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祖母が死んだのは六年生になったばかりの春だった。

病気で余命を宣告されてから死ぬまではそれはもうあっという間だった。

祖母は病気で倒れてからも私を一人にしないように、死ぬ間際も私を守るようにと両親に訴え、私を心残りに死んでいった。


「明日からは一人で学校に行きなさい」


祖母が死んで一ヶ月程経った時のことだった。母はそれまで祖母の代わりに送り迎えをしてくれていたが、元々信じていない母だったから、馬鹿らしくなったのだろう。

母と私にはその頃には大きな溝ができていた。祖母が常に張り付いていた私。そんな面倒な娘よりも自分になつき、普通の子供のように遊ぶ弟の方が可愛く思えていても仕方ないだろう。

父は反対はしなかった。信じていない訳ではないだろうが、大丈夫だろうと楽観的に考えていたし、なにより母に逆らうことができなかった。祖母にも母にも頭の上がらない弱い人だった。

そうして私は一人で登校することとなった。大人が居ないと聞こえてくる鈴の音。しかし、他の子供が側に居れば彼は現れることはない。

案外私は平凡に過ごせていた。


そんなある日ふと私は気づいた。

きっかけは本当に何でもないことだった。

朝楽しそうに会話をしながらご飯を食べる母と弟。誰とも喋らず歩く通学路。私が見えていないかのように楽しむクラスの声。

学校でも家でも私は孤独だった。

誰も私を必要としていなくて、そこに私が居なくても世界はなんの支障もなく回っていくのだと私は気付いてしまった。


「……寂しい」


ポツリと暗い部屋の中で呟く。祖母が死ぬまでは祖母と一緒に寝ていた。しかし、今は一人だった。

五時のチャイム。それが鳴れば彼は現れなかった。約束していたから。彼は決して嘘はつかない。


ーーシャンシャン。


ふいに鈴の音が聞こえた。

その事に私は驚き動揺する。ドクンと心臓が跳ねた。

気配を感じた。ベッドの横に。視線を、目だけで動かせば……彼がいた。

綺麗な顔が月明かりに照らされていた。


「……寂しいの?」


彼は言った。頷くことはできなかった。頷けば、どうなるかわからなかったから。

そっと彼の手が私の頬に触れる。冷たい。まるで氷のような彼の手。


「寂しいのは嫌だね」


そう言うと彼はベッドの上に乗った。動けない私の横でころんと転がる。


「大丈夫」


彼は私の手を握った。冷たい。そこに温もりなんて一切ない。触れあっても熱が奪われていくばかり。

それなのに。


「こうすれば寂しくないでしょう?」


ふと胸に熱いものが込み上げた。目が潤む。何故か液体が溢れていく。

この涙はなんなのだろう?わからない。しかしわかりたいとは思わない。これはわかってはいけないものだと私はわかっているから。

だから自分に言い聞かせた。これは恐怖ゆえなのだと。

奪われているはずの熱が胸に灯っているのに気づかないふりをして、私は目を閉じる。このわかってはいけない想いを沈めるように私は意識を闇に落とした。


それが始まったのは夏休みを開けた頃のことだった。


今まで私は一人で行動していた。誰にも関心を向けられず、誰にも興味を持たれず、ただ孤独で寂しい変わってる付き合いにくいクラスメイトとしてクラスに居た。

それが唐突に変わった。クラスに入る。クスクスと笑い声が聞こえた。いつもとは違うその笑い声。最初はその変化に気づかなかった。けれど、嫌でも感じる視線に顔を上げれば、皆が私を見て笑っていた。


「ねえねえ」


一人の女の子に話しかけられる。

その子はクラスの中心に居るような女の子だった。いつもは私を歯牙にもかけないのに、彼女は沢山の取り巻きと共に私に声をかけた。

クスクスと嫌な笑みを浮かべて、彼女は私を見ていた。


「呪われてるって本当?」


その言葉にびくり、と体が震える。目を見開いて、彼女を見上げる。その反応にその子は吹き出した。


「え!マジなの?」


「うける!」


「そんなの信じてるとか馬鹿なの?」


口々にクラスメイトが騒ぎ出した。一部の人間はそんな同情するように私を見たりしていたが、助ける素振りは見せない。


ーーどうして。


どうしてそのことを知っているのだろうか?

地域に伝わる昔話。知っている人は多いだろう。その話から私に結びつける人間が居ない訳ではない。しかし、どうして今さら。

そう、今さらだ。なぜ今さら彼女達は知ったのか。


「あんたのお母さんが言ってたってお母さんが言ってたわ『あの子はお祖母ちゃんの影響で呪いなんて馬鹿なものを信じて一人では何にもできない子になって困ってるって』」


クスクスと笑う声。この年になって一人で外も歩けない私。祖母が死ぬまでお風呂も寝る時もトイレも全部ついててもらってた。それを暴露される。ひどく恥ずかしかった。


ーー私だって。


望んでこうなった訳じゃない。仕方がないではないか。そうしないと連れていかれてしまうのだから。

しかし、言葉に出すことはできない。それを言ったところで、信じていない彼女達の笑いの種にしかならないことはわかってる。

それになにより、言葉が喉でつまって出てこないのだ。

そう言えばこうして他人と向き合って話すのはどれくらいぶりであろうか。仕方ないことだといつも他人と過ごすことを諦めていた。故にどう対話するのが正解なのかわからない。


「かわいそー。ね!だから私達でお祓いしてあげよ?」


「……え?」


腕を捕まれる。どこかに連れていかれる。足がもつれ転びそうになっても、彼女達は楽しそうに笑っていて止まってくれない。

たどり着いたのは女子トイレだった。嫌な予感がした。

彼女達は笑顔でバケツに水を貯めていく。逃げなきゃと思うのに足は動かない。

動けないうちにバケツの水が……私にぶちまけられた。

顔にかかり、目と口に入る。痛い。気持ち悪い。それに気を取られていると、何かに頭を押し付けられて、私は地面に跪く。


「ごめんねーお祓いだから」


「我慢してねー」


頭を押さえ付けているものはモップだった。抵抗するが、左右を押さえ付けられて動けない。


ーー助けて


私は助けを求めた。私を助けてくれる人なんてもう一人しかいない。そうして、その人に助けなんて求めてはいけないのに。

私は助けを求めてしまった。


ーーシャン


鈴が鳴った。


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