挿げ替えるわけにもいくまい」

「ですが、ルーカスのサポートを期待されたベテランの聖騎士たちは襲撃で亡くなっています。若いルーカスにはこの困難な状況は荷が多いかと」

「お、お待ちください! 僕はまだやれます! もう一度チャンスをください! 必ず辻斬りを捕まえ、冥神教徒を壊滅してみせます!」


 ルーカスの言葉に重臣たちが渋い顔をする。

 彼らは次代を担うルーカスにこれ以上、失態を重ねてほしくないのだ。


 おそらく父はもう呼び戻されているはず。

 それまでの間、別の人物に代理をさせ、そいつに責任を被せてルーカスを守る、なんてことは考えているだろうな。


 人格面で残念ではあるが、ルーカスの剣技の才は父に迫るモノがある。

 今回の失態も若さゆえと捉えているんだろう。


 だけど、こいつは年を重ねても変わらないと思うな。


「苦労するな、ミリアム」

「王の御前です。話しかけないでください」

「冷たいねぇ」

「兄さまと違って、私は国に仕える聖騎士ですので」


 小声でミリアムに声をかけると、一応返事が返ってきた。

 といっても、事務的な対応だ。


 というか、これが普通か。

 王の前で普通に喋るルーカスのほうがどうかしている。


「ミリアム。レオナルドの拘束を解いてやれ。レオナルド。すまなかったな」

「いえ、王都に来た時点である程度覚悟していましたから」


 鎖から解放され、軽く体を伸ばしつつ祖父のほうを見ると、忌々しいそうに睨みつけられた。

 元気な爺さんだ。怒り狂って心臓発作でくたばってくれないかな。


「陛下。私から提案が」

「なんだ? 宰相」

「レオナルドを騎士国として雇ってはどうでしょうか?」


 その提案にその場にいた重臣たちがギョッとした顔をした。

 そりゃあそうだ。そんなことすれば、ルークライン家が怒り狂うのはわかっている。


 父も帰ってきてそれを知れば、怒りを露わにするだろう。

 その前に祖父が黙ってはいまい。


「宰相……我がルークライン家を愚弄する気か?」

「すでに縁を切ったのでは? 流れの傭兵を雇うだけです」

「そう、縁を切った孫だ。それを騎士国のために働かせるなどあってはならない!」

「個人的な意見をどうも。しかし、聖騎士を四人も失い、我々は人手不足。レオナルドは唯一、辻斬りと交戦して生き残った者です。辻斬り探しにしても、冥神教徒の殲滅にしても、力となってくれましょう。また、辻斬りともしも通じているとするなら、手元におけば監視もできます」


 ありえないとわかってるだろうに。

 わざわざ反論を封じるために宰相はそんな余計なことを言ってくれた。


 これでもしも雇われたら、俺に監視がつくってことじゃないか。

 そんなのごめんだ。


「宰相閣下。申し訳ありませんが、俺は自由にやらせていただきます。俺なりに協力はするのでご安心を」


 宰相に直接そう伝えると、宰相は渋い顔をしたあとにちらりとルーカスを視線で示す。

 こいつのフォローをしろってことなんだろうが、ちょっとそれは無理だ。


 そういうことは他の聖騎士に頼んでくれ。

 俺はフリーな立場でやりたいようにやらせてもらおう。


 そんなことを思っていると。


「それでは光神教会が雇うというのはどうでしょうか?」


 後ろから女性の声が聞こえてきた。四年前、聞いたことのある不可思議な声だ。

 振り返ると顔を白いベールで隠した女性がいた。

 煌びやかな衣装に身を包んでおり、ティアナが持っていた杖を持っている。


 その少し後ろにはティアナが控えていた。

 この人とも四年ぶりか。


「聖女様」


 ミリアムがそう呟き、重臣たちがそろって頭を下げた。

 聖女は王に一礼すると、俺の傍までやってきた。


「久しぶりですね。レオナルド」

「お久しぶりです。聖女様」

「ティアナのことを助けてくれたこと、心より感謝します。あなたがこの国にいたのは意外でしたが、今は心強いです。どうか私たちに力を貸してください。私たちにはより多くの力が必要なのです」


 断りづらい場所で断りづらいことを頼んでくるなぁ。

 ティアナを見ると少々、申し訳なさそうな顔をしている。


 まさかティアナの発案か?


「君はどうして欲しいんだい?」

「私は……少しでも早く事件を解決したいです。そのために、レオさんにも協力してほしいんです」


 協力か。

 つまりスタンドプレーではなく、チームプレーをしろということだ。


 正直、一人のほうが楽なんだが。


「君がそういうならわかった。光神教会からの依頼ということで、お引き受けしましょう」

「綺麗な方からの依頼だと受けるんですね。兄さま」

「……」


 ミリアムの冷たい言葉を聞いて、謁見の間が何とも言えない雰囲気に包まれた。

 本当に容赦がないな、この妹は。


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